28:記憶陣
ワイバーンの討伐依頼を終えた二人は山岳地帯を後にするべく、山道を下っていた。
来るときはたまに聞こえていた唸り声も無くなっているため、しばらくはこの辺りも安全になることだろう。
「あ……そうだ。シノさん、ちょっといいですか?」
「ん、どうしたの?」
「修行するにあたって、私自身の能力のこととか全然話してなかったなぁと思いまして……」
「能力っていうと……精霊が個別に持ってるって言われてるアレのことかな」
そういえば戦う力に関してはついさっき見せてもらったばかりだが、それ以外についてはまだだったことに気付く。
精霊には個人個人が生まれながらにして持っている特殊な能力があり、当然彼女にもその能力が備わっているのだ。昨日の今日でそれなりに忙しなかったので話すタイミングがなかったといえばそうなのだが。
もちろんシノはそういうもの(設定とも言うが)があることを知ってはいるものの、さすがに全ての能力の詳細までは把握していない。
「私の能力は記憶陣というもので、記憶している場所に転移が出来るんですよ」
「凄い能力じゃない! 転移なんて、王都の大魔導士ぐらいしか使えないよ!?」
まさか転移術が能力として備わっているとは思わなかったのか、シノは素直に驚いていた。その反応に対してリエルは照れ臭そうに頭を掻く。
ちなみに、シノのオリジナル魔法にも転移術までは存在していない。あったとしても使ったら確実に騒ぎになるので使わないとは思うけれども。
「なら、それを使ってクラド村まで帰ったり出来るんじゃない?」
「そ、そうですね。せっかくなのでお披露目ということで、やってみましょうか」
転移を使えば一瞬で村まで帰れることを知ったシノはちょっと嬉しそうな顔をする。場所さえ覚えておけばそこに駆け付けたりできるのだし、かなり汎用性の高い能力だろう。
「では記憶陣を発動させるので、私の身体をしっかり支えておいてくださいね」
「……ん? あ、そうだね。触れてないとリエルだけ飛んでっちゃうかもだし」
確認した後にリエルは力を高めて能力を発動させようとするが、シノは少し違和感を覚えていた。転移系の能力ならば普通は「掴まっていて」と言ったりすると思うのだが、彼女は何故か「支えていて」とシノにお願いしてきたからだ。
転移の時に強い力が働くから、弾き飛ばされないように……みたいな意味だろうか?
そんなことを考えている間に二人の足元が輝き出し、見たこともない模様の魔法陣が出現した。直後にリエルが空に手をかざすと、二人の姿は光の粒子となって消滅する。
―――――――そして、誰もいなくなった山岳地帯の道には静かな風が吹くだけとなった。
◇
クラド村近辺。
まだだいぶ陽も高い時間帯、村の入り口から少し離れた場所に突如として白い光の粒子が集まり始める。それらはすぐに二人分の人の形に変わり、光が収まると同時にシノとリエルの姿が現れた。
どうやら無事に、精霊の能力である記憶陣によって山岳地帯からここまでの転移に成功したようだ。
「……凄い。ほんとに一瞬で村まで着いちゃったよ! ねぇ、リエル――――――」
初めて経験した転移術に、まるで子どものように喜ぶシノ。続けてリエルへと呼びかけようとする。が――――――――
「そ、そうです……ね……」
その言葉が終わる前に、彼女が突然倒れ掛かってきてしまった。ちょうどシノに支えられていたので抱き止めることはできたのだが、一体これはどうしたというのか。
顔色もさっきとは違って良いとはいえず、まるで重労働でもしたかのような疲弊っぷりだ。
「ちょっ……どうしたの? 大丈夫!?」
まさか倒れ掛かってくるとは思わなかったので、シノは若干焦り気味に呼びかける。それに対してリエルは疲れ気味の声で反応した。
「は、はい……。これは、私が能力を使った反動みたいなものなので……」
「反動って……魔力が枯渇して倒れるみたいな?」
「そう考えて頂いたほうが、分かり易いと思います……」
能力を発動する前に「支えていて」と彼女が言っていた理由がこれでハッキリした。無制限に何度でも使えるわけではなく、使う度に疲弊して倒れてしまうのだろう。
シノは経験したことはないが、エルフ族なども魔力を過剰に使い過ぎると倒れてしまうことがあると聞く。リエルの場合は、記憶陣を一度使っただけでそうなってしまうということか。
それだけ精霊が持っている特殊能力というのは強力なのだということが伺えた。
「となると……リエルの修行目的は、能力の使用に耐えられるようになる為にって感じかな」
「そうなりますね……今の私だと、一日に一度が限界なので」
彼女の修行に必要なのは魔法だったり戦闘だったりという内容ではなく、心身そのものを磨くということかもしれない。
精神論みたいになってしまうのでシノにはいまいちよくわからないのだが、だからこそ修行には落ち着いた場所が必要になってくるのだろう。クラド村に迎え入れることが出来たのは正解だったようだ。
「そういうことは先に言って欲しかったなぁ……」
「ごめんなさい……見てもらった方が早いと思ったので」
「だから、行きの道では使わなかったんだね。倒れちゃうと戦えないし」
倒れたリエルを背負いながら、色々納得したといった感じでシノが何度も頷く。いつの時代でも、ノーリスクで使える便利能力なんてそうそうないということだ。そういうものをいくつか考えてしまっているシノ本人が言えたことではないが。
「とりあえず、店に戻ろうか。落ちないようにねー」
「ありがとう御座います、シノさん……」
なるべく揺らさないように気を付けながら、村へ戻ったシノは一目散に森の訪れを目指した。
途中で擦れ違った村人達には少し驚かれてしまったが、そこは何とか取り繕っておく。傍から見れば、負傷者を背負って帰ってきたようにしか見えないからだ。
背負われているリエルはなんだか恥ずかしそうにしているが、こればかりは仕方がない。そのまま店へ到着して帰還報告をすると、
「おかえりなさい、お二人共――――――どうしたんですか、リエルさん!?」
出迎えてくれたローザにもやはり驚かれてしまった。すぐにカウンターの裏から出てきたはいいものの、どうしていいか分からず慌て気味だ。
「た、ただいま戻りましたローザさん……」
「討伐以外で色々あってねー……」
リエルはソファに寝かせて休ませてあげると、シノが色々と説明をし始めた。さっきよりは少し回復したのか、疲れたような息遣いも若干和らいだように思える。
その間、ローザは頷いたり驚いたりしながらシノの報告を聞いていた。
「転移術……まるで夢のような話ですねー」
「夢というか、現実に使える子がそこにいるんだけどね」
子どものような憧れの眼差しで想像を膨らませるローザ。
クラド村はワリと辺境なので、高度な魔法の使い手はいないし、伝わっているわけでもない。ましてや転移などという最高位レベルのものとなれば、相当縁遠い話になってしまうだろう。
あくまで精霊の能力なので毛色こそ違えど、身近にそれがあるというのは幸運といえるかもしれない。
「もっと精進して、皆さんにお見せできるぐらいになりたいですね……」
当の彼女はというと、ローザがおやつに作ってくれたアップルパイを見て身体を起こしたのか、先ほどからそれを食べている。
なんだかさっきよりも段違いに回復しているように見えるが、これはおやつ効果なのだろうか。
「そういえば記憶陣の能力って、リエルが今まで通ってきて覚えてる場所ならどこにでも転移することが出来るんだよね?」
「まぁ……そうなりますね。ここから北の街や村ならほとんど通ってきたので、その辺りならば」
「なら、リエルの故郷にも転移できたりするの?」
許可がないと立ち入ることが出来ず、大森林に囲まれた精霊の里。
普通にいけば門前払いになってしまいそうだが、転移でいけばその必要もないのではないだろうか。なんだか不法侵入めいている気もするけれど。
だが、リエルはシノの言葉に対してゆっくりと首を振ると、
「スピリティアの周囲には大精霊様の結界が張ってあるので、外からの転移は出来ませんね……」
苦笑しつつそう答えた。世の中そんなに簡単にはいかないようである。
あわよくば大森林の中を探索なども出来るかと思っていたが、行きで既に弾かれるのでは意味がない。冒険者・探検者らしくちゃんと陸路で進んでこいということだろう。
「それでも、いつかは行ってみたいなぁー……秘境の中の秘境だもの」
「その時は、私が皆にシノさんを紹介してあげますよ」
「おぉ、精霊の知人が一気に増えていよいよ私も拍が付くって感じかな?」
「とびっきりのお土産話を、私も期待してます!」
そんなことを話しつつ、三人は笑い合う。
ただでさえ神聖な土地なので、いざその時が訪れるまでに格を上げておかなければ。ペリアエルフというだけで既に相当格が高い気がしないでもないが。
「――――と、いうことで私にもアップルパイ一つ!」
「……あまり食べ過ぎてはいけませんよ?」
「わかってるわかってる。リエルもまた何か頼んでいいよー」
「えっ? そ、それじゃあ私は――――――」
片や一人前の精霊を目指すために。片やいずれの秘境探訪をするために。
その目標が近いのか遠いのか今はまだわからないが、それぞれの想いを胸に、クラド村での一日は今日もこうして過ぎていくのであった。
【TIPS~精霊の能力】
精霊はその一人一人が異なる特殊能力を備えている。
それこそ大小様々なものがあり、中にはチートじみた力も存在するという。




