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18:商売娘は帰還する

「ふぅ、なんとか日暮れ前には帰り着けたかな」


 リューンベルから往復の定期船に乗ってクラド村に帰ってきたのは、まだ陽も沈みかけの時間帯。こうして思うと、陸路で行くのとは大違いの早さだ。

 ならば毎回船を使えばいいのにと思われるかもしれないが、そもそも定期船の数が少ないので、たとえ急ぎの用でも陸路を使ったほうが結果的に手っ取り早い場合もある。

 急がば回れという言葉もあるし、その時によりけりということだろう。


(もうちょっと定期船の本数も増えて欲しいんだけどなぁ……)


 とはいえやっぱり陸路は大変なので、楽が出来るならばそっちに頼りたいものだ。今のシノなら転移魔法で行き来ぐらいできそうではあるが、もし見られたらただ事ではないからやりはしないけれども。

 港から戻ってきたシノは徐々に夜の明かりが目立ち始めた村の中、すぐに森の訪れへと向かう。


「ただいまー!」


 ドアを開けるなり帰還報告をしたシノは、顔なじみの冒険者達と挨拶を交わしつつ、空いているカウンター席へ座って一息つく。店内は今日も夜の賑わいを見せていた。


「おかえりなさい、シノさん! 都はどうでしたか?」


「久々に行ったけど、相変わらず活気とか色々桁違いだったよ。ローレルさん達も、村の皆によろしくだって」


「無事にお会い出来たんですね。それはよかったです!」


「それはもう。魔法を見せてあげたりしたんだけど、盗まれる勢いだった」


「ふふ、伊達に高名な方ではないですからね」


 やはり彼はローザだけではなく、名実ともに誰もが認める人物なようだ。次にリューンベルを訪れた際には本当にシノの魔法が再現されているかもしれない。それはそれで彼女としては願ったりかなったりな結果なわけだが。


「あ、そうそう。これは頼まれておいたお土産ね」


 お土産のことを思い出したシノは、鞄から大小さまざまな筒状の容器を取り出す。

 その数は五つほどで、色とりどりの包装がなされていた。当然ながら全て香辛料だ。


「わぁ、こんなに沢山……! ありがとう御座います、シノさん!」


「いいのいいの。いつもお世話になってるお礼だから」


「これなら、新作料理にも挑戦できそうですね!」


 都の市場でオススメされて買ったものだが、どうやら当たりだったようだ。初めて見る香辛料達を前に、ローザは瞳をキラキラさせている。

 そして、反応を見せたのは喜んでいる彼女だけではない。ローザが新作料理というワードを口にした瞬間、周囲の席がガタッと音を立てる。


「新作料理だって!?」


「また楽しみが一つ増える……!」


「これで魔物退治もはかどるぜ!」


 さすがはクラド村が誇る料理上手だ。あの一言で冒険者達をざわつかせてしまうとは。むしろ皆は、彼女の料理目当てでここに通っているのだろうか。

 いやまぁ自分もその節が少しあるから人のことは言えないのだけれど。


「が、頑張って新作を作ります……!」


 皆の期待の視線を受けて少し恥ずかしくなったのか顔を赤くしてしまったが、ここで引き下がるわけにはいかないといった感じで言ってみせる。

 それに応えるように、続けて周囲から小さく歓声があがった。これは新作が完成したら暫くは忙しくなるなと、店内で接客をしていた従業員達が笑う。


 こうしてまた少しだけ活気が足された村の一日は、いつも通りに過ぎていった。



 ◇



 翌日の昼過ぎ、いつもの日課と教師仕事を終えたシノは村の中をのんびりと散歩中。

 今日は冒険者向けに入ってきている依頼がないので、魔物討伐に出向く必要がない。村自体は一時間もあれば歩いて一周出来てしまうほどの広さだが、たまにはこういうのもいいものだ。


「んー……やっぱり村の環境が一番だなぁ……」


 村をぐるりと一周し、門の近くまで戻ってきたシノは大きく伸びをした。その際に門番の男達と目が合い、彼らが笑い掛けながら手を振るのが見える。

 散歩も終わったし、森の訪れにでも行こうかなと思って足を店の方角へと向けたが、



「おっ! おかえり、商売娘! 首尾は上々だったか?」



 門番達が誰かに対して声をかけるのが聞こえ、シノが振り返った。

 彼らの視線の先にいたのは、右目が隠れたセミロングの青髪に緑の瞳を持つエルフ族の少女。魔女と旅装束を二で割ったような服を着ており、背中には大きな鞄を背負っている。

 気さくに話しかけられている様子からして、彼らとは親しい仲の様子だが……


「その呼び方はやめて頂きたいんですが……って、そこにいるのは――――」


「……ティエラじゃない! 久しぶりだね!」


 どうやらシノとも親しい間柄の人物のようで、気付いた彼女へすぐさま駆け寄っていく。同じく駆け寄ってきた少女を受け止めると、そのままその場でぐるぐる回ってみせた。こんな様子のシノはかなり珍しいといえるだろう。


「正しくは約三か月ぶりですね。シノはお変わりないようで、何よりです!」


 彼女の名前はティエラ・ヴァイス。エルフ族にして魔法道具を扱う商人だ。

 一応このクラド村に住所はあるのだが、職業柄ほとんど家にいないことが多い。その象徴として、自宅兼店舗は年中閉店の札がかかったままなので、寂れかけと復活を繰り返している有様である。

 そして何よりも――――――


「急に王都に行くって言ってたから心配したんだよ! いつも後先考えないから……」


「まぁ、そこは謝っておきましょう。ですが、国王の生誕五十周年祭ともなると、絶好の商機ですからね。逃すわけにはいかなかったんですよ」


 このようなやり取りからも感じ取れるように、ティエラはシノの昔からの友人であり、その付き合いはもうかれこれ五十年近くになるだろうか。

 家の部屋がかなり余っているかつ一人暮らしなシノがシェアハウスを申し出たこともあったのだが、そもそもティエラが年中留守なため成り立たなかったことは記憶に新しい。


「ふふふ、その分だと無事に成功はしたみたいだね?」


「それは当然ですよ。王都の人は色々と羽振りが良くて――――――」


「あー……うん。そういう生々しい話はまたにしよっか」


「あっ、私としたことが失礼しました。とりあえず、まずは家に帰りましょうか」


 成功談を語り始めようとしたティエラを一旦落ち着かせると、実に三か月ぶりの帰宅となる彼女の家へと向かって二人は歩き始める。

 ちなみに、友人にも関わらず常に敬語なのは彼女の癖のようなものらしく、実際にこういう人物がいるとは驚きだ。などと、知り合った当初はよく思ったものだ。これも異世界の醍醐味だろうか?


「閉店の札を裏返して、と……ただいま戻りました、我が自宅兼工房」


 白い木材で作られた他の家より少し大きめの建物へやってくると、シノとティエラは中へ入る。

 工房というだけあって、内部は様々な物が置かれた作業机や魔女っぽい釜などがある。彼女は商人ではあるが、自分で魔法道具の制作をしてたりもするのだ。

 壁際の棚にはたくさんの商品が並べられているのが見えた。


「いつも思うけど、相変わらずこの村には似合わない独特な雰囲気だよね」


「この小さな村に魔女工房なんて、それこそ異色めいてますからね。普通は大きな街などにあるものですし」


 ティエラは鼻歌交じりに、荷物の片付けを行っている。

 普通こういう店は冒険者が数多く行き交う街などにあるものなので、比較的規模の小さなクラド村にあるのはかなり珍しいといえるだろう。

 なので商品のラインナップも、冒険者向きというよりは一般人向けの物が多い。行商で遠くまで足を延ばす時のみ、冒険者向きの強力な道具を持っていっている。


「シノは教師なのですから、そろそろ子ども達に魔法道具の授業などを――――」


「やらないし、危ないから! もし怪我でもしたら大変じゃない」


「むー……残念。魔物に襲われた時の護身としても使えるので、悪くはないと思うのですが」


 なんだか以前もこんな話をした気がするなぁとシノは思い返す。

 そもそも魔法関連の授業なら街の方の学校などでやっているはずだし、小さいうちから教えていてもそこまで役には立たないだろう。

 扱いを間違えると事故になる可能性だってあるのだし。護身用に、というティエラの言葉には一理あるが、今はその必要も殆どない。


「そもそも、もう村に結界を張っちゃったから魔物に関しては大丈夫だよ」


「いつの間にそんな魔法を覚えてたんですか……!?」


「私も日々、それなりに精進してるということだよ」


「さすが貴女は、私と一線を画す存在ですね」


 実際のところは精進も何も、自分が作った設定をそのままやっただけなのだが、もし知られたら物凄く面倒なことになりそうなので、もちろん内緒にしておくことにしよう。


「そういえば、今度の売れ筋商品は何だったの?」


「よくぞ訊いてくれました。それはですね――――――」


 何気なく話を振ってみると、待ってましたと言わんばかりの反応を返した。見た目は少女だがこういうところは商人気質だなぁと改めて思う。

 ティエラが一旦奥の部屋へ引っ込むとガサゴソと音が聞こえ、すぐに戻ってくる。


「――――――これです。その名もフラッシュボトル!」


 そう言った彼女の手には手のひらサイズのガラス玉のような物が握られていた。内部には白い光が明滅しており、見るからに魔法道具だということがわかる。


「すごく綺麗だねー。どんな効果があるの?」


「内側にフラッシュ――――――目くらましの魔法が内包されているので、護身用道具としては最適かと」


 目くらましの魔法は初級レベルなので、学べば大概誰でも習得することはできる。だが、咄嗟に詠唱する暇がない場合もあるのでこれは有用な道具といえるだろう。元の世界で例えれば、使い方は閃光手榴弾に近いと思う。


「王都の近くともなれば、魔物もそれなりに強いですからね。これで隙を作った間にズバーン! とかやっちゃえるわけです」


 ティエラは少し得意げに笑ってみせる。彼女は戦闘こそからっきしだが、物を作る才能に関してはかなりのものがある。

 もし冒険者パーティに居ようものなら、後衛としてかなり貢献してくれそうだ。


「王都の道具屋に定期購入の契約も取り付けましたし、当分は懐も安泰ですよ!」


 また生々しい話が出つつも、彼女はフラッシュボトルを頭上に掲げてまだ笑っている。それは別にいいのだが、その様子を見てシノは何かを思い出しかけていた。

 確かにティエラは道具作りの才能がある。商人としてもやり手だ。だがしかし、他に何かあったような――――――――



「――――――あっ」



 急に素に戻ったかのようなティエラの声を聞いてようやく何かを思い出したらしい。シノは即座に顔を腕で覆い、彼女に背を向ける形でしゃがみ込んだ。

 見ると、先ほどまで頭上に掲げていた物が無くなっている。いや――――――落下し始めている。

 持っていた本人であるティエラが気付いた時には既に遅い。



 ――――――パリンッ! パアァァァァァッ!!!



 店の床に落ちて割れたフラッシュボトルは即座に凄まじい光を放ち、店内は一瞬にして物凄い明るさに包まれた。

 シノは完全に背を向けているので何ともないのだが、


「あぁぁーーっ! 目が! 目があぁーーっ!!!」


 内包されていた目くらましの光をもろに食らったティエラの悲鳴が店内に響く。両手で顔を覆って後ろに倒れた彼女は床をゴロゴロと転げまわっていた。

 光が収まって正面に向き直ったシノは、そんな友人の様子を見て思いっきり苦笑する。


 ……そういえばティエラは、昔からよく変なところでドジを踏む子だったなと。

【TIPS~ティエラ・ヴァイス】

クラド村で小さな魔法道具店を営む商人の女性。

シノとは親友のエルフ族で、年齢もほぼ同じぐらい。

割と淡々とした敬語口調が特徴的な人物だが、商談が絡むと人が変わるらしい。

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