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17:それぞれの悩み

 シノは、武道大会の時から気になっていたことを思わずステラに訊いてしまったが、なんとそれがご名答。リューンベルへ向かう船の上にて、銀色の瞳が互いを見つめていた。



 ――――――数百年に一度現れると云われている特別な種族、ペリアエルフ。



 まさか二人目がこんな身近に存在するだなんて、この世界の設定を考えたシノ自身ですら思ってもいなかっただろう。

 ともあれ、素性がわかったことで緊張も解けたのか、シノの表情は先ほどより和らいだようだ。


「なんだか秘密を暴いたみたいになってしまって……御免なさい、ステラさん」


「気にすることはないわ。貴女ほどの洞察力があるのなら、いずれバレていたでしょうしね」


 何だか悪い気がしてしまってシノが謝るが、ステラはなんてことはない様子。むしろ、暴いてくれたのがシノだったことに対して安心すらしているようだった。

 やはり彼女はどこか掴みどころのない人物だなとシノは思う。


「仮面で顔を隠しているのは……やはり理由が?」


「自分の生まれを悪く言うつもりではないけれど――――――」


 特別な種族というだけで持てはやされたり、ある地では崇められたり。自分は普通に生きているだけなのにそういう扱いをされるのが、ステラにとっては嫌だったのだという。

 生まれたらこういう種族だったというだけなのだから、彼女自身には崇められたいなんて願望は当然ない。

 それからというものステラは、自分がペリアエルフであることを隠すようにして生きてきたのだという。


「実は、旅をしている時にクラド村にも立ち寄ったことがあるの。そこで暮らしている貴女を見て、正直少し羨ましいとも思ったわ」


「村に住み始めた当初こそ私も驚かれましたけど……段々気にならなくなってきましたからね」


 しかし、ステラがクラド村に来ていたとは全く気付かなかった。

 ローザはもちろん、先代店主のエリザからもそういう話を聞いたことはなかったため、本当に素性を隠して行き来していたということだろう。


「大会で貴女と出会ってこうして再会して本当に幸運だったわ、シノさん」


「それこそ運命の出会い、というヤツでしょうか?」


「ふふ、そうかもしれないわね」


 もし自分がこの世界にこなかったら――――――というよりも、自分があのような設定を作らなかったら、こういう出会いすらなかったのかもしれない。

 そこまで重く考えたくはないけれども、まるで誰かの人生を作ってしまったような感覚だ。もちろん、シノ以外の誰もそれを知ることなどないのだが。

 二人が顔を見合わせて笑った瞬間、港への到着を知らせる汽笛が鳴り響く。


「貴女とは良い友人になれそうね。またどこかで会いましょう、シノさん」


「はい! ステラさんこそ、旅の道中お気を付けて」


 いつの間にか仮面をつけ直していたステラは優しげな笑みを浮かべると船を降りていく。

 シノはそれに手を振りながら見送り、彼女の姿はあっという間に街の雑踏に紛れて見えなくなってしまった。

 次に会う時は最初から仮面を外しているんだろうかとか色々考えてしまうが、今は置いておくことにしよう。

 こうしてシノは当初の目的地であった海辺の都、リューンベルへ無事到着したのであった。



 ◇



 世界有数の大きさを誇ると言われているリューンベルは、さすがの賑わいと規模だ。

 歩いて周れば一日はかかりそうな広さと、真白く頑丈かつ綺麗な石造りの建物が立ち並び、まさに都と呼ぶに相応しい。観光目的で立ち寄ろうものなら余裕で数日は潰れてしまういそうな気がする。

 ただ、今回は観光ではなく明確な目的があって訪れたのだから、浮かれてなどいられない。


「さて、まずはローレルさんが居る病院を探さないとね」


 住所はあの時に教えてもらっていたので、迷う心配はないだろう。ただ、クラド村より何十倍も大きな都なため若干急ぎ足で目指したほうがよさそうだ。まさに人の波といわんばかりの雑踏をシノは歩いていく。

 市場で呼び込みをする大きな声や、あちこちの店から聞こえてくるたくさんの話し声。まさに、村の静かな環境とは打って変わった雰囲気だ。


(村だと人自体が少ないから目立っちゃったけど……この雑踏だと、私が歩いてても気にする人なんていないよね)


 そもそもシノ自身、ここ百年の間に各地でちょっとは名の知れた冒険者になっているのだし、今更彼女を見つけて騒ぐ人なんていない。たとえ彼女を知らない人がいたとしても、何百人何千人と通行人がいるのだから、いちいち顔など気にならないといったところか。

 港から十分ほど歩いて街の中を進んでいたシノは、やがて大きな建物の前で立ち止まった。


「リューンベル中央医院……多分ここだよね」


 今は午後の小休憩時間なのだろうか、入り口に札がかかっているのが見える。とりあえずノックをしてみると中から男性の声が聞こえ、ドアが少しだけ開けられた。

 そこから顔を覗かせた緑髪の男性は紛れもなく、



「もうすぐ午後の診療開始なのでもうしばらく――――――あ、貴女は!?」



 この間村へと訪問してきたリューンベルの医学者、ローレルその人であった。まさかドアの向こうにいた人物がシノだったとは思わず、大層驚いている様子だ。


「お久しぶりです、ローレルさん。約束通り来させてもらいました」


「それはなんと……遠くから遥々ありがとう御座います。さぁ、どうぞ中へ」


 シノは小さくお辞儀をした後、少しだけ開いたドアから建物へと入る。

 まだ時間的には大丈夫だったようだ。もし業務の真っ最中であれば、忙しくて対応もできなかったことだろう。


「まさかここまでお早い来訪だとは思いませんでしたよ」


「私的にはちょっと遅かったかなぐらいなんですけどね」


「ははは、思った以上に誠実な方のようで改めて安心しました」


 内部はさすが都の病院といったところで、凄い広さと医療設備の数々だ。各部屋では従業員と思わしき多くの人々が世話しなく働いているのが見える。ローザが高名な医者と(うた)っていたのもこれなら納得だ。

 シノは院内に設けられた客室に通されてローレルと向い合せに座ると、彼の隣に一人の女性が控えているのが目に入った。


「まずは紹介を。彼女は私の助手を務めて貰ってる――――――」


「ファルマ・リュードと申します。以後お見知りおきを、シノ様」


「よろしくお願いします、ファルマさん。あと、様はつけなくていいですよ?」


「失礼致しました、シノさん」


 ファルマと名乗った彼女は、銀色のショートヘアに鋭く紅い瞳が目立つ人物で、灰色のスーツにも似た服を纏ったその姿は、クールレディという言葉がよく似合う。どことなく、何人も寄せ付けないようなオーラのようなものすら感じる気がした。

 その後は互いの近状を報告しあったりしていたのだが、


「実は、シノさんにお伝えしておきたいことがありまして……」


 ローレルはそう言って、一通の便箋を取り出してみせる。表面には"リューンベル中央役所"と書かれているのを見てシノは眉を潜めた。


「これは……手紙ですか? なんだか物々しい雰囲気がしますけど」


「都の役所から先生宛てに、この間届いたものです」


「役所からって……何かよっぽどの内容が?」


 開かずとも何かを察したシノに対してファルマが補足する。

 村や小さな街であれば役所などは存在していないが、都ともなればそういう機関が動くということは大きな意味を持つ。


「あの時シノさんにお話しした通り、昨今の研究は行き詰まり気味です。ですが私のような学者や研究者は、そこで諦めるわけにはいきません」


「まぁ、そういう人達が諦めて放り出しちゃうと発展も何もないですしね……」


「だからこそここ数年の間、何とかしようと尽力はしてきたのですが……」


「進展なしに業を煮やした役所からお叱りがきた、と?」


「そういうことです。全く面目ない限りで……」


 ローレルはそう言って苦笑すると頭を掻いた。

 研究を生業とする人達に、行き詰まりというのは避けては通れない課題だ。それを何とかしようとしていた矢先に、尻に火がつくような出来事というわけだろう。


「やっぱり私があの時、何かお教えできていれば……」


 あの時は色々あったため、教えられないと言ってしまいこそしたが、もし何かしらの情報をローレルに与えられていれば、進展が望めたのではないだろうか?

 そうすればこんなお叱りの手紙も届いていないだろうし、彼が時間に追われることもなかった筈だ。


「シノさん。先生は決してそういうつもりで話されたのではありません」


「その通りです。確かに研究進展の伝手は私も望むところですが、誰かに頼りっぱなしが良くないのも事実なのですから」


「それはそうかもしれませんけど……役所ですよ? お偉いさんの集まりですよ?」


 こういうパターンだと、役人とかが出しゃばって研究の邪魔をしてくるのが定番だ。まさかローレルがその被害に遭ってしまうのではないかと、シノは心配していた。


「今すぐ。というわけではないですし、慌てたところで事態は好転しませんので……」


「それで貴女を巻き込んで危害が及んだともなれば、医者の名が廃りますからね」


 結構急を要する事態だと思うのだが、あくまで二人は冷静な様子を崩していない。だからといってシノが直接介入できる問題でもないのは確かなのだが……

 しかし、いつかは事が起こってしまうのは明らかだと思われるので、


「それでも、何か協力はさせてください! 魔法を実際にお見せするぐらいは出来ますので!」


 そもそも今回はそのために来たのだから、何もしないなどという選択肢はもってのほか。

 あの時使った魔法はとりあえず大丈夫という結論に達したので、この場で見せても問題はない筈だ。

 彼女の熱意に押されたのか、ローレルは少し考え込むとファルマに何かを指示する。しばらくして戻ってきた彼女は、植物のようなものを持っていた。


「枯れかけている植物のようですが……これは?」


「医療魔法の研究として度々使っているものです。どの程度生き返ったかを進展具合の指標に、といった感じですね」


「なるほど……まぁ、患者の方で実践するわけにはいきませんからね」


 対象物はともかくとして、これなら実際に魔法を見せることが出来そうだ。

 彼女の頭の中にしかない発動イメージなどに関してはさすがに教える術がないのだが、見せることだけでもできれば何かしらの進展材料にはなると思う。


「それでは……少し、失礼して」


 シノは咳払いをすると目を閉じて、枯れかけの植物へと手をかざす。やがて短い詠唱の後、虹色の光が植物を取り巻いたかと思えば、


「これは……!」


 茶色に枯れかけていたそれは、育ち切った直後のように青々とした姿を取り戻していた。

 二人はその様子を終始興味深そうに見守っていたが、満足したように小さく頷いてみせる。この反応を見る限り、収穫はあったと見ていいだろう。


「ありがとう御座います、シノさん。とても参考になるものを見せて頂きました」


「あんなのでよかったんですか……?」


「先生の研究者としての眼は確かなので、問題はないと思われますよ」


「将来的には、見ただけで魔法を真似されそうですね……」


 どうやら無駄にはならなかったどころか、かなりの進展が期待できたらしい。

 もし彼があの設定集を手にしたなら、書いてある内容を使いこなしてしまいそうだ。研究者というのは、たまに凄いポテンシャルを発揮することがあったりする。

 ともあれ、ローレル側の事情も知ることが出来たし、シノとしてもこれで一安心だ。


「それでは、私はこれで失礼しますね。研究の進展を願ってます」


「遠くからのご足労ありがとう御座いました、シノさん」


「クラド村の方達にもよろしくお伝えください」


 互いに礼を言うと、シノは病院を後にした。

 少し進んで振り返ってみると診療を再開したのか、患者らしき人が次々と病院へと入っていくのが見える。ここからは研究者としてではなく、医者としての彼の時間ということだろう。

 定期船の時間まではまだ少し余裕があるため、シノは市場方面へ向かおうとした。と、その時――――――



「おや。こんな時間にお若い女性が病院に来られるとは珍しいですな」



 病院から出てきたばかりの彼女に、一人の男性が声をかけてくる。声の方を向くと、そこには白衣に身を包んだいかにも医者という感じの人物が立っていた。オールバックの黒髪に鋭い同色の瞳が若干キツめの雰囲気を放っている。


「少し、ここのお医者様に所用があったので。あなたは?」


「おやそうでしたか。いやいや、私は大した者では御座いませんよ。ここに居る者と同じ、しがない医者ですので」


「大きな街だと、どんなに腕の良い医師でも一人じゃ大変ですからねー」


「全くですな。それこそ、互いに技術提供もどんどんしていかなければ」


 どうやらこの彼も、ローレルと同じく医者稼業に忙しない感じのようだ。そうしてしばらくの間、医者だというこの男性とシノは話していたのだが、


「リヒター先生! そろそろ回診のお時間です。早く戻らないと時間がありませんよ」


 迎えに来たであろう助手と思われる青年に気付くと、リヒターと呼ばれた彼は「忘れていた」といわんばかりに手の平をパチンと打ち合わせる。


「おっと、患者を待たせては大変だな。それではお若い方、私はこれにて失礼致します」


 リヒターはシノに向かって恭しくお辞儀をしてみせると、助手と共に小走りで雑踏へと消えていった。なんだか嵐でも去ったかのような感じで少し呆気に取られていたシノだったが、


「……そうだ! ローザへのお土産、忘れないようにしないと」


 思い出したかのように、市場の方面へと改めて足を延ばす。先ほどのリヒターという人物は気になりこそするが、恐らく一般人だろうし深く考えても仕方がないだろう。

 こうして彼女のリューンベル訪問は、とりあえず成功という結果で終わったのだった。

【TIPS~ファルマ・リュード】

リューンベルの病院にてローレルの助手をしている女性。年齢は三十歳手前。

仕事中の立ち振る舞いはまさしくクールレディという言葉が似合うが、プライベートではごく普通の女性らしい。

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