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13:ジェネス武道大会

 なんやかんやで参加が決まってしまったジェネス武道大会だが、まだ不安がぬぐい切れないシノをよそに、第一試合の開始が告げられる。

 司会の大きな声の直後に、銅鑼の音が会場に大きく響き渡った。結構近くで鳴ったので凄くやかましいのだが、双方その大音量には怯むことなくしっかりと構えをとる。

 当然ながら、シノはいつものような恰好ではない。

 上は七分丈ほどの白い革製の服で、下は膝ぐらいまでの茶系のデニムパンツっぽい姿。ちなみにこれは、ローザが大会のために用意してくれたものである。


「私が女だからって、手は抜かないでくださいね」


「もちろん! 手など抜いたら失礼極まりないからな」


 シノの呼びかけに対し、ベイルは真っ直ぐとこちらを見据えたまま答える。その堂々として隙がない構えなどから、彼はかなりの使い手と見ていいだろう。この長い人生で数多くの冒険者を見てきているので、シノにはなんとなくわかる。

 だとすれば、正面きっての力勝負ではまず勝てないと見ていい。男女の差で考えても確実に不利だ。


(まずは最初にどう出てくるか様子を見よう。仕掛けるなら……そこからだね)


 技というものは当たりこそすればもちろん強力だが、逆に当たらなければどうということはない。むしろ、それを受け流して反撃に利用することだってできるだろう。カウンターなどやったことはないが、ものは試しというヤツだ。

 銅鑼の音が作り出す余韻が終わると、数秒だけ舞台上が静まり返った。やがて構えの状態から長く息を吐くと、ベイルは先手を打たんとばかりに突貫。両者は三メートルほどしか離れていないため、その距離は一瞬で詰められた。


「うおおおぉぉぉっ!!」


 掛け声と共に、彼の一撃目が右手から思い切り放たれる。時間にして一秒にも満たないので避ける間もなく命中すると思われたが、


「何っ!?」


 相手を捉えたと思われた彼の拳は空振り、何もないところを通り過ぎた。風を切る鋭い音が舞台中央で響く。

 気付くと、シノの姿は先ほどから数十センチほど横にズレており、地面を蹴って真横に素早く飛んだことが伺えた。風を切った音は、彼女の素早い動きによって生じたものだったらしい。


「――――――なら、これでどうだっ!」


 初撃が避けられたことに驚きはしたものの、ベイルはシノが避けた方向へと上半身を捻ると追撃の後ろ回し蹴りを連続で繰り出した。

 これはさすがに当たっただろうと思ったが、


「――――――はっ!」


 既に追撃を読んでいたのか、シノは回し蹴りが当たる寸前で大きく飛び退ってそれらを回避。この数十秒の間、舞台上には互いの動きが風を切る音だけが鋭く響いただけであった。

 そしてその直後、今の一連の流れを見ていた観客から歓声が沸き上がる。


「あの連撃を避け切っただって!?」


「相手の人は凄いな!」


「おーい! 女性相手に情けないぞベイルー!」


 観客からの声に若干苦笑したベイルは、再びシノを見据えた。その顔には驚き交じりの笑みすら浮かんでいる。


「はっはっは! やるなシノさん! もしかすると、俺が手加減を頼む側になりそうだ」


「それはどうでしょうかね……」


 恐らく、ベイルは冗談で言っているわけではないのだろう。事実、シノがそれぐらいの実力者であると認めているということだ。というより、その実力に驚いているのは彼女自身なのだが。

 頭で考えているイメージと実際の動きが違うのはありがちなのだが、シノはまさにそのイメージ通りの動きが出来ていた。あの連撃だって、身体がついていかなければ普通に当たっていたと思う。

 チラッと観客席を見ると、こっちを見ていたローザが顔と思いっきり目が合ってしまった。当然ながら、期待に満ち溢れた表情をしている。一応、それには応えられたといったところだろうか。

 が、まだ別に勝ったわけではないので油断してはいけない。


「今度は私からいきますよ!」


「そうこなくてはな。来い!」


 掛け声を受けて一瞬のうちに構え直したベイルに、シノは真正面からぶつかりにいく。まずは華奢な腕から繰り出される素早い拳底の三連発。右、左、真ん中とやってみせたが、彼は即座に腕を交差させてそれを防御した。

 防がれるのは分かっていたので、シノは続けて小さくジャンプしてからの回転蹴りを放つ。こちらも連撃で応戦しなくては彼としても張り合いがないだろう。

 女性の身でここまでの動きをする人は普通いないような気はするが、頭で思い描いた動きのイメージに身体がついてきているようで、全てが綺麗に決まる。


「くっ……やるな!」


 三連発からの回転蹴りの勢いに押されたのか、ベイルが少しだけ後ずさった。その光景を見た観客からは「おおっ」と引き続き歓声があがる。

 彼も当然反撃に転じ、風を切る早さのパンチを連続で繰り出してみせた。


「どおりゃあぁぁぁっ!!!」


「……っと! 危ない危ない……」


 さすがにシノは完全には避け切れずに何発か肩に掠ってしまったが、幸いにも怪我にはなっていないようだ。

 そこからしばらく攻防が続くが、その度にシノは適格な動きでベイルの攻撃を右へ左へ避け続けていく。たまに反撃もしてみるが、決定打と言える一撃は繰り出せずにいた。

 何度目かの連撃を凌いで飛び退った後、彼女は自分のふと後方を振り返る。目線の先にあるのは、舞台の端っこ。そこから先に行ったら負けのエリアだ。


(しまった。今の連発でちょっと押されちゃったな……)


 攻撃を避けるとはいえ、その先が場外では何の意味もない。などと考えていると、まだまだ疲れ知らずといった感じのベイルが、既に次の技の体制を整えているのが見えた。


「っ! そこだ!!」


 後ろを振り返ったシノを見て好機と思ったのか、すかさずベイルが攻勢に出る。こんな端っこにいる時に勢いのある一撃でも受ければ、まず場外負けになるだろう。

 ならば右に避けるか、それとも左に避けるか。

 

 否。答えはどちらでもなく――――――――



「――――はぁっ!!」


「何っ!?」



 シノはバック宙の要領で高く飛び上がるとそのままベイルを飛び越え、トドメと思われた一撃を見事に回避。

 まさか自身の頭上を飛んでいくとは思わなかったのか、彼は呆気に取られた拍子に反応が遅れてしまった。

 もちろん、シノもただ飛んで回避しただけで終わりではなく―――――――――


「――――――やあぁっ!!」


「どわっ!?」


 彼の真後ろに降り立った直後、シノは逆にトドメの攻撃を繰り出してみせる。

 全ての体重を載せ、相手を押し出すことに重点を置いた渾身の蹴り。

 それは、ベイルの体勢を崩して舞台から弾き飛ばすには十分過ぎるほどで、防御する暇もなかった彼は勢いのままに真白い石造りの舞台から場外へと転がった。

 もし今の回避に失敗していたら逆にシノが負けていたのだが、結果オーライだろう。



「――――――勝負あり! 第一試合の勝者は、シノ・ミナカワさんに決定致しました!!!」



 会場に再び銅鑼の音が鳴り響いた直後、司会者の声によってシノの勝利が伝えられ、続けて会場には割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

 そして、それを受けた彼女は今更ながら恥ずかしくなってしまう。


「う、うわぁ……ちょっと大袈裟じゃない……?」


 一応恰好だけはつけておかなければと思い、観客に向かって苦笑しつつも手を振っておく。

 その間に場外へ転がった試合相手のベイルがこちらに近づいてきており、苦笑交じりに頭を掻いていた。


「いやぁ参ったなぁ……さすがだよ、シノさん。この試合は、どうやら俺の負けのようだ」


 武器なしの対人試合だからこそこの結果だが、魔物を相手にする冒険者としての彼はきっとかなりの使い手だろう。

 言葉では若干謙遜してこそいるが、シノにだってそれぐらいはわかる。


「運がよかっただけですよ。私、対人経験なんて皆無ですから……」


「運も実力のうちさ。だが、また機会があればその時は勝たせてもらう!」


「また私が出るかは分かりませんけどね……お互いに、頑張りましょう!」


 中央で固い握手を交わした二人は互いに笑い合うと踵を返し、舞台を後にする。

 二人が去った後もしばらくは、会場に拍手が鳴り響いていた。

 拍手を送る観客の中にはもちろん村の皆の姿もあり、特にローザに関しては周りと手を取り合って喜んでいたようだ。


 まずは一勝。実際に勝利したことで、彼女自身もそれなりに手応えを感じ始めた。

 まだ陽が完全に真上に来ないぐらいの時間帯ではあるのだが、ジェネス武道大会は例年通りの盛り上がりで、次の試合へと進んでいくのであった。

【TIPS~ベイル・ストラード】

ジェネス出身の男性冒険者で、年齢は二十代半ば。

街で行われている武道大会は毎年参加しており、本業は片手剣と盾を使う剣士。

まさに熱血漢のごとき性格で、仲間内ではムードメーカーのような存在だ。

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