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9 側近の行方

 オリビアが部屋を出て行ってからも、私はその場から動けずにいた。

 オリビアがいる間、部屋の外で待機してくれていたロジーナが中に戻って来て、突っ立ったままの私に不安そうに尋ねた。


「姫様、どうなさいました?」


「ロジーナ、レオンハルトがどうしているかわかるか?」


「いえ。昨日から執務室の方々とはお会いしておりませんので、そちらの詳しい様子は何とも……」


「私が会うには兄上の許可がいるだろうな」


 果たして許可が出るのかどうか。いや、もしもあっさり許可されたとしたら、それこそ本当にレオンハルトが兄上についたということかもしれない。

 たが、やはりレオンハルト本人に確かめたい。


「外にいる方に伺ってみましょう」


 そう言うとロジーナは扉の向こうに声をかけ、一度外に出てすぐに戻ってきた。


「本日、レオンハルト様は出仕なさっておられないそうです」


 意外な言葉に、私は自分の耳を疑った。




 その後、ロジーナが食堂で昼食をとるついでに、クレメンスの側近たちからレオンハルトについての情報を仕入れてきてくれた。


 どうやらレオンハルトは昨日、私とオリビアが庭園へと向かった直後に執務室を出て、それからずっと姿が見えないらしい。


「レオンハルトもいない状況で私の……、いや王太子の執務室はきちんと回っているのか?」


「あまり順調とはいえないご様子でした」


「そうか」


 レオンハルトが職場放棄するなど、記憶になかった。まさか私のために、という甘い考えはすぐに捨てた。

 レオンハルトは執務室にはいなくても兄上の隣にいるのかもしれないし、王宮の外で兄上のために働いているのかもしれない。


 そもそも、兄上のもとに纏まると決めたのは宰相なのだ。レオンハルトはそれに従うに違いない。

 だが、よくよく考えてみれば、宰相の決断は早すぎた。兄上と宰相の間には先に密約ができていたのだろうか。

 となれば、やはりレオンハルトが兄上と宰相に私がコルネリアだと告げたのだ。


 レオンハルトは私に騙されていたと気づいて、偽者のクレメンスの側にいることに我慢ならなくなったのかもしれない。

 それなら、こんなことをせずともレオンハルト自身が面と向かって私を糾弾し、気の済むまで詰ってくれれば良かったのに。


 それにしても、レオンハルトはいつから私がコルネリアだと気づいていたのだろうか?


 レオンハルトは私の前でそんな素振りはまったく見せなかった。

 6年の間、いつもいつも仏頂面で、政務に関して厳しい意見を言われることもたびたびだった。コルネリアに見せていた柔らかい表情は幻想だったのかと思うくらいに。

 もっとも、レオンハルトに甘やかされていたら私はクレメンスを保てなかっただろうから、それで良かったのだ。


 私が6年間クレメンスを演じられたのは間違いなくレオンハルトとオリビアのおかげだ。

 私が退場した後で、レオンハルトの望みが叶い、オリビアが幸せになる結末を迎えてほしい。

 だけど、兄上はきちんとその方向に皆を導いてくださるのだろうか?




 夕方近くなって、マティアスが私の部屋を訪れた。


「本当に姉上だったのですね」


 マティアスは私の姿を見てしみじみと言った。


「ずっと嘘を吐いていてすまなかった」


 私はマティアスに頭を下げた。


「いえ、こちらこそ申し訳ありません。もっと早くに来たかったのですが、先程ようやく兄上の許可をもらえたんです」


「わざわざ私に会いに来る必要など、もうないと思うが」


「いいえ、あります」


 マティアスはソファに座っていた私の側まで歩いてくると、「失礼します」と断ってから隣に腰を下ろした。


「姉上にお願いがあります」


 マティアスは声を潜めて言った。

 ロジーナはまた部屋の外に出ているので、ここには私とマティアスしかいない。

 他に聞かれては拙い頼み事が何なのかと、私は少し緊張した。


「政務に戻ってください」


 マティアスの思ってもみなかった言葉に、私は目を瞠った。


「それこそ、兄上が許すはずがない。マティアスだって、私に騙されていたと知って腹が立っただろう」


「まったく腹が立たなかったと言えば嘘になりますが、気づかなかった私にも落ち度はあります」


「姉弟とは言え滅多に顔を合わせることもなかったのだから、仕方ないことだ」


「そのとおりです。だけど、これだけははっきりと言えます。フロリアン兄上に王太子は務まりません」


「昨日の今日でそう断じてしまうのは早いのではないか?」


「私がなかなか兄上の許可を得られなかったのは、そもそも兄上が捕まらなかったからです。兄上は自分が王太子になると言いながら、政務に取り組むこともせずに相変わらずフラフラしているだけなのです」


「明後日には陛下がお帰りになる。そうすれば兄上だって……」


「ですが、もしも陛下がお帰りにならなかったら、どうなりますか? このまま兄上が即位するようなことになったら、母上や私たちは殺されるかもしれません」


 マティアスの顔にははっきりと怖れの色が浮かんでいた。


「兄上がそんなことをするはずがない」


 私は強い調子で言ったが、マティアスの表情はさらに暗くなった。


「本当にそう言い切れますか? 姉上もご存知ですよね、兄上の母上は、私の母上と正妃様のせいで亡くなったという話」


「それはあくまで噂だ。エルダ様が亡くなったのは病のせいだ」


「事実がどうではありません。兄上がどう思っているかです」


 エルダ様が亡くなってから、人が変わったように冷たくなった兄上。私たちを恨んでいても不思議はない。


「姉上なら絶対にそんなことはしないと信じられます。ですから姉上、どうか政務に戻ってください。私が皆を説得します。いえ、皆だって姉上のほうが良いと思っているはずです」


 マティアスの真っ直ぐな視線に見つめられて心が揺れるのを感じたが、それでも私は首を振った。


「裁きを待つ罪人を引っ張り出さなくても、おまえがいるではないか、マティアス」


「相応しいのは姉上です。姉上が戻ってくださるなら、私は姉上にお仕えします」


「私はここから出るわけにはいかない。もう帰りなさい」


「……私は諦めません。明日も参ります」


 マティアスは勢いよく立ち上がると、部屋を出ていった。


 扉が閉まってから、私は深く溜息を吐いた。


 自分はここから出るべきではないとわかっている。だが、私が口にしたのは本当に正しい答えだったのだろうか。

 弟から助けを求められたのに部屋でじっとしているだけでは、フラフラしているだけだという兄上と何も変わらない。

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