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6 コルネリアの部屋

 目を覚ますとソファに横たわっていた。手足などを拘束されてはいなかった。

 まだ明るいので、あれからさほど時間はたっていないのだろう。


 ゆっくり身を起こすと、殴られた場所がわずかに痛んだ。


 見回した室内の光景はあまりにも見覚えがあって、しばらく動けなくなった。懐かしく、だが、私がいるはずのない場所。

 そこはコルネリアの部屋だった。おそらく、ほぼ6年前のまま変わっていない。


 コルネリアの部屋を今もメイドたちが掃除していることは知っていた。母上が部屋を片付けさせないのは不思議だったが、単に興味がなかっただけかもしれない。

 どちらにせよ、クレメンスとして生きることを決めた私はこの部屋に入るつもりはなかったし、実際に6年間、一度も入ることはなかった。

 ここに足を踏み入れて、死んだはずのコルネリアに引き戻されることが怖かったから。


 それなのに、こうして私がコルネリアの部屋にいるのは、私がクレメンスではなくコルネリアだと露見したということなのだろう。

 驚きはない。来るべき時が来ただけだ。


 立ち上がって自分の体を見下ろしてみたが、庭園にいた時と特に変わったところは見当たらなかった。いつもどおりにきっちりと王太子の衣を纏ったままだ。


 私はゆっくりと扉に近づきノブに手をかけたが、扉は開かなかった。扉の向こうに人の気配があった。


 部屋があるのは3階なので、窓から逃げ出すのは無理だ。

 一応、窓から外を眺めてみると、部屋の下に何人もの騎士たちがいた。やはり騎士団はあちら側についたようだ。


 私は諦めてソファに戻った。

 私をここに閉じ込めた誰かが、向こうからやって来るのを待つしかなかった。


 いったい誰なのだろうか?

 自然と頭に浮かんだのは、マティアスの近くにいる者たちの顔だった。マティアスの伯父アーノルト侯爵、婚約者の父バルト公爵、あるいはヘレナ様……。

 もちろん、マティアスとは無関係の人物である可能性も大いにあるだろう。


 しかし、それ以上に気になるのは、オリビアのことだった。

 彼女もどこかに監禁されているのだろうか。オリビアまで巻き込んでしまったことは本当に申し訳なかった。


 それに、あの時、近くにいたメイドたちはどうなった? 執務室に残っていたレオンハルトや他の側近たちはどうしている?


 ふいに扉を叩く音が聞こえた。身構えながら扉をじっと見つめたがなかなか開かず、少ししてまた叩かれた。私の返事を待っているらしい。


「どうぞ」


 そう声をかけると、扉がゆっくりと開いた。


 部屋に入ってきたのは先ほどは想像していなかった人物で、しかしその顔を見た途端、納得した。なぜこの人である可能性を考えてみなかったのだろうか。

 王位継承争いとは無縁なところにいた人だが、まったく無関心だったわけがない。王太子である弟が実は妹だと知れば、さらに面白くなかったはずだ。


「気がついたか、コルネリア」


 覚悟していたので、その名を呼ばれたことに対する動揺はなかった。


「兄上」


 確認するようにポツリと口にすると、フロリアン兄上は薄らと笑った。


「上手くやると言うから任せたが、ずいぶん手荒な方法をとったようだな。女を殴るとは」


 兄上はソファに近づいたが腰を下ろそうとはせず、私を見下ろした。


「驚いた。まさか、おまえがクレメンスの身代わりをさせられていたとは。大人しいコルネリアが王太子役など、大変だっただろうに」


 まるで憐れむように言われて私が答えに迷ううちに、兄上は続けた。


「だが安心しろ。今後は俺が代わってやる」


「そんな、代わるなんて、簡単に……」


「おまえがこのまま王太子でいられると思うのか? 事を始めるにあたって、騎士団が私の味方についた。クレメンス派だった宰相や大臣たちも、おまえの正体を知って私の支持に回っている。あいつらが今さらマティアスを推せないだろうからな」


 また私が寝ている間に世界が変わってしまったようだ。

 いや、元に戻っただけなのかもしれない。今まで皆を騙していたのは私。彼らはあくまでクレメンス派なのだ。

 だが、こんなに呆気なく私の周囲から人が去り、もう側には誰もいないのかと思うと、急に心細くなった。


「おまえはコルネリアとして皆の前に出て自分の罪を詫び、俺に王太子位を譲ると言え。そうすれば、後は悪いようにはしない。王女に相応しい相手と結婚させてやる」


 自分が誰かに嫁ぐ可能性など、ずっと考えないようにしていた。

 それなのに、この6年で何度も聞いたレオンハルトの台詞を思い出した。


 ーー私はコルネリア殿下以外の相手と婚約も結婚もするつもりはありません。


 気分が重くなった。今さらコルネリアに戻ったところでレオンハルトに嫁げるはずがない。


「この国にはいづらいだろう。おまえは母親が隣国の出なのだから、あちらのほうが良い嫁ぎ先が見つかるのではないか」


 つまり、偽りとはいえ王太子を名乗っていた私を国から追い出すのだ。


「兄上、それはどうかお考え直しください」


「俺に逆らうのか? 今は俺が父上の代理。それに、もうすぐ国王に即位するのだぞ」


 私は体が震えそうになるのを堪えて口を開いた。


「陛下のご様子がまだわからないのに、そのようなことを仰るなんて」


「丸一日以上も詳しい情報が入って来ないんだ。そういうことではないのか?」


 兄上はせせら笑う。


「陛下はきっとご無事です」


「帰る予定は3日後だからそれまでは一応待つ。その間、おまえはここでこれからのことでも考えていろ」


 踵を返した兄上に、私は慌てて問いかけた。


「オリビアはどこですか? 無事でいますよね?」


 振り返った兄上は、目を細めて口角を上げた。


「丁重に扱っているから安心しろ」


「オリビアに罪はありません。家に帰してやってください」


 兄上は何も言わずに部屋を出ていった。

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