5 誰よりも側に(レオンハルト)
屋敷に戻ってからいくぶん冷静になった頭で考えてみれば、コルネリアの置かれた状況は理解できた。
病で臥せっていた彼女が、弟の身代わりを自ら望んだわけがない。
こんなことを考え実行できるのは、コルネリアとクレメンス殿下の母であるエーリカ様だけだ。
エーリカ様はクレメンス殿下が死に、コルネリアが生き残ったという事実を認められなかったのだろう。
初めて母親に必要とされたコルネリアに、それを拒むことなどできなかったに違いない。
髪を短く切られ、私の前でクレメンス殿下として振る舞うコルネリアの姿は痛々しかった。
私にだけは「死んだのはクレメンスで、ここにいるのはコルネリア」と告白してほしかった。しかし、彼女が口にしたのは「コルネリアは死んだ」という虚言だった。
コルネリアにとって、私は簡単に切り捨てられる存在だったのかと虚しくなった。
だが、彼女がクレメンス殿下の代わりをするというなら、私は父から定められていたとおりに王太子の側近になるだけだった。誰よりも側近く仕える腹心に。
それまでは王女に求められる教養程度しか身につけてこなかったはずのコルネリアは、王太子として新たに多くを学ばねばならなかった。
しかし、コルネリアは私が考えていたよりずっと賢かった。おそらくはクレメンス殿下以上に。
黙々と学問に励むコルネリアの姿に触発され、私はいざという時に彼女を守れるよう、剣術を身につけることにした。
時間を見つけては騎士団に赴き、訓練に混ぜてもらうようになった。
そんな私にとって忌々しい存在はオリビア嬢だった。
クレメンス殿下の姿をしたコルネリアを見れば、オリビア嬢はすぐに別人だと気づくだろうことは容易に想像できた。
だが、気づいたことをコルネリアに告げ、それによって彼女の信頼を得ることは予想外だった。
コルネリアはこのままクレメンス殿下としてオリビア嬢と結婚するつもりなのかもしれないが、いくら相手が女でもコルネリアが私以外の人間と夫婦の誓いを立てるなど許せるわけがない。
コルネリアが死んだとされてから3か月もたつと、周囲から「次の婚約者を」という声も聞こえはじめた。
そんな時、父が私に尋ねた。
「新しい婚約者は必要か?」
婚約者を亡くした嫡男に、父親がそんな質問をするはずがない。父もクレメンス殿下を名乗っているのがコルネリアであると気づいていたのだ。
口を閉ざしているのは、父なりの思惑があってのことに違いなかった。
「必要ありません。他を選ぶくらいなら騎士になります」
私はどんな手を使っても必ずコルネリアを手に入れる。それができないのは、私が今度こそ永遠にコルネリアを失う時だ。その時は、主の後を追う騎士に倣って、私も彼女に殉じよう。
そんな気持ちを込めた私の返答を、父なら正確に理解したはずだ。
「そうか」
その後、父が私の婚約や結婚について話題にすることはなかった。
理由は違えど父が目指す方向は私と同じだったようだ。俄然やりやすくなった。
コルネリアは初めのうちはひたすらクレメンス殿下を真似ていたが、徐々に王太子らしい振る舞いや言葉使いが板に着いてきて、彼女自身のものになってきた。
コルネリアの笑顔を見ることはほとんどなくなったが、彼女がクレメンス殿下を演じている限り、私も以前のように甘い顔をしてやるつもりはなかった。
数年たって、陛下の政務を手伝うようになると、コルネリアの有能さは皆の知るところとなった。
とはいえ、マティアス派が簡単に諦めるはずはない。
マティアス殿下自身は兄の補佐をと考えている節が伺えたが、生母のヘレナ様が我が子を王位につけたいと強く望んでいるのだ。
ヘレナ様は、隣国との間に縁談が持ち上がるまで、陛下の婚約者だった。
そのため、ヘレナ様にとってエーリカ様は一途に愛し合っていた陛下と自分の仲を裂き、正妃の座を奪った憎き女なのだ。
ちなみに、陛下が平民出身のメイドに手を出してフロリアン殿下を産ませたのは、まだヘレナ様が婚約者だった時だ。
嫁いでから陛下にすでに王子がいると知ったエーリカ様が受けた衝撃も、かなりのものだっただろう。そのうえ、自分が最初に産んだのが王女なのだから尚更だ。
エーリカ様の生国では王位継承は男にしか認められておらず、庶子であろうとどんなに出来が悪かろうと必ず王子が国王になるのだ。
とにかく、ヘレナ様には自分こそ陛下の最愛の妃だという自負がある。
エーリカ様がクレメンス殿下を産むより早く、ヘレナ様のご懐妊がわかって王宮に部屋を与えられ、側室になったから。
しかしその後、陛下は新たに子爵家からマリアンネ様を迎えた。現在のところ、最も陛下の寵愛を受けているのはマリアンネ様だ。
ただし、いつ側室が増えて陛下の寵愛がそちらに移ったとしても、廷臣たちは誰も驚かないだろうが。
陛下は寵妃に溺れて政務を怠るようなことはしないし、国王としては優れた方だが、尊敬する気にはなれない。
私はひとりだけでいい。




