27 友の告白(ある工夫)
近頃、何やらリアンの様子がおかしいので、呑みに誘うことにした。
リアンの見た目は一見平民のようだが、俺たちにはない品があるし、学もある。それゆえ、リアンは貴族の落とし胤に違いない、というのが俺たち工夫の共通の見解だった。
多分、リアンも自分がそう見られていることに気づいている。
とはいえ、あいつは優秀な土木技師見習いであり、俺の良き友でもある。こんな時は話を聞いてやるべきだろう。
リアンはいつも通り、俺の誘いに乗った。
酒を呑みながらしばらく世間話をした後で、俺は本題に入った。
「おまえ、最近どうしたんだ? 恋の病か?」
「はあ?」
「おまえが綺麗な貴族のお嬢さんと一緒にいるところを見たやつがいる」
リアンは嫌そうに顔を顰めた。
「……あれは、弟の婚約者だ」
「弟? もしかして、いつか工事を見に来てた貴族のお坊ちゃまか?」
何年か前、道路改修工事の現場にやって来た貴族の子どもとリアンが、互いを見て固まっていたことがあった。
あれでリアン貴族説が皆に広まったのだ。
「ああ、そうだ」
「なるほど。弟の婚約者と禁断の恋に落ちたわけか」
「違う。そこから離れろ」
「じゃあ何だ?」
リアンは迷っているようだったが、やがて話し出した。
「俺の家の跡継ぎはあの弟なんだ。弟の母親が父の正妻。俺の母は平民出身の元メイドで、だから俺は長男でもこうして好きなことをやってこれた」
「それは良かった」
「幸い弟は優秀で、跡継ぎとして特に問題はないと思っていた。だが、婚約者の話によると、今のあれは弟ではなく妹らしい」
「どういうことだ?」
「6年前だったか、流行病があっただろ。弟もそれで死んでいて、その時に死んだはずの妹が弟の身代わりをしていると言うんだ」
「そんなのすぐに暴露るだろ」
「弟と妹はよく似ていたし、6年前はまだ子どもで背格好も大して変わらなかったからな」
「それで、その婚約者とやらは、おまえに跡継ぎになれってか?」
「簡単に言えば」
「本当は違うのか?」
「跡継ぎにしてやるから自分を妻にしろってことだ」
「跡継ぎになれば土木技師はできないよな」
リアンは良い土木技師になりそうなのに、それはもったいない。
「まあ、無理だな」
「女は跡継ぎになれないのか?」
「いや、前例はある。だが俺には他にも腹違いの弟がいるから、そっちを跡継ぎにすれば良いと思う。ちなみにその弟にはもう婚約者がいる」
「おまえの家、想像以上に複雑そうだな。それとも貴族はそれが普通なのか?」
「いや、うちは特殊だ」
「そうか。安心した。で、結局、おまえは何を悩んでるんだ? 跡継ぎになりたいわけじゃないだろ」
「妹は女に戻れば元婚約者が何とかしてくれるだろうから、問題は弟の婚約者のほうだ。あの女には現実を突きつけて、自分が特別な人間じゃないってことをわからせてやったほうが良い」
「よくわからんが、つまり、それをおまえがやるのか? 何でだ?」
「跡継ぎになってやれない代わりに、一度くらいは弟や妹のために長男らしいことをしてやろうかと」
「それなら、弟の婚約者までは関係ないだろ。やっぱり惚れてんのか?」
ずいぶん高慢そうな女だが、好みなど人それぞれだろう。
「惚れてない。自分の欲望のために俺を誘惑してくるくせに、俺に対する蔑みを隠せないような女だぞ。あいつの鼻を折って、ぐちゃぐちゃに汚してやって、泣くところを見たいとは思うがな」
「……おまえも意外と難儀なやつだな」
呑み屋を出ると、リアンは何も言わずにプラプラと歩き出した。俺もついて行くことにした。
「そう言えば、おまえってその実家に住んでるのか?」
「ああ。だが、そろそろ父に全部話して、家を出ようと思っていた。どうせ今度の工事が始まればしばらく帰れないしな」
メルケル様の次の仕事は、王家直轄領を流れる川に新しく橋を架ける工事だった。もちろんリアンも俺も行く予定だ。
「できればその前に家の問題を片付けておきたい。やり方によっては父のほうから追い出してもらえるかもしれないが、下手をすれば命がないかもな」
「父親に殺されるってことか?」
思ったより物騒だ。
「父が俺を殺すことはないと信じたいが、他はわからん」
やがて、濠端に出た。向こう岸に城壁がそびえ、暗闇の中に王宮が浮かんで見えた。
ふいにリアンが立ち止まり、それを指差した。
「今のところ、あれが俺の家だ」
「……は?」
「悪い。さっき一つだけ黙っていたことがある。俺は貴族じゃなくて、王族だ」
貴族と王族って違うのか? 俺にはよくわからん。
いや、そんなことよりも……。
「おまえは王宮に住んでいて、弟が跡継ぎってことは、つまり王太子? じゃあ、その兄のおまえは……、第一王子ってことか? まさか父親っていうのは王様?」
こっちは血の気が引く思いなのに、リアンはニヤニヤと笑った。その顔を、しばらくはただ呆然と眺めていた。
「そういうことだから、実際に事を起こそうとしてもなかなか難しいわけだ」
「……おまえ、王太子になれ」
「何だよ、急に」
「王様なんて所詮、貴族しか見てないだろ。だが、おまえなら俺たちのことをよく知ってる。どうせならそんなやつに王様になってほしいじゃないか。俺にできることがあれば協力するし、他のやつらだってきっと……」
「無理だ。もちろん国王は平民のことを知らなければならないが、それだけを知っていても国王にはなれない。広く深く素養を身につけることが必要だ。それは王太子だけでなく、王族に生まれた者、王族に嫁いでくる者も同じ。だが、俺にはそれがない」
「そんなの、おまえなら今からだって何とかなるだろ」
「俺が王族の責務を放棄して許されているのは、王になるなというのが母の遺言で、俺はそれに背かないと父に約束したからだ。その代わりに、俺は土木技師を目指したんだ」
「……すまん。何も知らない俺が押しつけるべきことじゃなかった」
「いや、おまえの言葉にも一理ある。兄として、王太子になる弟にはそのあたりをきっちり伝えておこう」
「ああ、頼む」
「せっかくここまで来たんだ、泊まっていくか?」
「……遠慮する」
この時の俺には、自分が王宮の中に足を踏み入れることも、リアンの父親や弟妹に会うことも、まだ想像できなかった。




