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25 王宮の外へ(フロリアン)

 小さい頃、俺のそばには常に母上がいて、そこにしょっちゅう父上も加わった。

 後から考えれば、王宮という特殊な場所で育ったわりに、俺の親子関係は至極真っ当なものだった。


 母上と俺にも世話をしてくれるメイドはいたけれど、幼い俺の身の回りのことはほとんど母上がしてくれたし、ある程度の年齢になると自分自身でできるよう躾けられた。

 さらに、母上は王宮の外でお金を使って物を買う方法まで教えてくれた。


 母方の祖父母や親戚に会ったことはなかったが、母上の生家の場所は知っていた。母上が王宮からそこまでの詳細な地図を書いて、何度も繰り返し説明してくれたのだ。

 その地図と幾らかのお金が入った母上手作りの小さな巾着袋の存在は、父上にも内緒だった。


「フロリアン、あなたはこの国の第一王子だけど、私の息子です。決して王位を望んではなりません。あなたの役割は別のところにあるはずです。それを見つけて、父上と王太子になる弟君をお助けするのですよ」


 俺の成長と反比例するように徐々に弱っていった母上は、そんな言葉を遺して俺が9歳の冬に亡くなった。


 その夜、父上が俺を連れて向かったのは謁見の間だった。

 父上は玉座の真下まで行くと俺を抱き上げ、そのまま階を上って俺を玉座に座らせた。それは国王にしか許されない行為のはずだった。

 戸惑う俺に、父上は苦く笑った。


「所詮、玉座など座り心地の悪いただの椅子だ。その気になれば誰でも座れる。だが、座り続けるためには大きな覚悟が必要だ。特におまえがそうしようと思えば、たくさんのものを失うかもしれない。フロリアン、おまえはどうしたい?」


 きっと俺が王位を望めば、父上は叶えてくれるのだろうと思った。


「僕は母上の言いつけに背きたくありません」


 父上は寂しそうに頷いた。


「おまえはそう答えると思った」


 父上は再び俺を抱き上げて、階の下へと戻った。


「フロリアン、この先何があってもおまえを玉座に着けることはない。だが、それ以外の希望はすべて叶えてやるから何でも言いなさい」


 俺は頷いたものの、結局、その後も父上に対して何かを望むことはなかった。

 国王と言えど万能ではないことを、俺は理解していた。

 父上は愛する人を助けられなかった。それどころか、王宮を出たいという母上の唯一の望みさえ叶えてくれなかったのだから。


 母上が口にした俺の役割は王宮の外にあるのだろうと思った。だから母上は、俺が王宮を離れてもやっていけるようにしてくれたのだと。


 数日後、庭で久しぶりにコルネリアに会った。

 俺はずっとコルネリアのことを、母親から見向きもされない可哀想な妹として見ていた。

 俺はいつか自分の意思で王宮を出ていける。だが、コルネリアはこれからもこの場所に囚われ続けるのだろうと思うと、さらに哀れだった。

 たが、まだ子どもの俺にしてやれることなど何もなかった。




 春のある日、王宮で下働をしている男に頼んで手に入れた平民の服を着て、その下に首から提げた巾着袋を隠し、王宮を抜け出した。


 いくら母上から話を聞いていたとは言え、王宮の外は俺にとって未知の世界で、想像よりずっと広かった。

 それでも母上の地図を握りしめ、どうにか母上の生家に辿り着いた時には俺は心身ともに疲れきっていた。


 母上の実家は町の食堂で、俺は恐る恐るその中へと入った。

 初対面にも関わらず、母上に似ていたおかげで祖父母も伯父夫婦も俺が名乗らなくても誰なのか気づいてくれた。

 祖母は涙を浮かべて俺を抱きしめた。


 それから、俺はたびたび祖父母の食堂を訪ねた。

 祖父母はいつも俺を優しく迎えてくれた。伯父夫婦は困ったような表情を浮かべるが、俺が調理場を覗いても何も言わなかった。従兄弟たちは世間知らずな俺に様々なことを教えてくれた。


 しばらくすると、俺は食堂の客や近所の住民たちにも食堂の店主の孫「リアン」と認識されるようになり、顔見知りが増えていった。

 そのうちに食堂以外の仕事の話を聞く機会が増え、時には実際にその仕事の様子を見せてもらえたりもした。




 メルケル様も食堂の客のひとりだった。

 最初は穏和な顔をしたメルケル様が町の人々から尊敬され、王宮の騎士たちと同じくらい屈強そうな男たちから怖れられているらしいのが不思議で、彼に興味を抱いた。


 メルケル様の仕事は土木技師だと聞いても、よくわからなかった。


「工事現場を見たことはあるかい?」


「あります」


 王宮の外に出るようになってから、初めて通りの改修工事というものを目にしていた。


「私たちは大地の上に家を建てたり、道を敷いたりして暮らしている。だが、家も道もただそこに造って置いても駄目なんだ。その家や道が私たちにとって使いやすいものになり、さらに少しでも長持ちするよう、大地をきちんと整える必要がある。そのための最適な方法を考えるのが土木技師の仕事だよ」


 わかったような、わからないような気がした俺に、メルケル様は「今度見においで」と言ってくれた。


 すぐに俺はその頃のメルケル様の仕事場だった教会の増築工事の現場を見に行った。

 メルケル様や他の技師らしき人たちの指示で逞しい工夫たちが動き、大きなものを造る光景に魅せられた。

 その後も繰り返し見学に行き、メルケル様の仕事場が変わればそちらにも赴いた。


 早い段階で、自分も土木技師になりたいと考えるようになった。そのために必要なことをそれとなく聞いてみたりもした。

 しばらく悩んだり迷ったりした後、自分の本当の名と身分を伝えたうえで、弟子にしてくださいとメルケル様に頭を下げた。

 メルケル様はさすがに驚いていたが、それでも俺を受け入れてくれた。

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