24 別の顔
騎士と、騎士の姿をした者たちが次々と剣を抜き放ち、ぶつかり合いが始まった。謁見の間のあちこちから怒声と悲鳴があがる。
一見して本物の騎士たちのほうが優勢なのは明らかだった。
私を捕らえようとする偽騎士は、レオンハルトが寄せつけなかった。聞いていたとおり、騎士に引けを取らない腕前だ。
しかし、このままただ見ているだけで良いはずがない。
「兄上、もう止めましょう」
私が兄上に呼びかけた直後だった。
「静まれ」
その一喝で、謁見の間にいた者たちが動きを止めた。
人垣を割ってやって来たのは宰相だ。
「フロリアン殿下、これ以上王宮を乱すことはお止めください」
「忘れたのか。私の下に纏まると決めたのはおまえだろう。王宮を乱しているのはコルネリアとおまえの息子だ」
「お忘れですか。私は陛下がお戻りになるまでは、と申しました」
宰相の言葉に、私はハッとした。兄上も目を瞠り、それから顔を歪めた。
「戻られたのか。当然、ご無事にということだな」
「はい。只今こちらにお越しになられます」
文官たちの間から安堵の声が漏れた。
すぐに廊下から足音が届き、開かれたままだった扉の向こうに近衛や側近を伴った陛下のお姿が見えた。
慌てて陛下に対して礼をとった皆の頭上に、不機嫌な声が降ってきた。
「余のおらぬ間、王宮はずいぶんと騒がしかったようだな」
陛下がゆっくりと近づいてくる気配がした。私と兄上の間を抜けて階を上り、玉座に着く。
「皆、面を上げよ」
私たちが顔を上げると、陛下はぐるりと場を見渡してから私を見た。
「コルネリア」
その名を呼んだ陛下のお顔には、特別な感情は浮かばなかった。私は背筋を伸ばし、まっすぐに陛下の視線を受けた。
「陛下のお留守をお預かりしながら今回の事態を抑えられなかったこと、大変申し訳ございません」
陛下が溜息を吐いた。
「そなたばかりも責められぬ。混乱を怖れて真実を明かすことを引き延ばしてきたのは余だ」
陛下は再び視線を廷臣たちに向けた。
「6年前から、我が王太子はここにいるコルネリアだ。今後もそれを変更するつもりはない」
きっぱりと行われた宣言に、謁見の間の空気がわずかにさざめいた。
「御意のままに」
場を代表するように、宰相が答えた。
陛下は軽く頷いてから、兄上に視線を向けた。
「フロリアン、そなたがこのようなことをするとは」
兄上は穏やかな表情で陛下を見つめ返した。
「申し訳ありません、父上。王位継承権を持つ身として、儚い夢を見てしまいました。結果がこうなったからにはどのような処罰も受けます。ただ、お願いがあります。あの者たちは何も知らず、無理矢理ここに連れて来られただけです。このまま元の生活に戻してやってください」
陛下が姿を現してから、落ち着かなげに周囲の様子を伺っていた偽物の騎士たちが、途端に表情を変えた。
その中のひとりが、兄上に詰め寄った。
「おい、ふざけるなよ、リアン。渋っていたおまえを強引に担ぎ上げたのは俺たちだ。おまえだけ罰を受けるなんておかしいだろ」
突然の成り行きに文官たちが目を白黒させる中、別の者も声を上げた。
「そうだぞ。俺たちはおまえと生死を共にする覚悟をして来てるんだ」
「おまえたちにそこまでさせられるはずないだろ。頼むから大人しく帰ってくれ。来週から工事が始まるんだ。おまえたちがいないと師匠が困る」
「リアンがいなくても困るだろうが」
体格のいい男が兄上の胸ぐらを掴むのを見て、私は咄嗟にそちらに足を踏み出して叫んでいた。
「兄上を放せ。陛下の御前だぞ。慎め」
すぐにレオンハルトに引き戻された私を、男たちが冷たい目で見据えた。
「さすが、兄弟を差し置いて王太子になるだけのことはありますね、王女様」
「やめろ」
男たちを押さえるように、兄上がその前に出た。
「コルネリア、おまえは自分が王太子でいられたのは側近たちがいたからだと言っていたな。俺も同じだ」
兄上は男たちの顔をチラと見てから続けた。
「俺は王宮の外でこいつらと知り合って、助けられてきた。おまえたちにはどこの馬の骨ともわからない荒くれ者に見えただろうが、俺にとっては大切な仲間なんだ」
「酷い言いようだな」
兄上の後ろで、男たちはニヤニヤと笑いながら言葉を交わしていた。
「相手は王侯貴族だ。仕様がない」
兄上は陛下を見上げた。
「父上、今回の視察で来週から始まる架橋工事の現場にも行かれたと思います。この者たちはそこで働く予定の腕の良い工夫です。彼らがいなければ工事は大幅に遅れます」
「工夫? フロリアン、おまえは王宮の外でいったい何をしているのだ?」
「メルケル様という土木技師の下で見習いをしております」
「土木技師だと?」
「父上、母上の俺への遺言は覚えていますか? 王位を望むな。自分らしい役割を見つけて、父上と王太子になる弟をお助けしろ。それに従って行動した結果、私が得た居場所です」
「そなたは……」
陛下が何を言い淀んだのか、私にもわかった。
兄上は王太子になるつもりなどなかった。王宮の外でとっくに自分の道を歩みはじめていたのだから。
「兄上」
私が呼ぶと、兄上は振り向いた。
「おまえはこの国と民のために尽くすと言ったな。だが、王宮の中しか知らないおまえが今まで見てきたのは文官や騎士や貴族の血を引く者ばかりだ。民のほとんどは王宮の外にいる平民だ。おまえが見ていなくても、民は常におまえを見ている。そのことを忘れなければ、おまえはきっと良い施政者になれる」
兄上の後ろから、工夫だという男たちが私を見つめていた。
これから私が本当に認められなければならないのは彼らなのだ。
陛下はしばらく兄上の顔をジッと見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「フロリアン、そなたの王位継承権を永久に剥奪し、王族より籍を抜く。今後は平民として生きるがよい」
兄上は静かに臣下の礼をした。




