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19 運は私に味方する(オリビア)

「あなたが王太子殿下の妃になられたところで絶対にお子が出来ないことは私もわかっています。浅薄な望みはすぐに捨てることです」


 淡々と告げられたレオンハルト様の言葉に、私は急いで状況を整理した。


 レオンハルト様はクレメンス殿下の正体がコルネリアであると知りながら黙っていた。

 その理由はおそらく私と同じだ。自分の思い通りに動かすことのできるコルネリアを即位させること。


 それならば、レオンハルト様を未来の国王の父親にしてさしあげよう。彼にとっては願ってもない話だろう。

 コルネリアが密かに慕い続ける元婚約者と、偽りの名で手に入れようとしている権力をすべて奪う。いや、どちらもコルネリアより私が持つのが当然のものだ。


 私は誰をも魅了する微笑みを浮かべて、レオンハルト様へと一歩近づいた。


「レオンハルト様、そのことについて今からふたりでゆっくりお話しいたしませんか? きっと有意義でしてよ」


 私はレオンハルト様の腕に手を伸ばしたが、触れるより先に彼は二歩退がってそれを躱した。


「触るな、腐る」


 レオンハルト様の口から出た言葉の意味が理解できず、私は彼を見上げた。一瞬だけ視線の合ったレオンハルト様の目はクレメンス殿下を彷彿とさせた。

 レオンハルト様は、私を軽んじたクレメンス殿下の末路を覚えていないのかしら。私をそんな風に扱ったらあなたもきっと罰を受けるのに。




 それから数日後。


 王宮からの馬車での帰り道、ぼんやりと眺めていた通りの景色の中に何となく引っかかるものがあって、私は咄嗟に馬車を停めさせた。

 窓の外に目を凝らすと、すぐにひとりの人物の上で視線が止まった。庶民の群れに溶け込んでいるが、その顔には見覚えがあった。フロリアン殿下だ。


 もともと庶民出身の母親似だというフロリアン殿下の容姿は庶民そのものだった。そのうえ、通りを歩く彼は庶民の服を纏っていた。

 王族として出来損ないのフロリアン殿下は毎日のように王宮を抜け出していると聞いたことがあったが、事実だったようだ。


 この邂逅を逃す手はない。

 メイドの制止を無視して馬車を降り、フロリアン殿下にまっすぐ近寄った。


「あなたのような方が、こんなところで何をなさっていらっしゃるのですか?」


 私を振り向いたフロリアン殿下の表情には警戒の色が浮かんでいた。


「誰かと人違いしているのでは?」


 彼はそう言ったが、完璧な貴族令嬢たる私を前にして緊張した様子も見せないのが、彼が庶民ではない何よりの証拠だ。


「いいえ、私がフロリアン殿下を見間違えるはずがありませんわ。ずっとあなたとお話をしてみたかったのですもの。よろしかったら、我が家の馬車に乗っていただけませんか?」


 私は口元には微笑を浮かべつつ、フロリアン殿下の庇護欲をくすぐるような眼差しを向けた。


「このままでは目立って仕様がないな」


 フロリアン殿下は言い訳がましく呟くと、私に誘われるまま馬車に乗った。


 馬車が走り出すと、フロリアン殿下が尋ねた。


「それで、王太子の婚約者が俺に何の用だ?」


 公式行事などで年に数回ほど顔を合わせるだけで挨拶を交わしたこともなかったが、フロリアン殿下も私のことを認識していたようだ。まあ、当たり前かしら。


 私はクレメンス殿下が本当はコルネリアであり、その秘密に気づいてしまった私は脅され、無理矢理婚約者として縛りつけられていると語り、フロリアン殿下に助けを求めた。

 フロリアン殿下は初めこそ驚いていたが、縋るように彼の手を握り涙を流してみせれば、すっかり私を信じた。


「俺は何をすればいいんだ? クレメンスの正体を暴露して、あんたが婚約を解消できるようにすればいいのか?」


 フロリアン殿下に肩を抱き寄せられて、体が強張りそうになるのをどうにか堪えた。


 フロリアン殿下の顔立ちは、私の隣に置くことを想像するとあまりに釣り合わず憐憫を覚えるほどに凡庸だ。クレメンス殿下やレオンハルト様、マティアス殿下のように人目を惹くものではまったくない。

 身長はそこそこあるが体は痩せぎすで貧相。

 だが、見た目は庶民でも彼は間違いなく第一王子。しかも、こんなに呆気なく私の話を信じた。どこかコルネリアに通じるものを感じる。きっと簡単に丸め込めるはず。


「フロリアン殿下、あなたが王太子殿下におなりください」


「無理だ。俺はそのための教育を受けていない」


「そんなもの、必要ありませんわ。第一王子でいらっしゃるあなたこそ誰よりも王太子殿下に相応しい方なのですから。微力ながら、私もできる限りの助力をいたします」


 その日、フロリアン殿下ははっきりと答えることなく馬車を降りた。

 だが、私は焦らなかった。


 その後、最初に見かけた場所で何度か待ち伏せしてフロリアン殿下に会った。

 私は王太子になれとは口にせず、ただフロリアン殿下に一目会いたくて待っていたと匂わせた。

 馬車の中ではフロリアン殿下を褒め称えながらさりげなく身を寄せ、時に手や腕に触れ、あるいは潤んだ瞳で見つめ、とびきりの笑みを向けた。


 私がここまでしているのだから、心を動かされるのが普通の男だ。

 フロリアン殿下は瞬く間に私に堕ちた。


「そんなに王太子妃になりたいのか?」


「私はフロリアン殿下のお側にいたいだけです」


「それなら、その望みを叶えてやる」


 フロリアン殿下に強引に唇を奪われながら、私は来るべき未来に想いを馳せた。

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