18 相応しいのは(オリビア)
お父様から私が王太子殿下の婚約者に決まったと告げられた時、驚きはなかった。
まさに才色兼備を体現した存在である私よりも未来の王妃に相応しい令嬢がいるはずがないのだから。
初めてお会いしたクレメンス王太子殿下は、女性的と言えるほどに美しい顔をなさっていた。私たちが並ぶと周囲からは感嘆の声が上がった。
私を笑顔で見つめる殿下に、私も微笑を返した。
クレメンス殿下には1つ歳上の姉君がいた。殿下のご兄弟は多いが母君が同じなのはそのコルネリア王女殿下だけなので、仲がよろしいのだとか。
だけれど、コルネリア殿下は地味で冴えない方だった。
ただ王女だからという理由でこんな相手に敬意を払わなければならないなんて。クレメンス殿下の姉君でなければ無視もできたのに。私がそう思ったのも仕方のないことだ。
クレメンス殿下に何度目かにお会いした時には、側近のレオンハルト様がご一緒だった。
宰相様の嫡男である彼はとても優秀で将来を嘱望されていた。
レオンハルト様もなかなか端正で、クレメンス殿下とは違って男性らしい容姿をしていた。この方が私と並んでいたとしても、遜色なかったに違いない。
それなのに、私を初めて目にしたレオンハルト様の表情には何も浮かんでいなかった。
私に興味が湧かないはずがない。きっと王太子殿下に遠慮したのだ。あるいはご自分の婚約者に。
お気の毒なことに、レオンハルト様はコルネリア殿下と婚約していた。
私は王宮で妃教育を受けることになり、そのついでにクレメンス殿下に会いに行った。
しばらくすると、クレメンス殿下は私に笑顔を向けなくなった。それどころか、私の訪問が迷惑だと言わんばかりの態度をとった。
照れ隠しかと思ったが、私の顔を見る目にははっきりと不快の色が浮かんでいた。
そのうち、クレメンス殿下自身は現れず、レオンハルト様に「クレメンス殿下はお忙しいので、今日はお帰りください」などと言われるようになった。
そんな時のレオンハルト様の顔には、「面倒だ」と書かれていた。
ある日のこと。
私は妃教育の後でクレメンス殿下に会いに行く気になれず、庭園に行ってみた。
そこに、レオンハルト様とコルネリア殿下がいらっしゃった。
ふたりは並んで歩きながら会話を交わしているようだった。よく見れば手を繋ぎ、コルネリア殿下は片手に小さな花束を持っていた。
時おり、互いに見つめ合うふたりの顔には笑みが浮かんでいた。レオンハルト様の笑顔を私は初めて目にした。
私も思わずクスリと笑ってしまった。
王女様のご機嫌を取らねばならないレオンハルト様も大変そう。だけど、あまりやりすぎて勘違いさせてはコルネリア殿下がお可哀想だわ。
婚約から半年後、都を流行病が襲った。
クレメンス殿下とコルネリア殿下がその病に罹り、コルネリア殿下は亡くなった。
やがてしばらく休止になっていた妃教育が再開され、私は久しぶりにクレメンス殿下に会いに行った。
すぐに違和感を覚えた。私への視線や態度が柔らかい。
これは本当にクレメンス殿下なの?
1つだけ可能性を思いついて、確かめずにはいられなかった。そして、それが正解だった。
亡くなったのはコルネリア殿下ではなくクレメンス殿下のほうだったのだ。
確かにふたりはよく似た容姿をしていたが、これほどとは思っていなかった。
それにしても、いくら弟の代わりとはいえ、王女ともあろう方が男装して男のような話し方をするなんて恥ずかしくないのかしら。
だけど、私には好都合だった。
クレメンス殿下よりコルネリア殿下のほうが扱いやすい。実際、私が正体に気づいたことで警戒するどころか気を許していた。
このまま上手く手懐ければ、私の思うままに動くようになるに違いない。
やはり私は王太子妃になるべき人間なのだ。だから私を蔑ろにしたクレメンス殿下に罰が与えられた。
数年後、政務に携わりはじめたクレメンス殿下は優秀だと評判になった。
そんなわけない。あれはコルネリアなのだ。レオンハルト様や他の側近の力に決まっている。
コルネリアも何を勘違いしたのか、まるで本物の王太子殿下のように振る舞うようになった。
一方で、コルネリアは私のことをすっかり信用していた。時に悩みを打ち明けるくらいに。
だけど、その内容がまったくくだらない。筋肉がつかないとか、女っぽい体型になってきただとか。親身になって聞く振りをするのも苦痛だ。
せめて、恋愛相談なら面白かっただろうに、コルネリアはそういう類の話はしなかった。
もっとも、コルネリアがレオンハルト様を好きなことくらい聞かなくてもわかるけど。
レオンハルト様もさっさと次の婚約者を選べばいいのに。その時のコルネリアの反応が見ものだわ。
レオンハルト様はクレメンス殿下の正体にまったく気づいていないようだった。もしも自分の仕えている王太子殿下がコルネリアだとレオンハルト様が知れば、我慢できないほどの屈辱に違いない。
さらに月日が経ち、私の中に疑念が浮かんだ。本当にこのままコルネリアがクレメンス殿下として即位するのだろうか。
私は王太子妃から王妃になって、この国の女性で最高の位につくべき人間だ。だけど、コルネリアが国王では私は最高になれない。
そのうえ、私とコルネリアの間には子ができない。コルネリアを継ぐのはマティアス殿下かその子になるだろう。
となると、将来的にはマティアス殿下の婚約者であるリーゼロッテ、あるいは他の女に私の地位が奪われるということだ。
リーゼロッテの取り柄なんてバルト公爵家の令嬢だということくらい。あとは何一つ私に敵わない平凡な女だ。
私がコルネリアばかりかリーゼロッテよりも下にいなければならないなんて間違っている。
では、どうすればいい?
答えは簡単に出た。私がクレメンス殿下の跡継ぎを産めばいいのだ。この国の王には私の子が相応しい。
適当な男、と言っても私に触れるのだからそれなりの家柄と容姿を持ち、私に従順で、いざとなれば簡単に消せる人間を探すのだ。
だが探しはじめてすぐに、予想外のことが起きた。
レオンハルト様はクレメンス殿下の正体に気づいていた。