14 国王陛下との対峙(レオンハルト)
翌朝。
少し待たされた後、謁見室に現れた陛下はおひとりで、私は安堵した。正妃様が同席されれば話がややこしくなるのは目に見えている。
もともとこの日はおふたりが別々に視察をする予定だったようだ。
「レオンハルト、そなたがここに来るとはいったい何事だ?」
「実は少し前から王宮内に不穏な動きがございました。その方たちを誘き出すため、陛下が視察先で事故に遭われ怪我をされたという情報を流しました」
陛下は不快そうに眉を寄せた。
「偽の情報を囮にしたか。まあ良い。それで、その者たちが動き出したのだな?」
「はい。現在、王宮にてコルネリア殿下が監禁されております」
「待て。そなた今、コルネリアと申したか? あの娘は6年前に死んだであろう」
やはり陛下はまったく気づいていなかった。
私は胸に沸き上がる怒りや呆れを必死に抑え込み、できる限り平坦な声で告げた。
「6年前に亡くなられたのはクレメンス殿下にございます。それ以降はコルネリア殿下が身代わりをなさっておられました」
「馬鹿な。なぜそのようなことをしたのだ」
あなたが息子と娘も見分けられぬ愚かな父親だからです、と心の中で呟いた。
「私にもわかりかねます。どうか後ほど、それをなさったご本人にお尋ねください」
私がそう言えば、陛下は尋ねるべき相手とは誰なのか、理解したらしい。声は聞こえなかったが「エーリカか」と唇が動いたのはわかった。
「そなたの罠にかかったのは誰だ? マティアスか、それともヘレナか?」
「フロリアン殿下とオリビア・テニエス嬢です」
「フロリアンだと?」
陛下の目が見開かれた。生きているのがコルネリアだと知った時以上に驚愕して見えた。
いや、実際そうなのだろう。
フロリアン殿下は、陛下が唯一心を砕いてきた御子だ。
陛下が寵愛した妃は他にもいらっしゃるが、心から愛したのはフロリアン殿下の生母エルダ様だけだった。
フロリアン殿下が政務に関わらず、王位継承争いとも無縁の場所にいたのは陛下の意思による。陛下は下手にそこに近づけて、フロリアン殿下を命の危機に晒したくなかったのだ。
それなのに、オリビア嬢に唆されてフロリアン殿下は自らその真っ只中に飛び込んでしまった。
「陛下、どうかお願いいたします。王宮にお戻りになり、王太子はコルネリア殿下だと宣言なさってください。万が一、このままフロリアン殿下が王太子になられるようなことになれば、国が乱れかねません」
陛下は落ち着こうとするように、深く息を吐き出した。
「オリビア・テニエスはクレメンスの婚約者であろう。それがなぜフロリアンと?」
「テニエス嬢はクレメンス殿下が本当はコルネリア殿下であると知っていて婚約者として協力しておりましたが、いつからかフロリアン殿下と近づいていたようです。詳しい経緯は知りませんが、何でもすでに情を交わした仲で、互いに結婚を望んでいるとか」
最後のほうは口から出まかせだった。実際にあのふたりがどんな関係かなど私は興味もない。
表情を伺うに、陛下は私の言葉を信じたようだ。
フロリアン殿下の結婚については陛下にとって悩ましい問題だったはずなので、後はなるようになるだろう。
「そう言えば、そなたはコルネリアの婚約者であったな。あれを王位に就けて、王配に収まるつもりか?」
「私が望むのは王配の立場ではなく、コルネリア殿下です」
陛下が意外だという顔になった。
「ほう。ならば、王太子はマティアスでも構わぬのか?」
「陛下がご自身の跡を継ぐに最も相応しいのはマティアス殿下だと思われるのでしたら」
陛下は顔を顰めた。違うということだろう。
「だが、罪が明らかになった者を、そのまま王太子にはできぬ」
「本当にコルネリア殿下は罪を犯したのですか?」
「今さら何を言うのだ?」
陛下はまったく意味がわからないらしく、声を荒げた。
「陛下もご存知だったのではありませんか? 陛下ほどの方が、クレメンス殿下とコルネリア殿下を見分けることができなかったなど、私にはとても信じられません。あの頃は流行病のせいで国が疲弊しておりました。そんな中で、王太子殿下の死と正妃様の罪を公にすることを躊躇われただけではありませんか?」
「……なるほど」
陛下は目を細めて私を見つめながら、しばらく何かを考えている様子だった。
「その場合、フロリアンはどうなる?」
「騒動がどの程度の規模まで拡がっているかにもよりますが、主な罪は無実のコルネリア殿下を監禁したことと、街で集めた素性もわからぬ者たちを騎士と称して王宮に入れたことくらいです。そのうちコルネリア殿下を罪人扱いされたことについては、畏れながら今まで真実を公表なさらなかった陛下にも責任がございます。となれば、大した罪には問えません。ですが、王位継承権の剥奪は必要かと思います」
陛下は再び深い溜息を吐いた。
そもそも、陛下がフロリアン殿下を早い段階で臣籍降下させて貴族として生活させるなり、政務とは無関係の学問を修めさせるなりしておけば良かったのだ。中途半端なことをするから、罪を犯すことになった。
だが、陛下はエルダ様が体を壊して王宮を出ることを望んでも、最期まで手放せなかった方だ。
母親似だというフロリアン殿下を手元に置いておきたかったのだろう。
本当にエルダ様を愛していたなら、陛下こそ王位継承権を捨てて王宮を出るべきだった、とは私には言えない。
陛下がそんなことをしていたら、コルネリアはこの世に生まれていなかったのだから。
どんな理由があれ、陛下はご自身の責任を投げ出すことをしなかったのだ。おそらくはコルネリアも、陛下のそういう性質を受け継いでしまった。
私にとって王配になることは、コルネリアの隣にいるための手段にすぎない。
陛下との話し合いをすべて終え、離宮を辞した時には昼過ぎになっていた。
急いで帰ろうとしたものの、ヨハネスに「出発前に食事を」と言われ、強引に飯屋まで引き摺られた。
それから馬を何度か休ませながら一路都へと戻り、王宮に辿り着いたのはやはり真夜中だった。しかし、顔見知りの騎士たちは脇門を通してくれた。
騎士団の詰所に行き、そこにいた騎士を捕まえてコルネリアのことを尋ねた。
彼はあまり詳しくは知らないようだったが、とりあえずコルネリアが彼女自身の部屋にいることはわかった。
地下牢でなかったことに安堵した。フロリアン殿下も多少は兄妹の情を持ち合わせているのだろうか。
私はヨハネスに、朝になったら私の着替えを届けるよう頼んだ。ついでに少し前に用意しておいたコルネリアのためのドレスも。
「やっと着ていただけるわけですね。で、どれを?」
「全部だ」
「畏まりました」
ヨハネスが屋敷に戻っていってから、私は簡単に湯を使わせてもらい、改めて騎士服をきっちり着込むとコルネリアの部屋に向かった。
途中で騎士にも似非騎士にも出会ったが、どちらからも足止めされることはなかった。
コルネリアの部屋の前には数人の騎士が立っていた。その中には副団長の姿もあって、色々と教えてくれた。
コルネリアは一度も部屋を出ていないこと。食事は3食運ばれていること。就寝時以外はメイドが一緒にいること。そのメイドがドレスが酷いと嘆いていたこと。訪ねてきたのはフロリアン殿下、オリビア嬢、マティアス殿下だけであること。
「王太子殿下をお守りいただきありがとうございました」
私は彼らに深く頭を下げてから、静かに部屋の中に足を踏み入れた。