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12 嵐の前の休息

 クレメンスとして国王に即位する覚悟はしていた。その前に嘘が露見して、罰を受けることも。

 だがコルネリアとして女王になるなど想像したこともなかった。それは、偽物の王になるよりも怖しいことに感じられた。


 私の心中の葛藤を察してか、レオンハルトはじっと黙っているものの、さらに不機嫌が増したように目を細めていた。


「レオンハルト」


 名を呼ぶと、レオンハルトの目が一度瞬いてから私を見つめた。


「はい」


「これからも私の側にいると言ったな」


「ええ、言いました」


「それは側近としてか? それとも、その、他の意味があるのか?」


 私が言い淀んだことを、レオンハルトははっきりと口にした。


「伴侶として、です。そんなことわざわざ確認する必要もないでしょう」


 レオンハルトは私が誰かを知っていて、「婚約者はコルネリア」だと宣言していたわけだ。それを聞いて密かに悦んでいた自分が恥ずかしくて居た堪れない。


「おまえは本当にそれでいいのか? 王配になるなど、制限されることばかり多くて窮屈なだけだぞ」


 言ってから失敗に気づいた。レオンハルトの表情がますます剣呑なものに変わった。


「だから、ただの側近のまま、あなたが別の男と夫婦になるのを見ていろと言うつもりですか?」


「そうではない。私はきっとおまえに甘えてしまう。妻として大したこともできないのに縛りつけて、さらに窮屈な思いをさせるかもしれない」


 レオンハルトが目を瞠り、それからハハッと笑った。

 何が6年振りの笑顔を引き出したのかわからず困惑していると、レオンハルトは立ち上がり、こちらへと歩いてきて私の隣に座り直した。


「それこそ望むところです。むしろ、あなたは私のことより自分の心配をしたほうがいいと思いますよ」


 レオンハルトは私の手を包み込むように握った。

 彼の笑みは昔のような柔らかいだけのものとは違って見えた。それなのに私の胸は鼓動を速め、レオンハルトの顔から目を離せなかった。


「昔は自分がこんな風に何かに執着する人間だとは思っていませんでした。それも地位や名誉ならともかく、女性にとは」


 レオンハルトの手が動き、指を絡めて繋ぐ形になった。


「6年も待たせたあなたが悪いのですから、今さらその責任を放棄しないでください」


 口にしていることは無茶苦茶な気がするが、声が甘い。それに縋るように、私はレオンハルトの手を握り返した。


「私の側にいてくれ、レオンハルト」


「たとえあなたに命じられても決して離れませんよ、コルネリア」


 安堵の色が浮かんだレオンハルトの顔がこちらへ近づいてきたと思うと、その頭がパタリと私の肩に沈んだ。


「レオンハルト?」


「すみません。一昨日からほとんど寝ていないので、そろそろ限界です」


「そういうことは先に言わぬか」


 やはりレオンハルトは疲れていたのだ。いつもより不機嫌に見えたのも眠気のせい。

 もしかしたら、たった今聞いたばかりの甘い言葉は寝惚けて口にしたのかもしれない。


「寝台を使え」


「ここが、いいです」


 レオンハルトはそのまま眠りに落ちたらしく、後は規則正しい呼吸が聞こえるだけになった。


 私はそっと嘆息した。

 レオンハルトはいつもこうだった。


 私が陛下から王太子の執務室を与えられた当初、ロジーナらメイドたちがそれまでと同じ時間にお茶を運んできた。

 私はそれをやめさせようとしたのだが、「いや、これからも頼む」と言って私に休憩をとらせのはレオンハルトだった。

 私が食事を抜くことも睡眠を削ることも許さなかった。そのくせ、自分は平気でそれをする。


 それにしても、私はこれまで誰かに甘えることばかりだったが、こうして寄りかかられるのも悪くない。おそらく、相手がレオンハルトだからだろう。

 肩にかかる体温のある重みと、頬にあたる意外に柔らかい髪の毛の感触がひどく心地良かった。




 僅かな時間、瞼を閉じただけのつもりが、うつらうつらしていたらしい。


「いったい何をなさっているのですか」


 ロジーナの悲鳴のような叫び声で、私は目を覚ました。

 部屋の中はすっかり明るくなっていて、扉とソファの間に立ったロジーナが、目を剥いてわなわなと震えているのがはっきりと見えた。


 しまったと思いつつ、繋いだままだった手をそれとなく外そうとしたが、レオンハルトの手はまったく解けなかった。

 諦めて、ロジーナに静かに言った。


「話をしているうちに眠ってしまっただけだ。あまり大声を出すな。レオンハルトがここにいると外に知られては拙い」


「問題ありません。そこにいる者たちは知っていますから」


 まだ寝ていると思っていたレオンハルトが、ゆっくりと身を起こしながら言った。


「未婚の男女がこんなことをなさるのは大問題です」


 ロジーナが噛みつくように言うのに肩を竦めつつ、レオンハルトに確認した。


「そうなのか?」


「彼らに知られずには、ここに入れません」


「それはそうだが」


「私は制服の着用を認められる程度には騎士団に伝手があります。一朝一夕に関係を築こうとしたどなたかよりは強いと思います」


 それがフロリアン兄上への皮肉であることくらい理解できた。


「騎士団は兄上についたのではなかったのか」


「そういう話を持ちかけられたら乗る振りをするよう頼みました。いざ事が起きて私が側を離れている間、あなたを守ってもらえるように」


「おまえはこのために騎士団に出入りしていたのか?」


「いえ、あくまで剣術を身につけるためで、他はすべて予想外の副産物です」


「あの騎士らしからぬ方たちは何なのです?」


 ロジーナが目を吊り上げたまま訊いた。


「あれはフロリアン殿下が集めてきた破落戸だ。違いは一目瞭然だと思うが、おかげで騎士服さえ着ていればあいつらにはあまり怪しまれずに動ける」


「なるほど、そういうことか」


 騎士服が役立ったのは王領への往復ではなく、王宮内の移動にだったのだ。


「さてと」


 レオンハルトが私の手を放して立ち上がった。


「私はしばらく出てまいります」


 私も慌てて腰を上げた。


「どこに行くんだ?」


 レオンハルトは苦笑した。


「食事をとったら戻りますから、そんな顔をしないでください。あなたが身支度するのを横で見ているわけにはいかないでしょう」


 自分の頬が熱くなるのがわかった。

 少し離れると言われたくらいで不安になるなんて、やはり私はレオンハルトに甘えすぎだ。


 その時、扉を叩く音がして、ロジーナが応対に向かった。


「レオンハルト様、何やらお荷物が届いたそうですが」


 ロジーナの声にはまだ棘があった。


「ああ、ちょうど良かった。入れてくれ」


 騎士たちが運んできたのは、大きめの箱が3つと袋がひとつだった。


「袋は私の着替えです。箱のほうはコルネリアのですから、お好きなものをどうぞ。では、行ってまいります」


 そう言って私の手を引き寄せ口づけると、レオンハルトは部屋を出ていった。

 何も言えずに固まっていた私の横で、ロジーナがさっそく箱を開けた。


「あら、まあ」


 ロジーナの声にそちらを見れば、箱の中から彼女が取り出したのはまたもドレスだった。ただし、今度のものは若い女性が着るに相応しい華やかなものだ。

 基調は白だが、ふわりと広がるスカート部分には黄色も重ねられていて、細かい花柄の刺繍が全体に施されていた。


「さすが、レオンハルト様ですね」


 どうやらロジーナの怒りは完全に収まったようだった。

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