11 彼らの目的
「そろそろ、あの女より私を信頼していただけましたか?」
黙り込んでいた私に、レオンハルトがいつもよりぶっきら棒な調子で訊いた。
「おまえのことは信頼している」
「それはどうもありがとうございます」
レオンハルトから返ってきた言葉は棒読みで、少しも心がこもっていなかった。こういう態度も珍しいと言えば珍しい。
「レオンハルトは私がコルネリアだといつから気づいていたんだ?」
「最初からです」
レオンハルトの答えに私は目を見開いた。
「最初からって、それならどうして何も言わなかったんだ?」
「意地になった、というところでしょうか」
「意地?」
「あなたから打ち明けてほしかったのにそうしてもらえなかったので、私はその程度の存在だったのかと心底がっかりしたんです」
「がっかり? おまえが?」
何だかレオンハルトの口から出た言葉とは思えなかった。しかも仏頂面がわずかに崩れて、拗ねているように見える。
だが、こんな表情は昔も見たことがあった。確か婚約してすぐ、「隣に並ぶのは嫌か」と言われたのだ。初めて「コルネリア」と呼ばれたのもあの時だった。
「私はあなたと仲睦まじい婚約者になれていると思い込んでいましたから」
私だってそう思っていたし気づいてもらえなくてがっかりした、と口にしかけたが、押し問答になりそうなのでやめた。
レオンハルトの機嫌を好転させる取っ掛かりを求めて彼の顔を窺った。ランプの明かりに照らされて陰影が濃く見えた。
「おまえ、疲れているのではないか? 少し休め」
「まだ話が終わっておりません」
「だったら、ここに座って話せ」
私が寝台の端を指差すと、レオンハルトは顔を顰めた。
「遠慮いたします。いくら相手が私でも、そういうことを気軽に仰らないでください」
そもそも勝手に寝室に入ってきたのはおまえだろう、という言葉も飲み込んだ。
「では、向こうのソファで続きを聞こう」
「承知いたしました」
私が寝台を下りようとすると、ランプを手にとったレオンハルトがもう一方の手を差し出してきた。私はやや戸惑いながらもその手に自分の手を重ねた。
レオンハルトに手を引かれて立ち上がり、そのまま隣室のソファまで歩く。
レオンハルトは私をソファに座らせ、テーブルの上にランプを置いてから向かいに腰を下ろした。
改めてレオンハルトと向き合うと、自分が寝巻のみの姿なのが少々心許なかった。
だが、部屋のクローゼットの中にあるのは12歳の時の服だけなので、今の私が羽織れるようなものはない。ひとりでは灰色のドレスに着替えることもできない。
レオンハルトのほうは、むしろ普段よりもきっちりとした服を着ていた。よく見れば、彼が身に纏っているのは騎士団の制服だった。
「おまえ、騎士団に入ったのか?」
「いえ。騎士団に出入りするうちに準団員などと呼ばれるようになって、これを誂えてくれました。今までは袖を通す機会もありませんでしたが、今回は大いに役立ちました」
「そんな格好でいったい何をしていたんだ?」
「陛下にお会いしてまいりました」
「陛下に? 陛下はご無事なのか?」
私は思わず身を乗り出して訊いた。
「はい。そもそも、陛下が事故に遭われたというのは偽の情報ですから。私が行くまでは視察も順調だったご様子です」
「偽情報?」
「あちらに事を起こすきっかけを与えたのです。先ほど言いましたとおり、あの女はクレメンス殿下の妃になっても国母にはなれないと理解しました。となれば、フロリアン殿下を国王に即位させてその妃になろうと考えることは予想できました」
王太子クレメンスの次に王位に近いのはマティアスだが、彼はバルト公爵家の令嬢と婚約している。ヘレナ様の実家アーノルト侯爵家の力も強い。
一方、フロリアン兄上は王位継承権争いの蚊帳の外に置かれており、後ろ盾を持たない。
どちらに近づくほうが簡単かなど悩む必要もない、ということだ。
「こちらもこちらの目的のためにそれを利用するべく準備を整えておりました。ですが期限も3か月に迫りましたので、そろそろ動いてもらうことにしました」
「3か月? 私がオリビアと結婚するまで、か」
「あくまで結婚するのはクレメンス殿下であってあなたではありませんが、それでも面白くはないですから」
レオンハルトの言う「面白くない」がどこから来た感情なのか掴めず首を傾げながらも、私は別のことを尋ねた。
「当然、宰相は承知しているのだな?」
「ええ。偽情報に関しては父が仕込んだものです。信憑性を出すために王領から早馬を出したそうです」
「それで、おまえたちの目的は?」
「まずはあなたがコルネリアであると世に公表することです。正体を隠したままではあなたの足元は常に不安定ですし、何よりあなた自身で世嗣ぎを作れない。クレメンス殿下の身代わりではなく、コルネリアとして王太子に立ち、将来は女王に即位してください」
「無理だ」
考えるより先に、そう口にしていた。
「無理ではありません。我が国が女王を戴いたことは何度もあります。女王の時代は国が栄えたとも言われているくらいです」
「女王が即位したのは王位を継承するに相応しい王子がいなかった時だけだ」
「確かにそのとおりですが、あなたはすでに6年も王太子の座にあり、王位に就くに誰よりも相応しいと身をもって証してきました」
「私はただクレメンスの代わりを必死に務めていたにすぎない」
「クレメンス殿下を名乗っていても、実際に王太子の責務を果たしてきたのは間違いなくコルネリアです。あなたは自分自身の名で、今までと同じことをすればいい」
返す言葉に迷っていると、レオンハルトが再び口を開いた。
「昨日、マティアス殿下がここに来たそうですね。どんな話をなさったのですか?」
「……私に政務に戻ってほしい、そうすればマティアスは私に仕える、と」
「マティアス殿下はご自身のことも客観視できる方とお見受けします。周囲まで納得させるには時間がかかるでしょうが、こうしてフロリアン殿下が騒ぎを起こしてくださったことで改めて自分の立ち位置を考えた者も多いはずです」
「クレメンスの周囲はどうなんだ?」
「父がほぼ纏めたはずです。ちなみに、今回のことはオリビア嬢が勝手に始めたことでしたが、途中からはテニエス侯爵も手を貸していました。娘可愛さか、将来の外戚の立場ほしさかは知りませんが、謀叛に加担するなど愚かなことです」
「謀叛とは違うのではないか?」
「国王陛下の不在中に王太子殿下を監禁することを謀叛と言わずに何と言うのです」
「に……」
「偽物の王太子だから仕方ないとでも? 陛下がそれをご存知だったとしても?」
「陛下がご存知?」
私が目を見開くと、クレメンスは眉を顰めた。
「陛下とて、目の前にいる我が子が王子か王女かくらい見分けがつくでしょう。ですが、気づいたのはコルネリアの死を発表した後で、当時は流行病で人心が疲弊していたため、死んだのはクレメンス殿下のほうだったと訂正することを躊躇われたのです。最初のうちは時期を見計らってマティアス殿下と交代させるおつもりだったが、あなたが思わぬ適性を見せたので気が変わったと仰っておられました」
「まさか……」
私の反論を許さないというように、クレメンスは言葉を続けた。
「ですから、あなたの罪を問うと言うなら、その前に陛下の罪を問うことになります。とはいえ、もっとも罪が重いのはあなたにクレメンス殿下の身代わりを強いた正妃様ですが」
「母上は私に強いてなどいない」
「仮に頭を下げて頼まれたのだとしても同じことです。あなたに拒否することができましたか?」
気づいた時には私はクレメンスの姿をしていて、母上は私を「クレメンス」と呼んだ。初めて私に笑いかけ、抱きしめてくれた。
母上の目に映るのが本当はクレメンスだとわかっていても、私はそれを拒めなかった。
私がコルネリアに戻ったと知れば、母上はどんな反応を示すのか。私はそれを受け止められるのか。
だが母上のためだけにクレメンスでいることは最早できないのだ。
まっすぐに私を射抜くレオンハルトの眼差しを感じながら、そう悟った。




