ルナ外伝 ~月の約束~ 5
「2人でですか」
ある日、朝早くにホーウェンに呼び出されたルナとフリードは共にホーウェンの部屋に向かった。
ホーウェンが2人を呼んだ理由は早急に増援に向かってほしいとの事だった。
人間界のとある山奥で、何百人という近隣の街や集落の人々が行方不明になる事件が起きていた。
その原因を究明すべく、これまで人間界の兵士やコーゴーの戦士が数にして約200が動員されたが、今のところ帰還者は0である。
これが何らかの怪異なのか超常なのか、それともどこかの個人や組織による陰謀が企まれているのか……とにかく情報が無い。
故に若手で最も有望株の2人により、最大限の少数精鋭として任務成功をもたらしてほしい、叶うならば生存者を救出してほしい、という案件だった。
「報酬はもちろん、働きによってお前達の昇格も考える……上等が2人帰って来ないのは異常事態だ、よろしく頼む」
「あの」
説明を聞き終えたルナが挙手し、ルナは発言を許して質問を受ける。
「この件で特等聖戦士が動かない理由は何ですか? 上等が2人も帰ってこなす異常事態ならば、1人でも動員すべきでは」
「特等聖戦士だから帰って来れるという確証は無い……失うには惜しすぎる」
「じ、じゃあ俺達なら帰ってこれなくてもいいって事ですか!?」
ホーウェンの答えに怒りの感情が込み上げたフリードは、ホーウェンの机をバン! と両手で叩いて大声で意見した。
「特等は暇ではない、特等クラスが向かうレベルの任務を与えられたのだ……光栄に思え」
不覚にも納得してしまったフリードはそれ以上何も言い返す事が出来ず、ルナと共に人間界へ向かっていった。
※ ※ ※ ※ ※
「よく言い返さなかったな」
「そりゃまあ……事実だし」
超絶実力至上主義のコーゴーにて、困難に立ち向かう権利を得られる事を喜びである風習がある。
フリードもその風習を強く信仰しているため、これ以上の暴論にも捉えられる正論に納得しているのだ。
「ここだな」
ルブラーンから遠く離れた人間界最北端の街のさらに北に位置する、人の手付かずの原生林が土地を支配する山々だ。
「で、どうなんだ」
ルナは任務を始める前に、呪力〝未来予測〟を駆使して少し先の未来を視る。
コーゴーの聖戦士たるもの戦闘(の可能性に発展しそうな状況)においては神経質になればなるほどよく、準備段階から見えるスキを消していこうという心構えだ。
後に特等聖戦士となった際にルナはそのルーティーンを辞めた……理由はこれから起こる事を、生涯後悔するからでもある。
「……なるほど、見えない境界線がある……そこへ踏み込めばおそらく対象を撃破しないと出られない仕組みだ」
「やっぱ戦闘か」
「敵数は1桁、正確な人数は……分からない」
「十分だ」
「種族も不明、だが応戦中の味方は0……行けるな」
「たりめぇだ!!」
胸の前で両拳を突き合って気合を入れる笑顔のフリード。
ルナも剣を抜き、コーゴー本部が誇る若手最有望株の戦闘準備は完全に整った。
「行くぞ」
「おう!!」
獣道すら無いただの山の斜面を、ルナとフリードは一気に駆け上がっていく。
さながら両者の人生のように急な傾斜だが、そんなことは意に介さず剥き出しの土を蹴り出し、目に見えない境界線の向こう側へと躊躇無く踏み込んでいった。
「ようこそようこそ、待ってたよ」
体躯は大きくも小さくも無い平凡なサイズ、濃い赤色の髪はソラの一族とは違ったモノで、半分ほどしか開いていない黄色の瞳は気怠げな雰囲気を思わせる。
爆発したみたいなツンツン頭には星形のサングラスが掛けられており、声音も何だか気の抜ける中年男のいい声だ。
白Tシャツの上から花柄のアロハ、灰色の半ズボンと裸足でビーチサンダルというラフな格好だが、顔は若い中性的な男の印象を受ける。
こんな男が河原でビーチチェアの上で寝っ転がってのんびりとしているこの光景を見れば、誰もが警戒心を下げがちになるだろう。
「ここのところ君達みたいな武装したお客さんが多いな」
しかし山の頂上付近にもかかわらず、明らかに河原の石が中流か下流にかけてのサイズであることや、既に秋に入っていた人間界で夏のような気温とセミの鳴き声から察するに、ここは山とは完全に逸脱した「別の場所」だ。
何より2人の足を止めたのは、その男の放つ気配。
常軌を逸していた……特等聖戦士が3人でかかってようやく五分五分なのでは無いかと思えるほどに、次元が違っていた。
「もしかしてボクの正体、バレてる?」
そして何の障害も無いまま男のオーラを直に感じた2人は、圧倒的な力の差を前に恐怖、絶望した。
ルナもフリードも震えながら、心中では偶然にも同じ言葉が声に出さずに叫ばれている。
──勝てるわけが無い、と。
「ところで君達もコーゴー? とかいう組織だよね……はぁ、何か今までの人達よりひと段階くらい強いの来たから、もうここから離れないとな……」
「……どこへ行こうと無駄だ……同じ事をすればすぐに……コーゴーが駆け付ける……」
意思とは関係なく本能的に震える全身を必死に抑えながら、退くこと無くルナは男と対峙する。
「そうか~、ガービウもなんか同じような事言ってたな~……分かった自粛するよ──君達が最後の〝食糧〟だ」
ゾオォッ、と背筋から全身に、まるでゆっくりと舐め回されているような恐怖と嫌悪感が同時に襲いかかった。
男が舌で唇を湿らせた、たったそれだけの行為に全身の鳥肌が立ちっぱなしとなる。
呼吸すらも忘れそうな緊張感に体が強張り、上手く動けない様子を男は、肉食動物が草食動物に向けるような突き刺す視線を向けた。
「そういや、自己紹介しないと悔いなく死ねないもんね~……ボクの名前はエイウェル……
──賢者ベントス、その内の1人だよ」




