IF 果たされない出会い 2
ハロドック・グラエルとルナは、親子である。
第9ホシノキズナ継承者であるアリシアの先代、第8ホシノキズナ継承者──ユリ・クルエル。
継承者でありながらホシノキズナの力の行使を拒み、ハロドックと共に細やかな幸せを望み、温かい家庭を築こうと笑った。
だがクルエルの血族がそれを許さない。
内政に大きな動きがあり、ハロドックの留守中に人間界のテロを目論んだ者がいるという建前で、ユリとまだ生まれて間もないルナがいる村に兵団を動員した。
現在の王──ケイナン・クルエルのクーデター、そしてその先の計画のために、ユリは殺された。
※ ※ ※ ※ ※
実際にユリを殺したのはガービウ・セトロイであり、死ぬきっかけを作り出したのは兵団である。
ハロドックはそれを救おうとしたが、手の施しようの無くなったために1番近くで看取ったに過ぎない。
それがどのようにルナに行き渡ったかは不明だが、父が自信の元にいない理由は母を殺したためだと、ルナは思い込んでいる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「さすが特等聖戦士、ちゃんと護ってんだな」
ルナだけが一方的に傷付いていく。
双方の激突による衝撃は空まで響き、もはや夜空を覆う雨雲は消失していた。
ルナは人間界の兵団のナンバーワンであり、この世の表世界を管理する最大の組織コーゴーの最高戦力、特等聖戦士という2つの顔を持ち合わせている。
その両方で必要な心は、罪無き人々を護る事にある。
片やハロドックは無駄な命のやり取りはしないが、巻き込まれるかどうかで言えば知ったことでは無い。
雨雲を全て吹き飛ばす程に激しい衝突が何度も繰り返されたなら、王宮周辺どころか数百万人が暮らす王都ルブラーン全体に影響が及ぶ。
ルナがそれを許容することなどあるはずもなく、あってはならないが、それが弱味となりハロドックに追い詰められていた。
「やっぱりお前とはちゃんとぶつかりてぇから、日を改めて」
「ふざけるな!!!」
気遣いとも取れるハロドックの言葉を一蹴し、募らせた500年の思いを込み上げるルナ。
「何故母さんを殺した? ……何故お前は全てを捨てた!!?? 俺はここでお前を殺さなければならない、お前を殺すのは俺でなくてはならない!!!」
しかしルナも、それが不可能であることは重々承知している。
不死身──ハロドック・グラエルを知る者ならば、その信じられない体質も共に知っていて当然だろう。
そしてコーゴー特等聖戦士という肩書きを持つルナが、それを知らないはずが無い。
「……そうか」
一言、ハロドックの言葉が引き金となり、ルブラーン全体に衝撃波を巻き起こすクラスの衝突が起きる。
ドッバァァアアアアアッッ!!!! と凄まじい衝突により舞い散る砂塵が、周囲から2人の様子を上手くうかがえなくする。
「……ふぅ……」
しかしルブラーンにはそんな破壊的な風が吹き荒ぶ事は無かった。
外に逃げてあらゆる家屋や人々や大地を抉りぶっ飛ばしかねない衝撃を全て受け止め、ルナは意識不明となりながらも数百万の命を救ったのだ。
「さすがだな」
惜しみない賞賛を送る、だがこのルブラーンにハロドックを足止めさせられる者はルナ以外にいない。
「またな、ルナ」
深い夜、ハロドックはアリシアをさらに奪い返すべく、王宮内に駆け込んでいった。
※ ※ ※ ※ ※
「……いきなりか」
「みたいですね」
ラルフェウの呪力〝瞬間移動〟を駆使し、ベイルとラルフェウは水陸両用の名も無き船からルブラーンに飛んできた。
その場所は、王室。
「っはははは、わざわざそちらから来るとは……意外すぎるな──ベイル・ペプガール」
ついさっきまでの騒動ですら、1歩も動じず椅子に鎮座する男──人間界の王、ケイナン・クルエルは剣を抜く。
「ちっ、こうならやるしか……っ……」
ビュンッ!! と、とてつもないスピードでベイルに突っ込んだケイナンは、何の抵抗もさせないまま膝蹴りを顔面にお見舞いした。
「ベイル様!!」
「……くそ……」
単純な力比べでは勝てないと踏んだベイルは呪力で防ごうとしたが、それでもまともに攻撃を食らってしまい、吹っ飛び壁に背中を強打する。
呪力が発動するタイミングが遅かったのではない、発動していたはずの呪力が消えていた。
「厄介な呪力だな、くっ……」
「はああっ!!」
リカバリーが遅れるベイルのカバーに入るラルフェウは、スキの出来たケイナンの腹に右脚を蹴り込む。
「ぐっ……ちぃ、煩わしい」
「お互い様ですね……」
※ ※ ※ ※ ※
有象無象を軽くぶっ飛ばし、ハロドックは王宮内で拘束されているアリシアと再会した。
「よう」
「……ハロドック……さん……」
拘束を破壊し、かなり体力を削がれたハロドックはアリシアを抱き抱えて王宮外に出る。
「……あの……ごめんなさい……」
「ん? ああ、お前が生きてたから許しといてやる」
(正直言って期待外れもいいとこだ、マナクリナ以来の器のはずだが……この程度の運に見放されてるとなれば……こいつも覚醒までは行けないのか……)
雨上がりでグズグズになっている足場にもかかわらず、軽々と山道を駆け抜けるハロドックは、ベイルとラルフェウが乗っていた船へと目指していく。
(とりあえずアイツらと合流してから出発だな……)
※ ※ ※ ※ ※
「う……く……」
「はぁ……はぁ……ははは、実験相手としては上出来だな、魔人族」
鉄の臭い、傷や抉れた跡、王室は激しい戦闘を物語る。
個々の戦闘能力ならば、人間であるケイナンを圧倒的に凌駕していなければならないはずの魔人のラルフェウが、ケイナンよりもダメージを負って苦戦を強いられていた。
(あり得ない、明らかに人間じゃない動きだ……どうなっているんだ……)
ベイルも先ほどから果敢に攻撃を仕掛けているが、呪力が封じられてさらに触れる事すらも出来ないという、完全にお荷物状態であった。
「どうなってんだ……」
「そんなことお前が知らなくてもいい」
見えなかった、感じ取れなかった、読み切れなかった。
一見死角など無いように思えるベイルとの対峙だが、そんな感覚の包囲網を力技で強引に破り捨て、一気に間合いに詰める。
ズバァァン!!
残像が数秒残るほどの速度で振り上げられた剣は、ベイルの下腹部から頭頂部まで、五臓六腑と脳を斬り咲いた。
「……ぁ……」
「ベイル様ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
激情によってオーラが跳ね上がるラルフェウだったが、正気を失ってしまった事が災いし、正面から突っ込んでいってしまう。
ザンッ!!
一閃、ラルフェウの首が斬り落とされた。
声も無い、意識も無い、あらゆる活動が停止し、鼓動はあまりにも呆気なくなりを潜めた。
「さてと、取り返すとするか」
これは、〝死神〟と呼ばれる少年とこの世の運命を握る力を宿した少女が、出会わない物語。
運命の歯車が、狂わない物語。




