IF 果たされない出会い 1
「捕らえました!!」
無数に瞬く星々は灰色の雲に隠れ、山道は大雨によって足場は脆くなり、その周辺を熟知している獣ならまだしも、初めて踏み込んだ人間が上手く走れるはずもない。
ボロボロの布切れ1枚で、雨の降りしきる泥の上に体を押さえつけられた金髪碧眼の少女。
たった数十分前に、アリシア・クルエルと名付けられた、第9〝ホシノキズナ〟継承者の肩書きを生まれた瞬間から背負わされた少女。
「よし、すぐ戻るぞ!」
非力な少女が日々訓練された兵士複数人に、それも足場の悪い中で全速力で追われたら、どう考えても逃げ切れるはずが無い。
──それこそ、激流の川に飛び込むなどしなければ。
あっさりと拘束されたアリシアは、為す術無くルブラーンへと連れ戻される。
(……どうしよう……)
これは、〝死神〟と呼ばれる男と、この世の運命を握る少女が、出会わない物語──
※ ※ ※ ※ ※
「ちっ、面倒くせぇな……」
もしも彼女が持つ力を扱えるだけの器があるならば、この困難もきっと運に恵まれて逃れられたはずだろう。
これまでの継承者は皆、その程度の困難くらいならば1人で乗り越えられた。
アリシアの名付け親となった男は立ち上がる、再び危機の待つ人間界の王都ルブラーンへと──
※ ※ ※ ※ ※
「よくやった」
「ありがとうございます!」
拘束されたアリシアを兵士はルナに引き渡す。
ルナの部下がアリシアを王宮内に連れ戻し、ルナ自身はさらなる警戒態勢で臨み剣を抜く。
(気配を感じる……大きい……俺で止められるか……)
額に冷や汗を1滴垂らし、自然と剣を握る力が強くなる、しかし断固として呪力で未来は視なかった。
「ルナ長官、我々は何を」
「引き続き警戒を怠るな、かなりデカい気配がある」
アリシアの回収が終わっても包囲網は解けない、ルナの指令で兵達は王宮周辺で陣形を組む。
張り詰めた緊張感の漂う大雨の現場で、ふとルナは左後方に目線だけを向けた。
「そこかッ!!」
ダッ! と勢いよく地を踏んだルナは、特に何かがある訳でも無い地点で足を止め、強烈な衝撃波を引き起こす剣閃が放たれる。
「うおっ!? と……」
するとルナが剣を凄まじい威力で振り下ろした位置に、突如1人の男が現れ、間一髪で後ろに跳んでかわした。
「ルナ長官!!」
「来るな!! お前達は足手まといだ……」
決して侮蔑の意を込めた訳では無い、ルナが他に気を配る余裕など与えない男が相手だという事を兵士達も分かっていた。
その上で何の言葉も交わされず、アイコンタクトも見えないであろう大雨の夜間で、ルナと男が激突した位置の付近にいた兵士達は即刻退散していく。
「……この日をどれだけ待ちわびたか──ハロドック・グラエル!!!!!!」
「まだ先の予定だったんだがなぁ……やるしかねぇか」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、とある草っ原に佇む車輪付きの船の中で、2人の男がルブラーンの方角を見て伺う。
「……恐ろしい激突……何かあったんでしょうか……」
「不足の事態なんてザラにあるだろ」
「我々も向かいますか?」
「……ま、そりゃ行くわな」
矮躯な少年の風貌の男と、好青年の印象を抱かせる男の2人組は、顔も名前も知らない少女のために動き始める──




