ベイルVSクラジュー 番外編
「時はアリシア王政暦6年、しっちゃかめっちゃかしてた仕事は落ち着き、まあまあな暇が作れるようになった今日この頃」
ノリノリな大柄の男──ハロドックは〝拡声型言伝貝〟を駆使してダイニング全体に声を響かせる。
「舞台はルブラーン王宮が俺達専用ダイニング、今ここで新たな歴史の1ページが記されようとしていまぁす!」
ダイニングには人間界女王──アリシアを含め、眠りから覚めない魔人の青年──ラルフェウ以外の一行全員が集合していた。
「これより、第1回ルブラーン王宮内大食い王決定戦を開会するぜぇぇえええええ!!!」
「いええええええええええい!!!」
ダイニング中央の大テーブルに並んで座る小柄な少年の見てくれの男──ベイルと赤髪が特徴的な男──クラジュー、目の前には皿に大量に積み重ねられたナス。
そんな皿がテーブル全体に所狭しと並び、そのテーブルを一行が見つめていた。
ちなみに先ほどの、ハロドックの開会宣言に対してはっちゃけた返事をしたのは、喋るペンギン──ニコラスだ。
「じゃあまずベイル選手のコメントをもらいましょう」
ハロドックは意気揚々とした態度でベイルに〝拡声型言伝貝〟を向ける。
「ナスで俺に勝とうなんざ2兆年早ぇよ、ぶっつぶす」
「なるほど~、ではクラジュー選手にも一言もらいましょう」
ハロドックのノリに若干の怒りを覚えるクラジューは、向けられた〝拡声型言伝貝〟を手で退ける。
「いらねぇ、絶対勝つ」
「……なるほど、では早速始めましょうそうしましょう!」
何故2人はナスの大食い王決定戦をする事となったのか、事の経緯は数時間前に遡る──
※ ※ ※ ※ ※
「ベイルとクラジューさんってどっちが1番食べるんだろう?」
食べ終わるまで止まる気配など無かったその2人の手元からガタッと音が聞こえ、食べる手が止まり同時にアリシアに視線を向けた。
「俺だろ!!」 「俺だ!!」
2人の声は重なった。
「「ああ!? やんのかてめぇ!!」」
再び重なり、全く同じ言葉を向き合って放ち合う。
「……ええ……」
※ ※ ※ ※ ※
「という訳で始まった大食い王決定戦だが、始まって1分……今んとこ互角だが、どうお思いですか元凶のアリシア」
さっきからアリシアのうなじをクンカクンカとにおい続ける女──リドリーに後ろからハグされているアリシアは、一応向けられた〝拡声型言伝貝〟に言葉を発する。
「えっと……なんかごめんなさい……」
「お~っと謎の謝罪、これについてどう思」
「話しかけんな変態」
リドリーにコメントを求めようとすれば、即刻拒絶されるもめげないハロドック。
「……一言くらいいいじゃねぇかよぉ……」
ベイルもクラジューも特に何かしらのアクションを起こす事無く黙々と食べ続け、実況も解説も仕事を放棄したため、見守る一行の会話がボソボソと聞こえてくる。
「がんばれクラジューく~ん!!」
唯一黄色い声援を飛ばす見た目は妖艶な女性、顔と心は少女──ゾーネが夫であるクラジューに対するものだけだ。
後の者は誰も興味が無い。
「もう畑見に行ってええやろか」
畑仕事にハマった記憶喪失の男──キリウスは既に作業服に着替えている。
普段は海パン一丁なのだが、畑仕事に対する本気度がその格好でうかがえる。
「待って、これを見逃したら多分しばらく後悔する」
唯一何故かこの訳の分からないバトルに興味を示す、見た目は幼女、心は大人びた思春期──ビオラ。
そんなビオラの様子を、人間界の女王──アリシアは「あはは……」と控えめに笑って見守っていた。
「あのハロドックサン、もうちょっとでナス尽きるっす」
この王宮の一行専用ダイニングの専属コック──レオキスは、ハロドックに早期決着を求める。
「あっそう、だと思ってた」
しかしハロドックはハナからそうなるに決まっていると分かっており、この日のために食料庫の半分を埋め尽くすほどに備蓄していたナスが尽きる心配などしていない。
それでもルールを捻じ曲げる事無く適当にレオキスの話を聞き流すため、レオキスはため息をついて説得を諦める。
※ ※ ※ ※ ※
「優勝はベイルぅぅうううう!!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
ナスの備蓄はきれいさっぱり無くなり、結果的に途中で失速し、やがて完全に食べる手が止まったクラジューを圧倒的に引き離したベイルが優勝した。
「では優勝者に第1回大食い王になった感想を聞いてみましょう!」
「寝る」
たった一言残し、ベイルは自室(船内)に戻り、また長い長い眠りについた。
クラジューは胃からナスを全部戻し、しばらく調子が悪くなったそうな。
そしてクラジューがこの先ナスを食べた事は今のところ無い。
「……はい終わり、解散」
こうしてギャラリーの撤退が恐ろしく速い大食い王選手権は、幕を閉じた。
〝拡声型言伝貝〟はマイクとスピーカーの役目を果たしています。




