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ルナ外伝 ~月の約束~ 7

 「な……何を……」


 生まれたての子鹿のように震えながらかろうじて立っているフリードは、ルナの自信に満ち満ちた声色と言葉に驚愕する。


 「逃がすと思うか?」


 「お前の質問は受け付けない、代わりに俺の質問に答えろ」


 約束した手前、聞かない訳にはいかなかったエイウェルはため息を1つつき、腕を組んで「言ってみろ」と呆れた声色で問うて見せた。


 「人を喰らうのは賢者ベントスの属性か? それともお前だけの属性か?」


 「属性とはまた嫌味な、賢者ベントスは有機物なら基本的に食える、ボクはたまたま人類が好みな味だっただけ」


 「そうか、じゃあ次に……お前はジェノサイドと」


 「ノーコメント」


 ジェノサイドというワードに過敏な反応を示すエイウェル。


 「なるほど、次に……他にも賢者ベントスは蘇った者がいるか?」


 「まあいるけど、ボク以外は何かしらアクション起こさないとこんな事件起こさないからご安心を」


 「なるほど、じゃあ最後に──どんな殺され方が趣味かな?」


 「少なくともお前の手では無いいずれかだな」


 「ふっ……ご愁傷様」


 無駄のない洗練された踏み込み、無駄のない剣の振り、ズバァッ! と首を斬り落とす勢いで強く最速で剣を振り下ろした。


 「まあ、ひねりが無いかな」


 たった一振りで何かしらダメージを負わせられるとはルナ自身も思ってはいなかった。


 それでも無防備で特にパワーアップもしていない首を、渾身の剣で傷1つ付かなかったのは堪えるモノがある。


 「くそっ……」


 「この場合は、剣が折れなかった事を誇ってもいいんだよ」


 「ざけんな犬ころ」


 やはり素では手も足も出ないと自ら体感したルナは、おそらく無駄だろうと理解していても立ち向かい続ける。


 自身の生命エネルギーを力に変換する〝零域(ゾーン)〟に入り、僅かながらでも意識をフリードから自身へと逸らすために時間を稼ぐルナ。


 命を懸けた時間稼ぎに、ルナは全身全霊の一撃を加え続けていく。


 「うおおおあああああ!!!!」




   ※ ※ ※ ※ ※



 俺は何をしているんだ。


 あいつに初めて負かされて、あいつに追いつき追い越すために必死に食らい付いて、あいつに憧れて。


 久しぶりの2人の任務に俺は浮き足立ってでもいたのか? 違う! 違うだろフリード・ムーンハート!!


 約束した、俺達は必ず特等聖戦士になると! 己の野望のために! ダチとして支え合うために!


 そうだ……俺はまだ特等聖戦士を諦めきっちゃいねぇ……俺だけ震えてばっかりでどうする! 俺はまだルナからもらったモンを、返し切れてねぇんだよ!!!




   ※ ※ ※ ※ ※




 「魔力、へぇ魔人か……知らない味だな」


 ルナの体格からは想像のつかない程のとてつもないパワーの源が魔力だとすぐに気が付いたエイウェルは、喰らった事の無い魔人の血肉に興味を引き立てられる。


 (よし、こちらに興味がこっちにほぼ完全に逸れた……後はフリードが逃──)


 感覚が暴走する。


 剣を握りしめていた右手の手首から先の部位が突如消えてなくなった。


 鋭利な包丁で綺麗に輪切りにされたような断片から血が勢いよく噴き出し、凄まじい痛みが手首から全身に走る。


 「っ!? ……ちぃ!!」


 再生のための細胞分裂は既に始まっており、もう2、3分でルナの右手は元通りになると見られ、激痛にも叫んだり痛がる様子もほんの僅かしかしない。


 「い~ただきま~す……」


 スキとは言えないようなルナの動作の最中に、エイウェル自身の手で千切ったと思われる綺麗すぎる断面から垂れる血を口の中に、滝のように上から流し入れた。


 味わうために口いっぱいに入れ──瞬間、凄まじい吐き気と全身の嫌悪感に襲われたエイウェルは、血を吐き出す。


 「うおぇっ!!? がはっがはっ……不味い……何だこれは……不味すぎる…………まさか」


 吐瀉物をもう1度口の中に放り込み、噛み締めて味わったような不味さと吐き気で充満する口を、流れる川の水で急いで洗い流す。


 有機物なら何でも受け付ける賢者ベントスが、これほどまでに拒絶反応を示した理由はたった1つ。


 「お前……混血か!!」


 「だったら何だ」


 「くそっ!! 通りで不味い訳だ……キメラの肉なんぞ喰えたモノじゃない!!」


 あれだけ冷静かつ余裕だったエイウェルは激昂で大声を上げ、ルナとフリードに背中を見せて吐き気と闘っている。


 「はああっ!!!」


 この好機を逃す訳など無く、ルナはエイウェルの背後から大きく溜めを作り、自身最大の力を込めた渾身の一振りを閃かせる。


 キンッ────


 決して斬れた音では無い、全身全霊の一撃を背中でモロに食らって、それでも無傷なだけでなく、剣が折れたのだ。


 ルナのこれまで培ってきた全てを否定するかのように、無に帰すように、残酷な現実を見せつけたのだった。




 「まだだあああああ!!!!」




 ルナの一瞬の悲観を掻き消す、愚かにも抗っていく弱き男の、渾身の一撃。


 無駄で、無意味で、無効で、無知で、無理解で、無情で、無数の斬れる風の刃がエイウェルの周囲に吹き荒れる。


 「2人喰うのは無理だ、ああ無理無理、無~理~……まあいいか、口直しだ」




 「フリード!!」


 何故逃げなかった、と問う直前に見せたフリードの笑顔がルナの言葉を詰まらせる。


 「……あばよ、親友」


 フリードは全てを理解し、全てを見据えた上でこの一撃を加えた。


 それがルナが助かった訳でも、2人が逃げ出すための時間稼ぎになった訳でも、エイウェルに致命的なダメージを与えた訳でも、全くもって何でも無い一撃だ。


 その無意味に、人は「意地」という意味付けをした……愚行を美化するあまりにも虚しく、そして美しい言葉だ。


 「フリードォォオオオオオオオオ!!!!!」


 別に目の前で公開処刑をする必要は無い、ただエイウェルはルナを、この空間から追い出したいだけなのである。


 ならばやることは最も簡単で、最も残酷な、別れの言葉すら告げさせない、非情なるその一手────




   ※ ※ ※ ※ ※




 気が付くとルナは、元の山の頂上に1人ポツンと立ち尽くしていた。


 再生していく右手、横にいない唯一無二の親友。


 おそらくルナはこの瞬間初めて、他者のために涙を流した。


 その慟哭が山々に響き渡っても、親友に届くことは無い。


 「おおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 こんな暴力があってたまるか、こんな理不尽があってたまるか、こんな最期があってたまるか。


 認めない、認められるわけが無い、認めてなるものか、認めなくてはならない、認めて先へ進むしか道は無い。


 あの一撃に込められたモノは諦めない精神だけではない、ルナには分かっている。


 〝俺はお前に護られるタマじゃねぇ、お前と並んで戦う親友だ!〟


 もしかしたら違っているだろうが、ルナはその一撃を生涯忘れることは無かった。


 それからルナは誰かに「これまで見た最高の技は何だ?」と問われたら、誰彼問わずにフリードの最期の一撃を口にする。


 威力や効果では無い、人1人の想いが乗せられ、人1人の心に想いが伝わる……後にも先にも無い、〝人の強さ〟を見た瞬間だったと言葉を添えて────





 この任務から帰還したルナは、すぐに特等聖戦士序列10位の昇格が決定し、間もなく人間界の王都ルブラーンに派遣される。


 任務は人間界の戦力増強と王の監視、クルエル血族の陰謀の阻止だ。




 夢を勝ち取ったルナは、その晩にグラス2つ用意し、最高の注いで乾杯した。


 もう誰も、ルナの分の酒を飲んでくれる者はいない。


 (……あばよ、親友)


 ずっと脳裏に焼き付いて離れないフリードの言葉が、ルナをこれまで以上に強くする。


 死んだかどうかは誰も見ていないのだから分からない、生きている可能性だって否定できない。


 ならばどんな場所にいてもその名が届くほどに名を上げよう、そしてそれを聞いたあいつにルナはこう言ってやると胸に手を当てる。



 「……悔しかったら、お前もここまで来い……」



 今ここに、1つの絆の糸が空へ舞い上がる。


 月の光に照らされて、今も切れること無く繋がり続けている。




 Fin.




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