第4話 マヌケのナナバ
クドイようですが少しわかりにくいので一応!
役不足:役目が実力不相応に軽いこと。
力不足:与えられた役目を果たすだけの力量がないこと。
「アニキっっっっ!!!!!」
「なんできやがったっ!」
血だらけで木に寄りかかる姿を見つけて駆け寄るナナバをディアンは振り払い拒んだ。
この男の怒気を孕んだ声は初めて聞く。穏やかな男でどんな時もディアンは笑顔を絶やそうとしなかった。
「お前にはっ冒険者としての生き方を教えたはずだッ!」
そんな男が初めて怒りを顕にする。それもすべてナナバを思っての事だった。
「お前はっここで引き返せっ……グッッ」
口を押さえた手のひらは血の絵の具でベッタリと染められる。もはや立っていることもままならずディアンは大剣を杖にして辛うじて体を起こしていた。
「お前はって……じゃあアニキはどうするんだよっ!」
ナナバは半ば悲鳴じみた声を上げた。それは既に返事を知っていたからだ。
ディアンは何も言わなかった。ただナナバに背を向けて更なる森の深部を見た。歩き出そうとして一歩前に踏み出して吐血する。
とうとう立っていることもできなくなったディアンは木に寄りかかり、ズルリと背中を擦って座り込んだ。木には血がベットリと移っていた。
「やっぱり、無理だよ! 無理だよアニキ!」
頭から伝った雨粒がナナバの頬を通り過ぎた。それでもその声はディアンには届かない。
ディアンは人差し指でナナバの顔を拭ってやるとお前は相変わらず泣き虫だ。と笑った。
「俺は、行かなくちゃならねぇ…… 俺が俺であるために。」
どうしてそこまでナナバはその言葉が喉元まででかかった。しかし横でフンと鼻を鳴らすトータルにハッとさせられる。そんなもの自明の理である。
ディアンはそんな二人を見て、どこか憑き物が落ちたかのようにフッと穏やかに笑ってフツフツと語りだした。
それは冒険者としてではなくディアンというこの町で暮らす一人の男としての言葉だった。
「冒険者なんてものは結局の所、ただの流れもんだ。誰にも愛されることもなく、誰を愛することもない。あるのは寂しい連中がせめてもと傷を舐め合うぐらいのもんだ。」
ディアンは何処か遠くを見つめてそう言った。その目はひどく悲しい色をしていた。
「それが悪いって言うんじゃねぇ。それでも俺はいつの間にか耐えられなくなっていた。お前を助けた時、俺は冒険者として死んじまっていたんだ。」
ナナバはその言葉を聞いて奥歯を噛んだ。握り締めた拳がギリリと音を立てて血がにじんだ。
「それから……幸せだったんだ。これほどまでにないほど。俺はどんな時よりも満たされていた……。俺はこの町を愛してしまったよ。」
ディアンは震える腕を持ち上げてナナバの頬に手を当てた。雨は強まるばかりで伝う雫がディアンの手を濡らす。
ディアンはまた、泣き虫め。と小さく笑った。
すべてを語り終えたディアンは立ち上がる。いくら休んだとしても傷はふさがらない。
ナナバはこの時ほど自分に魔力が残っていないのを恨んだことはない。今の自分では自らの魔力を消費しない簡素な回復魔法しか使えない。
ようやく決まったか。最初から答えなんてひとつしか用意していないくせに全くもどかしい男だ。
ナナバはキッとしてディアンを見据える。そしてただ一言。
「俺も行く。」
ディアンの傷口へ手をかざすと周囲の魔力を集めて傷口へ注いだ。魔力を乗せずに収束できる魔力量はこの程度。しかし全快までいかなくても傷口はふさがり血は止まった。これで少しは持つだろう。どちらにせよ、絶望的なのは変わりない。今はタダ前へ進めればそれでいい。
「どうしてだ……」
「約束しましたからね、アニキ一人で達成できないクエストを手伝うって。」
この状況下で笑ってみせたナナバにディアンはそれ以上何も言わなかった。
蓄積されたダメージが消えるわけでもなく、失った血にふらつくディアンに肩を貸す。
そうして男たちは森の更に深い場所へと足を進める。
進むほどに雨が強く身を打ち付け、風が皮膚をきざんだ。暗雲に幾度となく雷が走り紫に空を照らし出す。
森の中へ進めば進むほどに魔物の数は減って行く
それでもゼロになるわけじゃあない。息を潜め、気づかないでくれと願いやり過ごす。
そして異変はより明確に姿を見せ始める。
本来であればありえない。しかし魔物は格好の獲物である弱った人間二匹を見つけ、そのまま通り過ぎた。
何かに怯えるように何匹もの魔物が通り過ぎた。
爪の先でも当たれば二人の即座に命を奪えるだろうその魔物達でさえ逃げ出す。
いったい森の奥で何が起きているのか。確かにヒシヒシとプレッシャーを感じて足がすくむ。
何度も逃げ出せと本能が叫び声をあげた。
トータル自身も驚いていた。これほどの力を持つものはこの世でただのひとつしか存在しない。
いったいその姿を見るのはいつぶりになるだろうか。
「怖いなら逃げ出してもいいだぞ、ナナバ。」
「冗談言うなよな、アニキ。このナナバに怖いもんなんてあるわけねぇだろ。」
トータルは思う、力不足だと。
あまりに足りない。足りなすぎる。これでは天と地がひっくり返って月とスッポンが結婚したとしてもままならない。
より一層、雷が強くなった。
雨はもはや礫となって身を打って、風はカマイタチと化して皮膚を削いだ。
クルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥォオオオオオオオオ
空が鳴き声をあげた。
「ドケッッッッ!!!」
ナナバの目の前が突如真っ白に染まり、浮遊感を覚えた。
耳は機能せずに、ピリピリと空気が揺れているのだけが肌で分かった。
ようやく視界がが開けて、ナナバの目に移ったのは焼け焦げたディアンの姿だった。
「アニキっっっっっ!!!」
トータルには、その行動の理由が理解できなかった。
自分の命を擲って人を救うその意味など到底わかりえない。
ふと思い出していた。自らが召喚に応じた理由を。これだけ長く生きた身でそれでも人の全てを知ることができなかったから。
だからこんな寂しい男がどんな一生を送るか見てみたいと思ったのだ。
全く、実に役不足な仕事だった。こんな尻の青いガキのお守りとは。思っていた以上に退屈で、不可解だった。
「龍種……」
ナナバがポツリと零した。
それは確かに終りを示していただろう。
トータルはやはりか。とそう納得するだけだった。
龍種とはこの世界の頂点に君臨する全ての進化の果ての果て。
その形態に型はなく、ただ災害として荒れ狂う。この世の理不尽を収束した存在。
「なぁ、トータル……俺な、最初はお前が憎かったんだ。どうしてお前なんだって、どうして土亀なんだって。」
トータルには理解できなかった。人が人を救う理由を。自らの命を擲ってでも誰かを救いたいと思うその気持ちを。
「妬みや嫉み……それ以外の感情を誰かに向けられるの初めてだったんだ。だから、連れて行ってくれ。きっとアニキはまだ死んでない……だから。頼む……親友。俺にとっては、お前もディアンも失っちゃあいけない友達なんだ。ずっと求めていたものなんだ。」
その声は震えていた。足元の土が濡れていた。それはきっと雨のせいだろう。
お前じゃあ力不足だ。魔力も持たないお前じゃあ龍種に叶うわけも足止めさえできるわけもない。
プツリとトータルとナナバの繋がりが切れるのを感じた。それは召喚術師と召喚獣との契約の終わりを告げていた。
「天才なんかじゃなくていい、貴族なんかじゃなくていい。大切なものを救えないんなら冒険者でさえなくたっていいッ!!! 友を思うただひとりのちっぽけなマヌケであれば十分だ! マヌケのナナバ……それが俺の名前だっ!!!」
ディアンを俺の背に乗せ、ナナバは背中を向けて行けという。
ああ、不可解だ。人間というのは実に不可解だ。
お前では力不足だというのに……。
ああ、だがどうだろうか。
俺は本当に足りているか?
コイツは今、イサーテンとしてではなく、ナナバであることに命を捧げた。
では俺は? 繋がりが絶たれた今、コイツの友として俺は本当に……。
ここで引き下がるようじゃあ、あまりに力不足が過ぎるだろう。
雷に呼応するように、地面が揺れた。地の果てまで響く地響きにひとつの巨大な影が現れた。
天を突いてまだ、収まらずどこまでも山は強大になる。
「島亀……。」
ナナバは無意識にポツリと呟いていた。
かつて、龍種に至った亀がいた。その大きさはとどまる所を知らず、やがて巨大な島となった。
ナナバはふと思い出していた、龍種を呼ばんとしていたあの日を。呼びかけに応えたあの重い声を。
「島が……ひとつ消えたらしい……?」
ギュヴヴヴゥゥゥゥゥゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
星を貫かんとする重く鋭い咆哮が相対する雷龍を飲み込んだ。
音が風となり暗雲をはじき飛ばす。その圧を受けて雷龍はもろともせずに長い尾をはためかせ着物の袖にも似た羽を揺らして風を泳ぎ、島亀へと向かった。
雷の足跡を残し、体の周りに雷を纏いその姿は実に神々しい。島亀の顔ほどもある強大な体を踊るように操りそのまま敵の額を貫かんとして一筋に駆ける。
決着は実にあっけなかった。
ゴキリと音がして、いつもと変わらず島亀は雷龍を丸呑みにした。
空は晴れ、陽の光が燦々と降り注いでいた。
島亀は最後にフンと鼻で息を吐いた。
騒々しい……。
「本当に見たんだって!!! 森の奥に急に山が現れて、雷雲が消え失せたんだよっっっ!!!」
もちろんその言葉を信じるものはおらず、より一層みな笑い声を上げるとそれを肴に勢いづけてジョッキを空にする。
「やいやいやい、マヌケのアドーベン君? とうとうイカれちまって幻が見えるようになったのかい?」
「誰だ今マヌケっつったの! テメェッ、マヌケのナナバじゃねぇか! そうだ! お前森に行ったよな。お前見てたんじゃねぇのか!」
その言葉を受けてナナバはディアンと顔を見合わせ、両手を挙げていんや、何もみなかったととぼけてみせる。
「やっぱり幻覚だよ、マヌケのアドーベン君。」
煽られてアドーベンの顔は見る見る赤く染まった。
「ヤレ! スカッパ!」
背中から飛び出したスカイオクトパスの口は既に射撃体勢に入っている。しかし大量に溢れ出た墨はナナバに届かない。
「ブワッハハハハハハ! マヌケめぇっ! 俺がそう何度も同じ手に引っかかるような男だと思ったか!」
顔にお盆を当てて防ぐと跳ね返った墨がアドーベンを黒く染め上げた。それを見て満足そうにするとナナバは腕を腰に当て、胸を大きく沿って俺に立ち向かおうなど百年早いわなどとほざく。
まったく……まったくだ……。
「ああ! 思ったね!」
ブシュ
顔からお盆のガードが外れたのを見て第二射が飛んだ。ギルドの真ん中で二人の黒ずくめが出来上がった。
ブワッハハハハハハハハハハハハハ!
ギルド中の荒くれ者どもが声を上げ、その中心に位置する二人は肩を組み同時にジョッキを呷った。
「お前も大変だな。ホレ。」
トータルはディアンが投げてよこす肉を骨ごと噛み砕いて飲み込んで鼻を鳴らす。
まったく、俺があんなケツの青いガキのお守りとは役不足が過ぎるだろう。
だが……まぁ、退屈はしない。
ギルドの灯りが消えることはなく、いつもと同じように夜は更けていった。
マヌケのナナバで始まってマヌケのナナバで終わりました。
この話のキャラみんな大好きです……。ナナバもトータルもかっこええ……。
そんなこんなで土亀(島亀)編はひとまず終了!
閑話をはさんで次に行きます!どうぞよしなに!