デスぺラードその四 『赤鬼』と呼ばれた、少女趣味なマッチョ②
………
……
千鬼城の港――
そこにあるのは、物資を保管できる蔵、売り買いする問屋、それに3隻の大きな船、そして船乗りや商人たちだ。
それら全てを、俺は心をこめて作った。
だからここに存在するあらゆるものが、俺にとっては『我が子』も同然なんだ。
だが、港に着いた直後、目に飛び込んできたのは信じられない光景だった……。
「それそれっ! 早くこんなもの壊してしまえ! がはははっ!」
――ドカンッ! ドカンッ!
銅鑼のような大きな声が響き渡る。
そのたびに破壊音が炸裂し、足元まで木くずが飛び散ってくる。
数人の男が巨大な槌で叩き壊しているもの……。
それは……。
俺が作った『船』であった――
「やめろ……。やめてくれ……」
俺は唖然としながら、あまりの衝撃に力ない声を出すより他なかった。
しかし、港の先端に仁王立ちして破壊の音頭をとる大男の耳には届かない。
「がはははっ! どんどんやれ! ぶっ壊すんだ!」
――おおっ!
男の号令に、周囲の野郎どもが威勢よく返事をする。
間違いない……!
あの大男が、『赤鬼』だ。
年齢は40くらいだろか。
四角い顔は無精ひげで埋まり、巨大な筋肉の塊のような体つき。
ところどころに穴のあいた赤い羽織りを着ている。
まさに『赤鬼』の異名に劣らない風貌であった。
彼の声とともに、魂をこめて作った船が次々と破壊されていく
身を切るような痛みに、自然と涙がこぼれ落ちていった。
……と、その時だった。
俺の横を一陣の風がよぎったかと思うと、甲高い声が天を貫いたのだ。
「てめえ!! 何してやがる!! 早くやめねえと、叩き斬るぞ!!」
摩央ねえだった。
彼女はためらうことなく赤鬼の前にひらりと立ちはだかる。
そして流れるような動作で、手にしていた薙刀を彼の分厚い胸板に向かって突き出したのだった。
しかし彼は一切たじろぐ様子を見せない。
それどころか口元を緩めたのだ。
「がはははっ! ずいぶんと元気のいい姉ちゃんじゃねえか」
すぐさま赤鬼の取り巻きたちが、大きな槌や粗野な刀を手に彼の前に立つ。
一方の摩央ねえの周囲には、七人の近衛兵たちが刀を構えていた。
一触即発の緊張が走る――
そんな中、一人余裕の笑みを浮かべ続けている赤鬼が、俺の方へ視線を向けた。
そして険しい顔つきとなって大声を上げたのだった。
「おめえがここの城主かあ!?」
失望と恐怖に言葉を失っていた俺は、コクリとうなずくことしかできない。
赤鬼は鋭い眼光のまま、強い口調で続けた。
「領民が汗水垂らして稼いだ金で、こんなクソみてえな船作りやがって! 恥を知れ! 小僧が!!」
クソみたいな船、だと……。
俺が全身全霊をかけてつくったものが……?
――スラリ……。
無意識のうちに、腰にさした刀を引きぬく。
その直後、自分でも信じられないほどの強烈な声をあげていた。
「ふざけるなあああああ!! 俺の『夢』を侮辱しやがって!! 許さんぞ!!」
だが赤鬼は俺の剣幕にたじろぐことなく、苦虫をつぶしたような顔で俺を睨みつけている。
むしろ目の前の摩央ねえと近衛兵たちの方がびっくりしたようで、俺の方を見て大きな口を開けていた。
「ちょっとそこをどきな」
あっけに取られている摩央ねえたちをかき分けて、赤鬼がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
そして俺から二歩離れた場所で立ち止まると、静かに言った。
「やめとけ、小僧。おめえが刀すらまともに持てない素人なのは、構えを見れば俺でも分かる」
「う、うるせえ!! 素人だからってバカにするな!!」
「バカにしてるのはおめえの方だろうが!! この素人が!!」
赤鬼の口から爆発したような声が俺の耳をつんざいた。
一歩、二歩と思わず後ずさる。
その時だった……。
――ガッ!
赤鬼が俺の胸ぐらを掴んで、ぐいっと顔を近付けてきたのだ。
「やめろ!!」
ようやく我に返った摩央ねえと、近衛兵たちが赤鬼の背中に刃を向ける。
「周りはすっこんでろ!! 小僧と話してるだからよお!」
びりびりと空気を震わせる赤鬼の声に、摩央ねえたちの動きが止まった。
そして赤鬼は、俺のひたいに自分のひたいをくっつけてきた。
鬼の顔で視界が埋まる。
だが俺だって引くわけにはいかない。
我が子のように大切に作り上げた船が、断りもなく破壊されていたのだから。
ひたいとひたいがゴツンと鈍い音をたてたところで、彼は低い声をあげた。
ところが、それは意外なものだった――
「湖の素人が、遊び半分で船なんて作ってんじゃねえよ」
「えっ……?」
一瞬、何を言われたのか理解できず、素っ頓狂な声が漏れる。
すると赤鬼はゆっくりとした口調で続けたのだった。
「大海と淡湖とでは、船の作りが全然ちげーんだ。てめえが作った船は大海を走るもの。あんなのをここで走らせてみろ。たちまち船乗りともども湖の底に沈んじまうぞ」
………
……
丸子船――
それは、琵琶湖を航行するために作られた船の種類のことを指す。
そもそも湖と海では波のうねりが異なる。
また海に比べれば水深が浅いところが多い。
そのため、遥か古代より戦国時代に至るまで、船の形状が独特な進化を遂げていったというから驚きだ。
そこまで赤鬼から聞いたところで、俺たちは近くの蔵へ場所を移すことにした。
ここだと船の解体作業の邪魔になるからだそうだ。
つまり船の破壊を止める気はさらさらないらしい。
だが、船が琵琶湖を航行できないと知った今、彼らを止めるつもりはない。
模型を作った後で、何らかの理由でジオラマから撤去するなんてことはよくあること。
いちいち心を痛めていては、いつまでたってもジオラマが完成しないからな。
さっきは理由が分からなかったから心を乱してしまったが、今はむしろ彼らに感謝している。
あんなに大きな船を無償で解体してくれているのだから。
そこで俺は蔵に向かう途中で赤鬼に頭を下げた。
「さきほどは、無礼な真似をしてすまなかった。そして、船を壊してくれてありがとう」
赤鬼はもちろんのこと、摩央ねえや近衛兵、そして赤鬼の護衛も含め、全員が目を丸くして俺を見てくる。
そして赤鬼が俺の背中をバンバンと叩きながら、大笑いをした。
「がはははっ! こいつはおもしれえお殿様だ!」
「むむっ? 何がそんなにおかしいんだ?」
「がはは! 城主ってのは、偉そうにふんぞり返っている奴らばかりだと思っていたからよー! 俺みてえなどこの馬の骨とも分からん男に、素直に頭を下げてくる奴なんて、天下のどこを見回してもおめえくらいしかいねえんじゃねえか! がはは!」
「そうか? そういうものなのか??」
「がはは! 俺はおめえのことが気に入ったぞ! がはは!」
出会った時と比べると、てのひらを返したかのように上機嫌な赤鬼。
俺は彼から目を離すと、ちらりと摩央ねえを見た。
俺の視線に気付いた彼女は大きなため息をついている。
どうやら先ほど俺が赤鬼に頭を下げたのが信じられなかったようだな。
でも仕方ないだろ。
城主になったのは今日が初めてなんだから……。
城主としての振舞いや常識なんて、まったく知らないんだ。
それに俺が小さい頃。摩央ねえは言ってたじゃないか。
――悪いことしたら素直にあやまらなきゃダメ! お姉ちゃんも一緒にあやまってあげるから!
さらにこんなことも言っていた。
――素直にあやまれない人よりも、ちゃんとあやまれる人の方が、お姉ちゃんは好きだ!
今でもこの言いつけを守ってるだけなのにな。
……って、べ、別に摩央ねえに好かれたいから、って理由じゃないぞ!
ただ、俺も彼女の言葉の通りだと思ってる。
だから、摩央ねえが呆れた顔を向けているのか理解できない。
複雑な気持ちで摩央ねえから視線をそらすと、目の前に迫ってきた蔵の扉へと顔を向けた。
白い漆喰の壁に、屋根は黒の瓦。
どこの街にもありそうな大きな蔵だが、まさか『あんなこと』になっていようとは……。
この時の俺は予想だにしなかったのだった――