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デスぺラードその四 『赤鬼』と呼ばれた、少女趣味なマッチョ①

◇◇


 茶々と織田長益はこの城で一夜を明かすことが決まったが、彼らがたった二人でここまでやってきた訳ではない。

 

 護衛の兵や、見回りの世話をする侍女や小姓など、総勢20人以上のお供がいるらしいではないか。

 となると、彼らの寝泊まりする準備も急がねばならないな。

 

 

「どこかに織田家の人々が快適に過ごせる場所はないだろうか……」



 どうしようかと悩み始めたところで、足元から快活な声が聞こえてきた。

 


「申し上げます! わたくしに一つ考えがございますが、よろしいでしょうか!?」



 声の方へ視線を向けると、見た目からして聡明そうな少年が姿勢良くひざまずいている。

 彼の健気な様子を見て、思わず顔がほころんでしまった。

 

 彼もまた俺が作った人物の一人で、名は『伊予丸いよまる』という。

 中性的な顔立ちは、一見すると美少女にも間違えられてもおかしくないが、れっきとした男性で、年齢は13歳。

 

 常にせっせと俺の世話をしてくれる小姓という『設定』となっているのだ。

 

 丹精込めて作った模型が、こうして話しかけてくれていると考えるだけで、じんと熱いものが込み上げてくる。

 俺は努めて優しい口調で答えた。

 

 

「うむ。伊予丸の考えを聞かせてくれ」


「はっ! ありがたき幸せ! では、申し上げます」


「うむ」


「茶々様のお供の方々におかれましては、三の丸の侍屋敷で寝泊まりしていただくのはいかがでしょうか!?」



 三の丸とは、城門から本丸に続く道の途中に建てられた城郭の一つだ。

 

 千鬼城の三の丸の周辺には、『武家屋敷』と呼ばれる城主の家臣たちが暮らす屋敷が並んでいる。

 そして『侍屋敷』を『武家屋敷』の外側に建てた。

 ちなみに『侍屋敷』とは、家臣たちよりも身分の低い兵士たちが住む屋敷のことである。

 

 普段から城の警備に従事している兵士たちは『侍屋敷』で暮らしている。

 しかし、そうでない兵士……つまり平時は農業に従事し、敵に攻め込まれた際だけ武装する者たちは、城下町や田畑の近くに住んでいるのだ。

 

 ちなみに戦国時代では、そうした『兼業の兵士』の数の方が圧倒的に多かったらしい。

 

 だから千鬼城の侍屋敷の多くは空き家となっているのだが、決して無駄に作ったわけではない。

 なぜなら千鬼城が敵に攻め込まれた時に、農具から武器に持ち替えた兵士たちが過ごすことになるからだ。

 

 つまり、「万が一のための備え」というわけである。


 伊予丸いわく、清掃も行き届いていることから、お供の人々に使ってもらう分には失礼にあたらないはずだ、とのこと。

 俺は即座に彼の意見を取り入れることにした。

 

「良い考えだ! よし、では早速準備してくれ!」

 

「御意!」


 自分の意見が受け入れられたことがよほど嬉しかったのだろうか。

 伊予丸は兎のように飛び跳ねると、満面の笑みでその場を立ち去っていった。

 

 その姿がなんとも言えずに愛らしいじゃないか。

 自然と体がムズムズするのを抑えられなかった。

 

 

「なんだろう……? この胸のときめきは……」


 

 ちなみに、この頃の戦国大名たちの中には、『衆道しゅどう』と呼ばれる、少年を『夜のお相手』にしていた者もいたらしい。

 その事実を初めて聞いた時は、「げっ!」という反応をしたのを鮮明に覚えている。

 

 いや、普通の男子高校生ならば、『正常』な反応であるのは間違いない。

 

 しかし今、廊下をかけていく可愛らしい伊予丸の背中を眺めていると、何かに目覚めてしまいそうな自分がいるのを否めなかった。

 

「なるほど……。そういうことだったのか。分かる気がするなあ」


 しみじみとそうつぶやく。

 

 ……と、その時、背中からぼそりと声が聞こえてきた。

 

 

「……教示。護、何が分かったのか教えて」


「のあっ!!」



 思わず飛び退くと、そこには桃色の着物に身を包んだ結菜の姿があった。

 いつもどおりに眠たげな目で、俺をじっと見つめている。

 

 俺は慌てて手を横に振った。

 

 

「な、なんでもないから! 別に変なことなんて何も考えてないから!」


「……赤面。護、顔が真っ赤。怪しい」


「きゅ、急に背後から声をかけられてびっくりしちゃっただけだ! と、ところで何か用事があるのか?」


 

 結菜は「ふぅ」と大きく息をすると、珍しく眉をひそめた。

 

 

「……困窮。護、困ったことになった。助けて」



 彼女の言葉が耳に入った瞬間に、鋭い緊張が体中を駆け巡る。

 自然と背筋がピンと伸び、口調が強くなった。

 


「いったいどうした?」



 すると結菜は両手を胸の前で合わせ、ぐいっと顔を突き出して答えたのだった。

 


「……不可能! このままだと茶々様をおもてなしする食事が作れない!」



………

……

 

 茶々と織田長益の二人は、ここに来た理由はどうであれ、天下に名を轟かせている織田家からの客だ。

 城尾家にとっては賓客ひんかくであり、相応のもてなしをせねば無礼にあたる。

 

 しかし……。

 

――茶々殿は昼過ぎには城を出るから饗応きょうおうの支度は必要ない。


 と、昨日までの『城尾 護』は告げていたようなのだ。


 来る前から周囲にそう漏らしていたあたりからして、城尾家にとって茶々は『厄介者』だったのだろう。

 俺の方から呼び寄せたと、摩央ねえは言っていたが、恐らくそれは『建前たてまえ』だ。


 城尾家の『本音』としては、織田家の『厄介者』である茶々のわがままを受け入れることで、織田家に対して恩を売るつもりだったに違いない。


 そのとおりであれば、茶々は織田家からも城尾家からも『厄介者』とみなされていたんだろうな。


 もしかしたら彼女自身、幼いながらも周囲からの冷たい視線を感じ取っていたのかもしれない。

 だから、わらをも掴む思いで、俺の夢の中に現れて、助けを求めてきたのではないか……。


 ふと彼女の無垢な笑顔がよぎる。

 ぎゅっと胸を締め付けられるような思いにかられた。


 しかし、彼女にとっての本当の試練は、まだ始まったばかり。

 きっと明日の朝になれば、彼女はさらに心を砕かれるような光景を目にすることだろう……。


 だから俺が助けてやるんだ。

 この世も悪いことばかりじゃねえって思ってもらえるように――

 

 決意を新たにして拳を固めた俺。

 そんな俺を見て結菜が小首をかしげた。


「……熱意。護、いつになくやる気を感じる。どうして?」


「え、あっ……。いや、なんでもないって!」


 結菜の言葉で我に返った俺は、再び今夜の饗応の問題について頭を巡らせた。


 

「つい先ほどまで『饗応はしない』としていた俺が、急に彼らを引きとめてしまったのだから、城内が大慌てになったということだな?」


 結菜はコクリとうなずいた。

 それでも彼女らが宿泊する部屋は、二の丸御殿内で用意ができたため問題ないと、彼女は答えた。

 

 しかし『食材』が不足しており、食事の準備がままならないとのこと。

 というのも、饗応には日数をかけて食材を準備するものなんだそうだ。

 

――城下町で買い揃えればいいだろう?

 

 ……と、思われるだろうが、そうもいかない。

 前に俺がいた時代と違って、欲しいものをすぐに手に入ることはできないのである。

 


「食材かあ……。うーむ」



 と、考え込んでいるうちに、ピンっと一つの考えが思い浮かんだ。

 

 

「千鬼城には『港』と『船』があるじゃないか!」



 琵琶湖は古来から水運が非常に発達していたのは有名な話だ。

 

 湖にも関わらず、それらの物資を積み下ろしするための『港』が存在したと初めて聞かされた時は、本当にびっくりしたものだ。

 さらに驚くべきことに、その数は大小合わせて100以上もあったそうだ。


 中でも、特に巨大な港だったのは『塩津しおつ』と『大津おおつ』。

 

 湖北の『塩津』で北陸からの物資を集め、湖南の『大津』に送り、そこからは陸を通じて京や大坂へと運んでいた。


 ただし、一部の船は小さな港にも物資を運んでいたようだ。

 そこで、俺は千鬼城にも港と船を作っておいたのだ。

 

 その港へ行けば、千鬼城の船で運んできた北陸の名産品や魚を分けてくれるはず!

 われながらナイスアイデアだ!

 

 俺は小さくガッツポーズすると、早速行動に移した。

 

 

「港へ行ってくる! 今ならまだ人もいるだろ!」


 

 しかし一歩踏み出したところで、結菜にくいっと袖をひっぱられた。

 

 目を丸くして彼女の方を見ると、彼女は明らかに落胆した顔つきでうつむいている。

 そして暗い声で告げてきた。

 


「……無理。あそこには『赤鬼あかおに』がいるから……」


「赤鬼?」



 そんな『設定』の模型を作った覚えはないぞ。

 ……となると、実在する人物ということか?

 

 俺が頭をひねらせているうちに、結菜の胸を締め付けられるような声が響いてきたのだった。

 


「……占拠。港は『赤鬼』に乗っ取られてる。だから千鬼城の船が出せない!」



………

……



 結菜と別れ、二の丸御殿を出た俺は港へ向かうことにした。


 もちろん目的は『食材の確保』だ。

 その為には『赤鬼』と対面しなくてはならないだろう。


 『赤鬼』と呼ばれているくらいだ。

 世にも恐ろしい奴で、急に襲いかかってくるかもしれない。


 そこで俺は七人の『近衛兵』を連れていくことにした。

 彼らはいずれも剣の腕のたつ俺の護衛という設定になっているのだ。

 

 そして薙刀の達人である摩央ねえにも同行を頼みにいった。

 

――鬼をもって鬼を制する。


 こう考えたわけだが、正直言って、きっぱりと断られると思っていた。

 しかし……。

 

――そういうことなら、姉ちゃんに任せなさい! 護が危なくなったら、私が守ってあげるから!


 と、二つ返事で了承してくれたのだから驚きだ。

 

 普段からものぐさで、めったに外に出たがらない摩央ねえ。

 こうもすんなりとついてきてくれるなんて、とてもじゃないが信じられん。

 

 もしかしたらこっちの世界の彼女は、性格が180度違うのだろうか。

 

 しかしどこかで彼女のことを信じられない自分がいる。

 小さな頃から彼女にさんざんいじられ続けたことがトラウマになっているからだ。

 

――人からの好意を素直に受け入れられないような、ひねくれ者になったらいかんぞ。


 幼い頃、飴をくれた近所のじいちゃんからそう聞かされたことがあったけ。

 俺はその言葉を自分に言い聞かせて、摩央ねえに頭を下げた。

 

 しかし、まさかそれが『罠』の始まりだったなんて。

 この時の俺は思いつきもしなかったんだ――

 

………

……

 

 二の丸御殿から港までは、大人の足ならそう時間はかからない。

 二の丸の城門をくぐり、港へとつながる城下町に出れば、そのすぐ先が港だからだ。

 

 すんなりと赤鬼の件が片付けば、きっと食事の準備に間に合うはずだが……。

 はたして『すんなりと』いくだろうか……。

 

 活気ある城下町の人々とは対照的に、どこか気が晴れない俺。

 そんな俺に対して、隣の摩央ねえが声をかけてきた。

 

 

「当主である護がわざわざ危険をおかしてまで行く必要もないだろうに……。こういうのは私たちに任せておけばいいのだぞ」

 

 

 摩央ねえのいつになく優しい言葉が胸にしみる。

 やっぱりこの時代の彼女は、『魔王』なんかじゃなくて、『女神』なのかもしれないな。


 だが、その優しさに甘えちゃだめだ。

 俺は首を横に振ると、強い決意を口にしたのだった。

 


「城内のみんなが困っているんだ! 当主である俺が行かないでどうするんだよ!」



 俺たち二人の後ろからついてきている近衛兵たちから「おおっ!」という感嘆の声があがる。

 

 しかし……。

 その摩央ねえは、ジト目で俺を見つめているではないか。

 まるで俺の胸の内を見透かしているかのようで、すごく気持ち悪い。

 

 俺は野次るような鋭い口調で問いかけた。

 

 

「な、なんだよ? その目は」


「いや、護くんもすっかり大人になっちゃったなぁ、とお姉さんは感慨深くなっちゃってねえ」


「はあ? 意味分かんねーし」


「ふっ……。護くんも『本音』と『建前』を使い分けられるようになって、お姉さん嬉しいような、悲しいような、複雑な心境だわ」



 摩央ねえが鼻で笑う。

 俺はイラッとして、口を尖らせた。

 


「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ! あんまり溜めこみ過ぎるとおでこのしわが増えるぜ」


「あらー、言ってくれるじゃない。なら言うけど、さっきのは『建前』でしょ?」


「はあ? だったら『本音』はなんだって言うんだよ!?」



 摩央ねえが、ニタリを口角を上げる。

 その瞬間、俺の脳裏に危険を報せる声が響いてきた。

 

――これは『復讐』だ! 昼間の織田長益との会見で、俺の挑発に引っ掛かったことに対する復讐をしようとしている!

 

 しかし気付いた時にはもう遅かった。

 摩央ねえは、「ごほんっ」と咳払いをすると、街中に響くような大声を出し始めたのだった。

 

 

「『結菜! 俺に全部任せておけ! 当主の俺が『赤鬼』を退治してくるから!』」


「ちょっ! やめろって!」



 それは『赤鬼』のことを聞いた俺が、結菜に言ったセリフだ。

 

 摩央ねえの奴め……。

 どこかに隠れて盗み聞きしてたんだな……。

 

 

「『……危険。護が心配。行かないで』」


「あー! あー! あー!」



 摩央ねえの暴走は止まらない。

 俺はせめて彼女の声をかきけそうと叫び声をあげるが、彼女の高い声は人々の注目を集めていた。

 

 

「『心配してくれてありがとう、結菜。でも、これは俺のすべき仕事だから』『……禁物。護、無茶だけはしないで』」


「もうやめてくれー!!」


「『ああ、分かってるって! きっと結菜に喜んでもらえるように頑張ってくる!』……これが『本音』でしょ? なっははは! 純愛って素敵ねー! お姉さん、憧れちゃうわー!」



 ちらりと背を振りかえると、近衛兵たちだけでなく街の人々まで顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。

 

 

「ぐすっ……。ちくしょう。覚えておけよー! うわああああ!!」



 俺はたまらなくなってその場から走り出した。

 


「なっははは! 私が護のこと忘れるわけないでしょう! なっははは!」



 という魔王の高笑いを耳にしながら……。



 だが俺は知らなかったのだ。

 目の前に迫ってきた港で、傷ついた俺の心を粉々に砕く光景が待っているなんて――



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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

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