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デスペラードその三 兄が『魔王』の、ロリコンをこじらせたイケメン青年②

………

……


 城の御殿は三つ区域に分かれているのが一般的であり、千鬼城の二の丸御殿もそれにならっている。

 

 『表向おもてむき』『中奥なかおく』『裏向うらむき』。

 

 『表向』は簡単に言えば政庁と来賓室だ。家臣たちと共に「評定」と呼ばれる会議を行ったり、訪問客をもてなす。

 『中奥』は城主の執務室。城主が入って様々な書類に目を通したり、書状を書いたりする。

 そして、『裏向』は城主とその家族が生活をする場所のことだ。

 

 岐阜からやってきた茶々と付き添いの織田長益おだながますの二人とは、『表向』にある大広間で会見を始めた。


 しかし、その会見の途中で茶々が大泣きを始めてしまったのは先の通りだ。


 そこで、なかなか泣きやまない彼女を、結菜と摩央ねえの二人が『裏向』に連れていき、落ち着くまで様子を見てくれることになったのである。

 

 

 一方、部屋に残った俺と織田長益は、引き続き「茶々をこの城にとどめるべきか」について協議を再開した。

 だが、そこでひどい勘違いをしていたことに気付くことになろうとは思いもよらなかった。

 

 というのも、目の前にいるイケメン青年は、単にロリコンをこじらせた人ではない。

 一歩幼女から離れれば、英傑、織田信長の弟にふさわしく、頭の切れる好人物だったのである。


 どうやら茶々は、彼にとっては惑わす存在であったようだ。

 彼女がいなくなったことで、口調も目つきも大きく変わり、油断すれば吸い込まれてしまいそうな弁舌さわやかな士へと大変貌を遂げたのだから驚きだ。


 後に豊臣家や徳川家でも重用された重鎮となっていくのも、素直にうなずける。

 もし重度のロリコンでなければ、若いうちから活躍していたのではないかと思うと、なんだかもったいない気もしてきた。

 

 そんな風に思いながら、まじまじと彼を見つめていると、彼はいぶかしい顔つきで口を開いたのだった。

 

 

「城尾殿。なんだか侮辱されたような気持ちになってしまったのですが、勘違いでしょうか?」


「ややっ! 気のせいだ! ささ、先を続けておくれ!」



 慌てて首を横に振って、話の再開を促す。

 すると彼は理路整然と説いてきたのだ。


 茶々が岐阜へ戻ることの利と、千鬼城に残った場合の不利を――

 

 

 千鬼城があるのは、俺が設定した通り、琵琶湖の西側だ。

 

 つまり東は広大な湖。

 北は越前国。

 西は険しい山々に囲われて、その先に丹波国たんばのくに

 そして南は京へつながる道となる。

 

 北陸と京を結ぶ、かなり重要な位置にあると言えよう。

 当然、織田信長は俺の動向に警戒し、俺を封じ込める手を次々と打っていった。

 

 北の越前国と、西の丹波国の支配を固め、すぐ南には坂本城を築き、腹心の明智あけち 光秀みつひでを城主として入れた。

 

 さらに琵琶湖を挟んだ向こう東側も、睨みつけるように長浜城を建てて、そこには新進気鋭の士、羽柴はしば 秀吉ひでよし(後の豊臣秀吉)を入れたそうだ。

 

挿絵(By みてみん)


 つまり千鬼城は四方を完全に囲まれ、孤立無援の状況ということになる。

 だが織田信長が強行に攻めよせてこないのは、彼いわく、俺以前の『城尾しろお) まもる)』が、織田家に対して恭順の態度を示していたからという。

 

 まあ、逆らう敵を容赦なく殲滅していく様子を近くで見ていれば、そうなるのは当然だろうな。

 以前の城尾 護も、決してヘタレではないと、俺自身が心の中で擁護しておこう。

 

 そして織田長益は、もしこのまま大人しく茶々を岐阜へ帰したならば、引き続き千鬼城と織田家の関係は良好なものとなるだろうとする一方で、茶々をここに残したならば、織田家との絶交を意味すると、主張してきたのだ。

 

 

 そこまで話を聞いたところで、俺は首をひねった。

 


「むむぅ……。そこがよく分からないんだよなぁ……」


「これはかたじけない。それがしの話の、どのあたりが分かりづらかったでしょうか?」



 織田長益は自分の語り口が悪かったのではないかと、心配そうな顔をした。

 俺は手を振って「それは誤解だ」と弁解した後、ひっかかっているところを話した。

 

 

「恭順の態度をしめしているとはいえ、しょせんは『他家たけ』なんだろ? そんなところへ見物しに行くのを普通は許さないと思うんだ」


「それは、兄上が城尾殿を信頼している証でございましょう」


「本当かなぁ……。どうにも『甘い罠』のように思えてならないんだよなぁ……」


「甘い罠? ま、ま、まさか! 城尾殿が茶々殿に対して卑猥ひわいなことをすることを見越していたということですか!? 確かに茶々殿には、世の男を魅了には十分に麗しゅうございます! しかし、なりませんぞ! それだけはなりませんぞ! ハァハァ……」



 前言撤回。

 やはりこのイケメンは単なる変態だ。

 俺は彼の反応を無視するように続けた。

 

 

「それになぜ茶々だけなんだ? 彼女には母もいれば、妹も二人いるはずだ。見物にくるなら、付き添いがいるとはいえ、1人で寄越すのはおかしいだろ」


「ふむ……。そう言われてみれば……」



 織田長益にもようやく俺のひっかかりが伝わったようだ。

 そこで俺は一つ疑問を投げかけた。

 

 

「ところで岐阜での茶々の様子はどうだったんだい?」


「どう……とは?」


「うーん、たとえば、父の死をひどく哀しんでいたり、伯父である織田信長殿の文句を言ったりしていなかったかい?」



 俺がそう問いかけると、織田長益の目が大きく見開かれた。

 

 

「なぜそのことを城尾殿が御存じなのであろうか……?」


「やはりそうか……」


「ええ……。それはもう見ているこちらが痛ましくてならないほどでございました。御父上の長政殿に随分となつかれていたのでしょうな」


「……つまり、織田家の人々の心を乱しかねない危険な人物であったということだな?」



――ダアァァァン!!


 そう俺がつぶやいた瞬間に、織田長益が足を踏み鳴らして立ち上がった。

 そしてくわっと目を見開いて叫ぶ。

 

「いかに城尾殿と言えども、茶々殿を侮辱することは許さぬ!!」


 腰に刀を差していたなら即座に斬りかかってきたかもしれない。

 それくらいに強い殺気が感じられる。

 近くに控えていたじいが、青い顔をしてこちらに駆け寄ったのも当然だ。

 しかし俺はじいを手で制して、織田長益に告げた。

 

 

「別に茶々を侮辱してなんかいないさ。むしろ、彼女のことを痛ましく感じているのは、長益殿と一緒だ」



 俺の淡々とした口調で、彼の頭に昇っていた血はすっと下りたようだ。

 彼はすとんと腰を落とすと、怪訝そうな顔で問いかけてきた。

 

 

「では先ほどの物言いはどういう意味であろうか?」


「そのままの意味だよ。織田家にとっては『厄介者』だったんじゃないかってことだ」


「茶々殿が当家にとって『厄介者』と……」


「ああ、その通りだ。その『厄介者』を、『手に入れたいもの』のために利用したとしたら……?」



 さぁっと織田長益の顔が青ざめていく。

 どうやら俺が言いたいことの全てが正しく理解できたようだ。

 俺はたたみかけるように続けた。

 

 

「岐阜を抜けたがっていた茶々を千鬼城に送る。当然、茶々は千鬼城を離れたがらないのは火を見るより明らかだ」


「もしそのまま千鬼城に茶々殿がとどまったなら、兄上にとって千鬼城へ攻めかかる絶好の大義名分となる……」


「ああ、その通り。そして残念ながら、茶々ごとこの城を燃やしてしまおうって魂胆かもしれないな」


「利用できるものを利用したら、あとは用済み……と」



 織田長益の口から言葉が失われる。

 

 それもそのはずだろう……。

 

 もし今のやりとりが事実だとしたら、彼の兄、織田信長は彼の想像以上にしたたかで残忍な男ということになるのだから……。

 

 そして俺は締めくくりとして、一つ彼に提案したのだった。

 

 

「せめて1日だけでも茶々殿の願いを叶えてあげてくれないだろうか」


「1日だけ、でございますか……?」


「ああ、今宵は長益殿も一緒にこの城でゆっくりしていってください」


「それはなぜでしょう?」


「……明日になれば、すべて分かる……ということだ」



 それ以上は何も言わなかった。

 だが織田長益も、俺の真意を分かっていたのだろう。

 彼もまた無言で、大きく一つうなずいた。



 そしてこれが、兄が『魔王』の、ロリコンをこじらせたイケメン青年、織田長益との出会いであった。


 しかし彼のことを『デスぺラード』とは、まだ言えない。

 なぜなら彼は絶望などしていないのだから。


 しかし、彼が『デスぺラード』になる時はそう遠くない未来のはずだ。

 その予想は見事に的中することになるのだった――



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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

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