デスぺラードその二 かたくておっきいのをこよなく愛する幼女①
◇◇
気を失っている間、俺は夢を見ていた。
正確には「見ていた」というよりは、「聞いていた」とすべきだな。
なぜなら幼女特有のこもった高い声しか聞こえなかったのだから。
――助けてょ! わらわを助けてよぉ! おじちゃぁん!!
おい、こらっ!
17歳の青春真っただ中な少年に向かって、「おじちゃぁん」とは何事だ!
……とつっこもうにも、こちらから声は出せないようだ。
すると幼女の悲痛な叫び声は続いた。
――わらわはおじちゃぁんの、かたくておっきなのがだいしゅきなの! ぽっ。
こらこらっ! 何が「ぽっ」だ!
あんたがいくつかは知らんが、幼女が口にするセリフではないだろ!
そ、そ、それに俺はロリコンなんかじゃないんだからな!
決してロリコンなんかじゃ……。
――ふふふ、まんざらでもないみたい。おねがぁい! おじちゃぁんのかたくておっきなので、わらわを助けてぇ!
「だから俺はロリコンじゃねえ!!」
――ガバッ!!
俺はそう叫びながら勢い良く目を覚ました。
見慣れた光景からして、ベッドに寝かされていたようだ。
「はぁはぁはぁ……」
悪夢にうなされたせいか息が荒い。
今何時なんだろう?
部屋の中は真っ暗だから、相当夜遅いとは思うが……。
ひとまずスマホを手にしようと、ベッドから右手を伸ばした。
その先には勉強机。その方を見なくても自分の部屋の配置くらい、体が勝手に覚えているものだ。
だが……。
――むにゅ!
あれ? 机の上にこんな柔らかくてものなんて置いてあったけか?
――むにゅ、むにゅ!
何度揉んでも何か分からない。
……が、異常に気持ちが良い。
部屋は真っ暗だが、目を向ければ何か分かるかもしれん。
俺はくるっと机の方へ視線を移した。
その瞬間……。
俺は『死』を覚悟した――
暗がりの中、紅く光った目だけが浮き上がり、青い炎のオーラで包まれた『魔王』がいたのだから……。
「てめえがロリコンじゃねえのはよぉく分かったぜ。このド変態シスコン野郎め」
右手がわしづかみにしている大きくて柔らかいものから、そっと手を離す。
そしてそのまま横になると、静かに布団にくるまった。
うん、俺は何も見てないし、何も触っちゃいない。
そうそう! これは夢だ!
俺はまだ悪夢の中にいるんだ。
でも、最後に一つだけ勘違いだけは正しておこう。
「摩央ねえ。シスコンってのは、姉ちゃんや妹を好きになっちゃった人のことを言うんだぜ。従姉弟の場合は違うから」
――シーン……。
しばらく続く沈黙。だが何もされる気配はない。
どうやら本当に夢だったのかもしれない。
ならば、このまま寝てしまおう。そしたら嫌なことを全部忘れられるはずさ。
そう思って目をつむった直後だった。
「言い残すことはそれだけか……?」
おぞましい声が背中から聞こえてきた。
俺は恐怖に震えながら、素直に答えた。
「……じゃあ、もう寝るから」
しかし、それは地獄の扉を開けてしまったことを意味していたのだった――
「そうか……。なら眠りにつくがいい。『永遠』のな!」
その数分後、俺の意識は飛んでいった。
最後に覚えているのは、摩央ねえの言葉。
――結菜ちゃん。ついさっきまでずっと側にいたんだぜ。明日ちゃんとお礼言っとけよ。
結菜の心配そうに俺を見つめる顔が頭に浮かぶ。
明日、ちゃんと礼を言おう。
俺の青春は、不本意な形で終わってしまったけど、結菜とはこれからも一緒にジオラマを作りたいし。
だからお礼を言ったら、もう一つ。
肝心なことを告げるんだ。
そう心に決めたところで、俺は眠りについた。
永遠の眠りに――
いや、俺だって摩央ねえの軽いジョークだって分かっていたさ。
まさかおっぱいを揉まれたくらいで、従姉弟の命を奪ってしまうなんて、さすがの摩央ねえでもそこまで非道じゃないはずだ。
しかし……。
俺の眠りは覚めることはなかった。
いや、正確には戻れなくなってしまったのだ……。
『現実世界』に――
………
……
――うふふ。おじちゃぁん! やっぱり来てくれたぁ!
眠りについたとたん、再び聞こえてくる幼女の甘ったるい声。
どうせまた声だけなんだろ?
……と、夢の世界で目を開けると、そこにはくりっとした大きな瞳の幼女の姿が飛び込んできた。
「うわっ!!」
あまりの近さに飛びのく。どうやら今度はちゃんと体もあるようだ。
――そんなに怖がらないでょ。おじちゃぁん。せっかくお友達になったんだから!
朱色の着物を着た可愛らしい幼女は、ニコニコしながら俺に近寄ってくる。
七五三の帰りなのか?
その割には着物姿にあまり違和感を感じない。
まるで毎日着ているかのようだ。
――ねぇ。助けくれるんでしょ? わらわのこと。
小首をかしげながら問いかけてくる彼女に対して、俺はじりじりと後ろに下がりながら答えた。
「ちょっと待ってくれ。そもそも君は誰なんだ?」
――わらわは『ちゃちゃ』って呼ばれてるょ。
「ちゃちゃ? 今流行りのキラキラネームってやつか。ところでなんで俺が君を助けなきゃならないんだ?」
その質問に対し、彼女はとんでもない爆弾を放り投げてきた。
――だって、おっきくて固いからぁ。ぽっ。
「ちょっ! 待て、幼女ちゃちゃ!! なぜ俺のアレのことを知っているのだ!?」
やっぱりこの幼女は危なすぎる! 近付いたらいけないパターンのキャラだ!
そもそも俺のアレは「おっきく」ない。
摩央ねえに言わせれば、
――かりんとう級ね
だ。
ぐふっ!
いらぬところでダメージを受けてしまったではないか!
まさか、この幼女は俺の精神を破壊しようとたくらんでいるんじゃないか!?
よくよく見れば、将来、城にたてこもって戦いそうな強さを感じる!
そしてその城と共に壮絶な最期を迎えそうな予感さえも感じられるではないか!
隙を見て逃げ出せねば、俺はこの幼女に壊される!
そして俺の危険センサーが正しいことを示すように、彼女はさらなる爆弾を放り込んできたのだった。
――だって、毎日見てたもんっ!
「な……なんだって……。俺のアレを毎日見てるだと……!?」
――わらわはだいしゅきじゃ!
「ちょっ! 待て! 待て! 毎日って、いったいどこから見てたんだよ! まさかストーカーか!? ストーカー幼女なのか!?」
恐怖のあまり、へたへたと腰が抜けてしまった。
それでもどうにかこの場を抜けだそうと、ずりずりと尻を引きずって彼女から離れる。
だが……。
彼女は体を揺らしながら、こちらに近付いてきているではないか!
ひたっ……。ひたっ……。ひたっ……。
はだしの彼女が一歩近づいてくるたびに、冷たい足音が聞こえてくる。
うおおおおお!
やばい! やばい! やばい!
まさか現実では摩央ねえにブッ飛ばされ、夢では幼女にブッ壊されるなんて思ってもいなかったわ!
しかし必死の逃亡むなしく、俺の尻が床とこすれて熱くなったところで、幼女ちゃちゃは俺の目の前までやってきた。
彼女はしゃがみこみ、あどけない顔を俺の顔に近付けてくる。
もうダメだ……!
俺の貞操は幼女によって破られるのだ……。
そう観念した時だった――
――おじちゃぁんの『お城』。毎日見てたんだょ。わらわのお城から!
「へっ……? お城?」
その瞬間、時が止まったように感じた。
いや、実際には止まっていたんじゃなくて、『さかのぼっていた』んだと思う……。
――おじちゃぁんのお城。『せんきじょー』って言うんでしょ? かたくておっきいお城!
「え……? 千鬼城のこと、なんで知ってるんだ?」
――だっておかあさまが教えてくれたんだょ。『ぜつぼーした人』が集まるお城だって!
「絶望した人が集まるお城……」
――ぜつぼーって、とってもかなしくて、つらい時のことって教えてもらったの。
急にちゃちゃのトーンが下がった。
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、俺を上目遣いで見ている。
すっかり恐怖からさめた俺は、姿勢を正して問いかけた。
「それは本当なのか?」
ちゃちゃは目にいっぱい涙をためて、コクリとうなずいた。
俺は「はあ……」と大きなため息をつく。
そして彼女の両肩に手を乗せて問いかけた。
「ちゃちゃは何か辛いことがあったんだな?」
――おとうさまが……殺された。
あまりに衝撃的な内容で、グラリとめまいを覚えた。
どうにかこらえると、俺は彼女の顔をじっと見つめながら、話を続けた。
「それからちゃちゃはどうしたんだ?」
――おかあさまと妹たちと、敵にとらわれた。
「……そこから逃げ出せそうなのか?」
ちゃちゃが無言でうなずく。
「俺の『千鬼城』なら、ちゃちゃたちを助けられるんだな?」
もう一度、ちゃちゃはうなずくと、ついにひっくひっくと泣き始めてしまった。
俺は彼女の小さな頬にそっと手をあてると、彼女のつぶらな瞳を覗き込みながら告げたのだった。
「だったら逃げてこい! あとのことは任せとけ!」
何の確証もないし、何をどうしたらいいのか、そもそもちゃちゃが何者なのかも分からない。
だが、目の前で小さく震えながら涙を流す幼女がいる。
それだけで胸を叩いて大見得切るにはじゅうぶんな理由だ。
ちゃちゃは目を大きくして、俺を見上げてくる。
――えっ……。ほんとにぃ?
「ああ、男に二言はねえよ!」
そう答えた瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべて俺に飛びついてきた。
――きゃははっ! おじちゃぁんのこと、だいしゅきぃ!
「ちょっ! やめろって! こんなところ見られたら、変な誤解を生むだろ! 俺がロリコンだって……」
それでも彼女は離れようとしない。
そうして抱きついたまま、こう言ったのだ。
――このまま戻りましょぅ! 元の世界へ!
「元の世界? ってなんだよ?」
そう問いかけた直後。
急に視界が真っ白になったかと思うと、意識が遠のいていったのだった――