表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

【幕間】おじちゃぁんを励ますのじゃ! ②


――ドタドタドタッ!


 静かな中奥に、慌ただしく廊下を駆ける音が響き渡る。

 その音は城尾護のいる城主の間の前で止まると、次の瞬間には襖が勢い良く開かれていた。


「おじちゃぁん! お願いがあるのだょ!」


 挨拶もなく部屋に飛び込んできた茶々。

 仕事中の護と伊予丸の二人は、目を丸くして彼女の方へ視線を向けた。

 そして伊予丸が膝を進めると、茶々を優しく諭し始めた。

 

「茶々様。殿は今お忙しいゆえ、また後ほど……」


「いや、大丈夫だ。茶々、どうしたんだい?」


 護は伊予丸を制して、茶々と向き合う。

 その顔はやはり元気がない。視線を合わせていてもどこか上の空だ。

 茶々は気持ちをあらたにすると、大きな声で願いごとを告げたのだった。

 

「わらわは千鬼城の本丸を見てみたいのじゃ! 明日、連れていっておくれょ」


………

……


 茶々と織田長益の立てた「おじちゃぁんを励ます作戦」は次の通りだった。

 

 まず茶々が護に「裏山の山頂にある千鬼城の本丸を見たいから連れていってくれ」と懇願する。

 だが指定された待ち合わせ場所に彼女は現れず、代わりに母親のお市の方がやってくる。

 そうして本丸までの道のりを二人きりで過ごせば、きっと二人に特別な感情が芽生えるに違いない。

 

 しかし、肝心の初めのところから計画はとん挫しかけていた。

 護が茶々の願いに対して、なかなか首を縦に振ろうとはしなかったのだ。


 乗り気がしないということもあろうが、それ以上に政務に忙しい毎日を送っているというのが実情だ。

 なぜならこの頃より、城内で暮らしたいという農民や侍たちが、ぼちぼちやってくるようになっていたからだ。

 彼らの身分をあらため、敵国の間者ではないことをはっきりさせてから、働く場所や住む場所を手配する。

 それを手配するための決裁は、すべて護の仕事なのである。

 

「いやーだ! わらわは行きたいの! おじちゃぁんと一緒じゃなきゃ、嫌なのー!!」


――自分の代わりにじいをお供に。


 と提案した護だったが、手足をばたばたさせて駄々をこねる茶々を前にして、ついに観念した。

 

「分かったよ。そこまで言うなら、明日連れていってあげるよ」

 

「わーい! わらわは嬉しいょ! おじちゃぁん、だいしゅき!!」


 がしっと抱きついてきた茶々を受け止めた後、優しく彼女を引き離した護は、苦笑いを浮かべながら、彼女を部屋の外まで送っていったのだった。

 

………

……


 翌日――

 晴天に恵まれてはいるが、じっと立っていると凍えてしまうほどに寒いこの日。

 

 二の丸御殿を出て、本丸に向かう門で茶々と待ち合わせをした護であったが、現れたのは彼女の母であるお市の方であった。

 

「お待たせして、申し訳ございませぬ」


 護は茶々がいないことをいぶかしく思いながらも、お市の方に頭を下げてから問いかけた。

 

「いえ、大丈夫です。それよりも茶々殿は?」


「ええ、実は急用ができたとのことで、先に本丸に行って待っていて欲しいというのです」


 四歳児が「急用」とは、何とも怪しい言い訳だ。

 護はとっさに裏があると踏んで、お市の方にたずねた。


「はあ……。ならば日をあらためた方がよろしいのではないでしょうか?」


「いえ、茶々が言うに、必ず後から行くから、わらわと城尾殿の二人きりで先を行ってください、と……」


「ふむ……さようですか……」


 正直言って、あまり乗り気はしない護。

 それが顔に出ていたのか、お市の方が申し訳なさそうに言った。

 

「城尾殿、茶々には私から言い聞かせておきますので、今日はもう御戻りくださいませ」


 護は彼女の細い声に、かえって胸に痛みを覚えた。

 そして茶々の意図を、うっすらと理解し始めていたのだ。

 

――きっとお市の方は、夫の浅井長政が亡くなってから塞ぎこむことが多かったのだろう。だから茶々は、俺にお市の方を励まして欲しくて二人きりにしたに違いない。


 それは明らかな勘違いであったが、結果的には茶々の思惑通りになった。

 

「いえ、せっかく良い天気ですから、このまま二人で本丸まで散策と行きましょう。いかがでしょうか?」


「ええ、城尾殿がよろしければ、わらわは御一緒いたしたく存じます」


 ニコリと微笑むお市の方。

 透き通った白い肌を日の光が眩しく照らしている。

 あまりの美しさに、顔を真っ赤にした護は、それを彼女に覚られないようにくるりと背を向けた。

 

「では、ついてきてください」


「はい、分かりました」


 こうして二人きりの本丸への散歩が始まった。

 護は早くなった動悸を抑えるのに必死で、ろくな会話もできずに前を歩いていったのだった。

 

 

 そして、そんな二人を大きな木の影から見つめていた二人。

 ひとりは言わずもがな、茶々である。

 

「ふふ、うまくいったのじゃ!」


 そしてもう一人は、織田長益……のはずだった。

 しかし彼はこの場にはいなかった。

 その代わり、茶々のお供として彼女の背後に立っていたのは……。

 

 結菜だった。

 

 いつも通りの眠そうな目を護とお市の方に向けている彼女。

 しかし、その奥にいつもとは異なる、悲しみを携えているのを、他人はおろか彼女自身も気付いていなかったのである。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

【書籍化作品】念願の戦国時代へタイムスリップしたら、なんと豊臣秀頼だった!この先どうなっちゃうの!?
太閤を継ぐ者 逆境からはじまる豊臣秀頼への転生ライフ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ