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【幕間】おじちゃぁんを励ますのじゃ! ①

 

◇◇


 12月になり、いよいよ本格的に寒い日が続くようになった頃。

 第二次千鬼城の戦い以降、城尾護は塞ぎこむようになっていた。

 言うまでもなく、親友の門吉の死から立ち直ることができていないからだ。

 

 そんな彼を心配して、城尾摩央の発案により、この日の朝餉あさげは、茶々らと共に取ることになったのだが……。

 


「……ちゃぁん! おじちゃぁん!!」


「あ、ああ……。茶々か。どうした?」


「むむぅ。どうした、じゃないのじゃ! さっきからずっと上の空で、全然わらわの話を聞いてないのじゃ!」



 ご飯粒を頬につけたまま、ぷくりとむくれる茶々。

 護はちらりと彼女に目をやると、席を立ち始めた。

 


「あ、ああ……。ごめん。今朝はもう食欲がないから、これで失礼するよ。ごちそうさま」



 摩央が護の食膳を見ると、半分以上も食事が残ったままだ。

 普段の護なら「米粒一つでも残さないように食べるのが、百姓たちへの礼儀というものだ!」と笑いながら、綺麗にたいらげるはずだ。

 

 

「はぁ……。情けないねえ……」



 彼女は、ふらふらしながら部屋を後にする護の背中を見つめながら、大きなため息をついたのだった。

 


………

……


「長益どのぉ! ちょっと話を聞いておくれょ」



 奥向きから中奥へ向かう廊下で織田長益は、茶々に呼び止められた。

 普段は奥向きで侍女らや妹たちを相手に遊んで過ごす彼女と、こんなところにいるなんて珍しいこともあるものだ。

 織田長益はそう怪訝に思ったが、直後にとある考えに体がかっと熱くなった。

 

「まさか……。茶々殿はそれがしをここで待ち伏せされておられたのか? ハァハァ」


 茶々はうつむき加減でもじもじし始める。

 そして上目づかいで長益に大きな瞳を向けた。

 

「迷惑……。じゃったか?」


――ぬおおおおお! 生きててよかったあああああ!!


 長益は飛び上がらんばかりの大興奮に陥った。

 だが彼とて英雄と同じ血の流れる者だ。

 頬だけは紅潮させていたものの、平静を装って答えた。

 

「め、迷惑なんてどんでもない! むしろ光栄至極にございますぞ! ハァハァ」


「そうか! それは良かったょ! では、話を聞いておくれ!」


 織田長益は直感した。

 これは絶対に『愛』を告げてくるに違いないと。

 そう。彼はついに報われたのだ。

 

 さんざんわがままに振り回された日々。

 欲しいものを全て買い与えた日々。

 

 彼女の喜ぶ姿さえ見られれば、それでよいと思い、耐え忍んだあの日々がついに報われようとしていたのだ。

 

――ああ……。やはりこの世には『ぜうす様』なる御方がいらっしゃるのかもしれん。


 この頃、南蛮より渡来したキリスト教の教えを、彼は京で耳にしたことがあった。

 初めは眉つばものだと、聞く耳を持たぬ彼であったが、こうして涙ぐましい努力が報われる日がきたことで、彼はその存在を信じ始めていたのである。

 ちなみに史実では、織田長益は後年に洗礼を受け、『ジョアン』という霊名を授かることになるのだが、それはまた別の話だ。

 

「さあ、茶々殿! いつでもよいですぞ!」


 彼は両手を大きく広げて、茶々を受け入れる態勢を取る。

 すると茶々は意を決したように、きゅっと表情を引き締めて告げたのだった。

 

 

「おじちゃぁんを元気づけたいのじゃ! 長益どのぉ! 協力しておくれょ!」



 と……。

 


「……はあ……」



 大きなため息と共に、がくりとうなだれる長益。

 茶々はその様子を見て、瞳に涙をいっぱいに溜めた。

 

 

「嫌なのか? おじちゃぁんを元気づけるのがそんなに嫌なのか? わらわは悲しいょ」


「いやいや! そ、そんなことはございませぬ! 何というか……。それがしも悲しくてのう」


「むむ? なぜ長益殿が悲しいのじゃ?」


「いや! それはこっちの話でございます! ははは……」



 やはり城尾護のことだったか……。

 薄々予想をしていたものの、こうもはっきりと茶々の口から告げられると、全身から力が抜けてしまうのも仕方がない。

 しかし、どうしたものか……。

 

 彼はあごに手を当てて、真剣に悩み始めた。

 

 もし茶々が護を励ますとなれば、それこそ二人の距離はまた縮まってしまう。

 今は彼女の母であるお市の方も城にいるのだ。

 仲睦まじい二人を見たなら、きっと「いつかは茶々を織田家と城尾家をつなぐかけ橋に……」なんて考えが生まれてもおかしくない。

 

――それだけはならぬ! それだけはならぬ!


 大事なことゆえ、心の中で二回繰り返した長益。

 彼は引き続き頭をひねった。

 

――どうにかならないものか……。


 ……と、その時だった。足元の茶々から寂しげな声が聞こえてきたのは……。

 

「おじちゃぁんは父上みたいなものなのじゃ。だから元気でいて欲しいのじゃ……」


「城尾殿が御父上のような存在?」


「そうじゃ。わらわの父上のような御方じゃ!」


 その瞬間、織田長益はひらめいたのだ。

 

――ならば本当に『父上』にしてしまえばいいではないか!


 と――

 

 彼は「ごほんっ」と一つ咳払いをすると、低くかがんで茶々に話しかけた。

 

「茶々殿。名案を思いつきましたぞ」


「名案!? なんじゃ!? 教えておくれょ!」


「男は『家族』によって励まされるものじゃ」


「家族?」


「その通りですぞ! 茶々殿は城尾殿のことを『御父上のようだ』と慕っておられる」


「うん……」


「ならば、本当の御父上になっていただき、茶々殿ら『家族』が励ませばよろしいのではないか!」


「本当の御父上に……? そんなことできるのか?」


「ええ、出来ますとも! 茶々殿の母、お市殿と城尾殿が『夫婦めおと』になればよいのです!」


「おおっ!!」


 現実的には、それは不可能と言っても過言ではない。

 なぜならお市の方の再婚相手が、城尾護になるのを、彼女の兄である織田信長が許すはずもないからだ。

 しかし今の茶々はそんな『大人の事情』が分かるはずもない。

 織田長益はそこを利用しようと考えたのである。

 

 つまり、城尾護とお市の方が夫婦になるような雰囲気を作る。そうなれば茶々は自然と城尾護を恋愛対象としなくなる。

 

――われながら名案だ! ハァハァ。


 彼は爆発しそうな興奮を抑え込みながら、茶々に言った。

 

「では、さっそく城尾殿とお市殿のお二方を『仲良く』できる場を作りましょう! その折には茶々殿はそれがしと『二人っきり』で様子をうかがうのです! ハァハァ」


「うんっ! 分かったのじゃ! さっそく母上にうかがってみるのじゃ!」


 元気よく返事をして、奥向きへと駆けていく茶々。

 織田長益は

 

「ふふふ……。上手くいきおったわい」


 と、不敵な笑みを浮かべながら、城尾護が政務を行っている中奥へと消えていったのだった。

 

 

 ……が、興奮のるつぼにすっかりはまっていた彼は気付かなかったのだ。

 彼らの様子を影でこっそりと覗き見していた存在に……。

 

「許すものか……」


 そうつぶやいたのは城尾摩央だった。

 襖の影から静かに姿を現した彼女は、鬼のような形相で続けた。

 

「あの二人が恋仲になるなんて……。絶対に許すものか……」


 彼女は奥向きにむかって足を踏み出す。

 そしてくわっと目を見開くと、決意をこめて言ったのだった。

 

「長益様と茶々殿が恋仲になんて、絶対にさせてなるものか!」


 と……。

 

「こうなったら結菜ちゃんに協力してもらうしかないわ」


 ぐっと腹に力を込めた城尾摩央は、結菜が静かに読書をしている部屋へと急いだのだった――




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