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デスペラードその一 青春を失くしたエロ侍②


 この機会を逃したら、『男』としてダメな気がするんだ。

 だから思い切って想いを伝えよう……。


 そう腹をくくったその時だった――



「ごっほーん!! なにをあんたは『プラモデル』と同時に『恋』まで完成させようとしてるのよ! このエロ侍め!」



 と、摩央ねえの悪魔のような声が背後から響いてきたのだ。


 俺は結菜に握られていた手を慌てて離す。

 そして、摩央ねえの方を向いて口を尖らせた。

 

 

「ち、ちげーし! これジオラマだし! プラモデルじゃねーし!」


「はあ? そこ? 否定するところが間違ってない?」



 摩央ねえが眉をひそめて俺の顔を覗き込む。

 ちなみにジオラマとプラモデルはまったく異なる。

 ジオラマは『情景全体の模型』でプラモデルは『プラスチックを主な材料としたキットになっている模型』のことだ。

 だから俺が全力で否定したのは、なんにも間違ってない。

 


「……不純。私たち、ただの幼馴染」


「なっははは! そうよねー! 護と結菜ちゃんは『ただの』幼馴染だもんねー。残念だったわねー。護くーん」



 くそ……。この『魔王』め……。

 いくら美人でスタイル抜群だからって、純な少年の心をもてあそんでいい訳がない!

 


「う、うっせーよ! 何しにきたんだよ! 勝手に部屋に入ってくんな!」


「あらぁ? 結菜ちゃんはいいのに、従姉弟である私はダメだなんて、そんな寂しいこと言わないでよー。どれどれ私にもそのプラモデル見せてよー」


「だから! プラモデルじゃねーし! ジオラマだし!」


「細かいことはいいじゃない! そんなんだから童貞なのよ」


「な、な、な、なんだとぉ!? 摩央ねえに関係ねえだろ!」


「うーん、どれどれー。……て、おい!! なんじゃこりゃあ!!」


 

 どこかで聞いたことのあるようなセリフを吐いた摩央ねえは、くわっと目を見開いた。

 そして俺の胸ぐらを掴んで、すごんできたのだった。

 

「あんたと結菜ちゃんの模型はいるのに、なんで私がいないんじゃ! なめてんのかぁ!? ああ!?」


 まさに鬼だ。この世の者とは思えないほどの圧倒的な威圧感に、下半身がひゅんとなってしまった。

 

「か、関係ねーだろ。は、はなせ……よ」


 涙目になってそう強がるのが精一杯な俺。

 だが摩央ねえは許してくれそうにない。

 

 ああ、俺は今日、この鬼に食われてしまうのか……。

 

 そう諦めかけた時だった。

 横にいた結菜が声をあげたのだ。

 

「……発見。これ、摩央でしょ?」


 結菜のてのひらの上には若い女性の模型。まだ服を着せていないので全体が肌色のままだ。

 それをちらりと見た摩央ねえは、表情をぱっと明るくして叫んだ。

 

「おおおおー!! その月のように美しい顔とダイナマイト級のナイスバディはまさに私! なんだぁ! 護くんもやればできるじゃん!」


――バシィッ!!


 摩央ねえは俺の背中をすさまじい力ではたく。

 

「ぐはっ!!」


 さながらマンガのやられ役ような声とともに、俺は前につんのめってしまった。

 ジオラマまであと数cmのところで、どうにかもちこたえると、背中の摩央ねえをきりっと睨みつけた。

 

 

「危ねえだろ! もう少しでジオラマにダイブするとこだったじゃねーか!」


「もうっ! 護くんったらぁ。ツンデレなんだから。ささ、早くお姉さんに似合う綺麗な着物を着せてちょうだい!」



 この女……。まったく人の話を聞いてないな……。

 しかし隠していたのがバレては仕方ない。

 本当は摩央ねえの模型なんか、俺の魂がこもった大作の中に入れるつもりなんてなかった。

 でも、「万が一」を考慮して、念のため模型だけは作っておいたのが正解だったわけだ。

 

 俺は結菜から模型を受け取ると、しぶしぶ服を着せた。

 そしてピンセットで掴むと、俺と結菜のいる場所にそれをそっと置いたのだった。

 

 だが……。

 模型の服を見た瞬間に、摩央ねえの顔が険しくなっていった……。

 

「なんじゃこりゃあ!!」


 まるで腹を銃で撃たれて血へどを吐いているかのような摩央ねえの大きな声が、部屋中に響き渡る。

 俺は再び胸ぐらを掴まれ、摩央ねえにぐらぐらと揺らされる。

 

「てめえ! なめてんのか!? どうして私の模型はあんな服装なんだよ!! しばくぞ! ごらぁ!」


 それは俺のせめてもの抵抗であった。

 つまり、摩央ねえの模型の服は、綺麗な着物なんかじゃない。

 白いはちまきに、立派な甲冑、そして右手には大きな薙刀なぎなた……。

 そう、『女武将』のかっこうで俺と結菜を守るように仁王立ちさせたのだ。

 外面だけはいい摩央ねえには、これ以上ない屈辱なはず。

 

「くくく……鬼の摩央ねえには、お似合いじゃねえか……」


 言ってやった! ついに俺は摩央ねえに言い返したぞ!

 17年間。いや、来月には18になるから、約18年間。

 いつも俺をおもちゃのように扱ってきた『魔王』に対して、ついに俺は一矢むくいたのだ!

 

「てめえええええ!!」


 怒りに身を任せた摩央ねえが大きく手を振りかぶった。

 このままその手が俺の左の頬へ振り下ろされた瞬間に、俺は気を失うことだろう。

 でも、いいんだ。

 この戦い……。真の勝者は俺なんだから――

 

 だが、その手が振り下ろされることはなかった……。

 

 

「……絶賛! 摩央の模型、すごくかっこいい!」



 結菜のほめたたえる言葉が響き渡ったのだ。

 摩央ねえの表情が固まる。

 

「へっ……? そ、そう?」


「美麗、魅力的、崇拝、称賛!」


 次々と並べられる前向きな熟語の数々に、摩央ねえの顔がにやけていく。

 なんて分かりやすい人なんだ……。

 そしていつの間にか、俺の胸ぐらから手を離して、腰をくねくねさせながら恥ずかしがっている。

 

「……交換。摩央が嫌がってるなら、私と摩央の服装を取りかえて。護、お願い」


 結菜の真剣なまなざしからは、彼女が摩央ねえのご機嫌を取るためにそう言っているとは思えない。

 まじか……。結菜はお姫様より戦乙女いくさおとめが好みだったのか……。

 結菜の意外な一面を見て、ちょっとショックを隠せない俺。

 だがその一方で、摩央ねえは調子のいいことを言い始めた。

 

「いいのよー。お姉さん、こっちの方が好きだから。このままでいいわ!」


 おいおい! さっきまでの俺の恐怖はなんだったんだ!?

 もう少しでチビるところだったんだぞ!

 この単細胞!

 

「ちょっと、護! なによ!? その目は!? まさかあんた私のことをエロい目で見てるんじゃないでしょうね!?」


「ば、馬鹿か! んなわけねえだろ! もういい! これで完成だ!」


 俺は強引に話を切り上げると、『千鬼城』に目を移した。

 実は結菜に内緒で、もう一つだけとても小さな人の模型を作ってある。

 机の中のこっそりと隠してあるのだが、それを今はジオラマに置くつもりはない。


 でもいつかは……。


 ……まあ、なにはともあれ、これで『千鬼城』の完成だ。


 「自分のお城を作りたい」という小学1年から見てきた俺の夢が、ついにかなった瞬間がきたわけだ。


 かつてない感動が胸の中で大きなうねりとなって、心を揺さぶっている。

 しかし、俺は浮かれることはなかった。

 

 なぜなら『千鬼城』の完成は夢ではあるが、ゴールではないからだ。

 俺のゴールは、あくまで『全国模型大会』のジオラマ部門の大賞だ。

 

 俺はジオラマに触れないように慎重になりながら、勉強机までにじり寄った。

 そこから、高性能なカメラを取り出し、さっそくレンズを拭き、ピントを調整し始めた。


 最終選考まではジオラマを映した写真で審査されることになっている。

 わずか5枚まで許された応募用の写真。

 その撮影をこれから始めるのだ――

 

 

◇◇


 カメラに収めた写真のデータをパソコンに取り込む。

 その後、俺は『全国模型大会』のホームページのアドレスを入力した。

 

 なお摩央ねえと結菜は自分たちの模型を見ながら、


「わらわの名は摩央なり! 太陽の代わりにお仕置きよ!」

「……超絶。摩央、すごくかっこいい!」

「なはははっ! そうでしょ? そうでしょ? もっと言ってー!」


 などとはしゃいでいる。


 その様子は痛々しくて仕方ない。

 地方のミスコンで優勝したこともある摩央ねえが、未だに彼氏ができない理由がよく分かった気がした。


「ややっ! そこでやましいことを考えているエロ侍は護か! 成敗してくれる!!」

「……痛快。エロ侍を倒してしまえ」


 ここで決して反応してはならない。

 相手をしたら俺の負けだ。

 

――パンッ!

 

 URLを入力し、Enterキーを勢いよくたたく。

 するとインターネットの回線が、ホームページのデータを転送し始めた。

 ちなみにホームページを見るのは去年の今頃ぶりだし、余計な雑念が入らぬように『ホビー・モデル』すら今年は一冊も購入していない。

 つまりこれが『全国模型大会』と俺との一年ぶりの再会ということだ。


 画面の上の方で青色の円がくるくると回転している。

 このわずかな時間が待ち遠しかった。


 1年間、寝る間も惜しんでこの時のために、頑張ってきたんだ。

 今回こそは、絶対に大賞を取る!

 マウスを握る右手にじんわりと汗が浮かび始めたところで、ようやく画面に大会のロゴが表示されはじめた。

 

 

 ……が、次の瞬間だった――

 

 

「があああああああああ!!!」



 と、まるで断末魔の叫び声のような声が俺の口から無意識のうちに飛び出してきたのだ。

 当然、背後の二人がそれに反応する。

 

「ちょっと! なによ! 急におかしくなってんじゃないわよ! 普段から『痛い男』なのに!」


「……喧騒けんそう。護、うるさい」


 しかし俺は彼女たちの言葉に反応できなかった。

 

「うそだああああああああ!!」


 もう一度、腹の底から声が噴出する。

 するといよいよただごとではないと思った二人が、俺の背後からパソコンの画面を覗き込んできた。

 

「んー、どれどれ……。えっ……? 『中止のおしらせ』……」


 摩央ねえの驚愕に満ちた声が耳に届いた直後……。

 

 突然目の前が真っ白になり、そのまま意識を失ってしまった。

 だからこの前後の記憶がいっさいない。

 覚えているのはホームページに書かれた無機質な文字の羅列だけ……。

 


――雑誌『ホビー・モデル』の廃刊に伴い、『全国模型大会』を中止いたします。



 それは俺の『青春』のすべてが、崩れ去った瞬間だった……。

 

 こうして千鬼城にとって初めての『デスぺラード』が誕生した。



 それは何を隠そう、青春を失くしたエロ侍……。

 いや、俺、『城尾 護』だったのだ。

 


 そして気を失ったその瞬間に、開いてしまったのである。

 俺と千鬼城に待ちうける、とんでもない運命の扉を――


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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

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