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デスペラードその五 不幸をまといし絶世の美女④

◇◇


 三日後――

 

 この日は久しぶりに門吉が二の丸御殿に来ていた。

 城主の間には、俺と彼、そして結菜の三人が顔を合わせている。

 

 俺は和紙と墨を使って、簡単な模型を作り、結菜は隣で大人しく書物を読む――

 

 元いた時代と何ら変わらぬ光景。

 だが一つ異なるのは、俺とともに手を動かしている親友の存在がいることだ。

 

 言わずもがな、門吉である。

 

 彼はめったにここへは顔を出さない。

 出したとしても、港から荷物を届けにくる時くらいなものだ。

 だから夜が更けるまで、こうして俺の部屋で模型作りに没頭することなどない。

 

 今夜、彼がここにいるのは立派な理由があるからだ。

 

 彼は明日。

 茶々とともに羽柴秀吉のいる城へと赴くことになっているのだ。

 

………

……


 

――わらわは母上に会いに行く!


 そう彼女が決断したのは、摩央ねえに諭された直後だった。

 それから織田長益が単身で羽柴秀吉の元へ行き、お市の方と茶々の会談の段取りを調整してきた。

 羽柴秀吉から出された条件は二つ。

 

――会談は、お市様が過ごされている城の屋敷でお願いしたい。


――茶々殿のお供として、織田長益殿にご一緒いただく必要はない。


 というものだった。

 つまり「茶々だけをこっちへ送ってこい」と命じてきたわけだ。

 

 それは織田長益が俺の意図を汲み取って、城尾家が有利になるよう便宜を図ってくることを嫌がってのことだろう。

 さらに茶々が信長のもとへ戻れば、自然と織田長益もまた千鬼城を抜け出すだろうという目算があるからに違いない。

 

 織田長益は言った。

 

――茶々殿のお供として連れてきた20名は、千鬼城に留め置きましょう。


 それは万が一、茶々の身が羽柴秀吉にとらわれた場合でも、織田家ゆかりの者が城に残れば、信長の攻撃の手が緩むのではないかという、いわば『保険』のためらしい。

 

 しかしそうなると、問題は誰が茶々のお供として城へ赴くか。

 正直言って、千鬼城で暮らす人々からその人員を確保するのは困難だ。

 特に今は織田家との交戦の真っ最中。もし一兵でも欠ければ、それは城の防御のほころびを招きかねないのだから……。

 

 そこで手を挙げてきたのが、門吉であった。

 彼だけではない。

 門吉と同じように戦によって親と別れ別れになり、又次郎に引き取られた同年代の少年たちだったのである。

 その数、5名。

 

 彼らは元より俺の作った模型ではなく、この時代に実在する人物たちだ。

 だから彼らが一時的にここを出ても、城の防御に影響はない。

 

 茶々に『俺は何があっても味方』と宣言しておきながら、自分の手の内にある人々を利用しないあたり、自分でもずいぶんと卑怯だと思う。

 しかし、茶々を守ることと同じくらい……いや、それ以上に千鬼城を守ることは大切なことなのだという自覚もある。

 

 仮に茶々がここを出て行ったきり帰ってこなくても、いつでも戻ってこられるように、どっしりと構えていたい。

 

 そのためには、非情にならねばならない時もあると思うのだ。

 俺は門吉らの申し出をありがたく受け入れることしたのだった――

 


………

……


 静かに流れる心地よい時間。

 俺がこちらの時代へやってきて、そして結菜や門吉と出会ってから、まだわずか1ヶ月ほどしか経っていない。

 それでも物心ついた時から、ずっとこうして三人で過ごしてきた感覚は、感動すら覚えさせるものだ。

 

「ありがとな……。二人とも」


 何気なく、ぼそりとつぶやく。

 すると門吉と結菜は目を丸くして、互いに顔を見合わせた。

 俺は急に恥ずかしくなって、手先をせわしなく動かし続ける。

 

 そこに結菜の透き通った声が聞こえてきた。

 

「……感謝。護が千鬼城を守ってくれているから、私はここで暮らせている。いくらありがとうを言っても足りないくらい」


 そして門吉も負けじと声をあげる。

 

「私も城尾様には、心より感謝しております。戦に敗れ、流れ者だった居初様を救っていただき、こうして居場所を与えてくださったのですから! 本当にありがとうございます!」


 俺がぱっと顔を上げると、三人の視線が交差した。

 とても優しい視線だ。

 

 体中がむず痒くなって、思わず大笑いをしてごまかす。

 すると二人もまた笑顔になった。

 

 心がつながっている感覚。

 すごく抽象的な表現なのは分かっている。

 そうとしか言えない。俺には語彙力がないからだ。

 それでも、もしありったけの表現を脳から絞り出したなら……。

 

 三人で一枚の絵の中にいる。

 

 これが限界だ。

 

 いつしか笑い声が止まり、再び静かな時間が流れ始める。

 秋の虫すら寝息を立て始めた頃。

 ようやく俺たちは解散し、自分たちの寝床へと向かっていった。

 

 奥向で結菜と別れ、今日は客間で一晩を過ごすことになっている門吉と二人きりで廊下を歩く。

 電灯なんてない時代。

 星と月のあかりだけが、ほのかに行く先を照らしている。

 通り過ぎる部屋では、様々な人が夢の中にいることだろう。

 だから俺たちはほとんど無言で、廊下を歩くミシミシという音だけを立てながら進んでいったのだった。

 

 ふと、門吉が立ち止まる。

 そこは彼が今夜寝泊まりする部屋の前だ。

 

 

「ああ、ここか。ではおやすみ。門吉。明日はよろしく頼んだよ」



 まるで決まり文句のような、形式ばった言葉が口をついて出てきた。

 門吉はそれに小さく頭を下げると、意外なことを口にしてきたのだった。

 

「城尾様はいつ奥方様をめとられるおつもりなのでしょう?」


「げほっ!」


 あまりに不自然な問いかけに、つい咳き込んでしまった俺。そんな俺の背中をさすりながら、門吉は「申し訳ございません」と何度も謝ってきた。

 俺は彼に「大丈夫だ」と告げながら手をひらひらと振ると、小さな声でささやいた。

 

「どうしてそんなことを聞くのだ?」


 門吉はあごに手を当てて、少しだけ考え込むと、俺と同じようにささやき声で答えた。

 

「一国一城のあるじ様なら、早く奥方様をめとり、立派な跡継ぎを設けねばならないのではないかと思ったのです」


「こ、子ども!? ちょっと待ってくれ! 俺はまだ……」


 と言いよどんだが、目の前の門吉からはとても冗談を言っているようには思えない。

 彼は真剣なまなざしで続けた。

 

「きっと他国の有力なお殿様からお姫様をお迎えなさるのでしょう。でも、もし私の願いが叶うなら……」


「願い? なんなのだ?」


「結菜殿と城尾様のお子が見たいと願っております!」


「げほっ! げほっ!!」


 再びむせんでしまった俺。みるみるうちに顔に熱がこもってきたのは、咳のせいだけではないはずだ。

 今が真夜中でよかったと心から思う。

 なぜなら今の俺の顔色を見られるわけにはいかないから……。

 

 衝撃が強すぎて、言葉を失ってしまった俺に対し、門吉はぺこりと一礼して言った。

 

 

「変なことを申し上げて、すみませんでした。では、おやすみなさい!」


 

 そして彼が俺に背を向けて襖に手をかけたところで、俺は声をかけたのだった。

 

 

「約束だ! 門吉の願いどおりにすると、約束するよ!」



 門吉が驚いた顔で振り返る。

 そして次の瞬間には、大きな笑顔を見せた。

 

「楽しみにしております」


 その笑顔は今宵の月よりもずっと眩しくて、俺はまともに目を合わせることすらできなかったのだった――

 


………

……


 翌日――

 

 この日はあいにくの雨。

 又次郎の手によって目一杯のおめかしをした茶々を濡らさぬようにと、門吉たちの手によって、彼女は駕籠かごで目的地まで運ばれることになっている。

 

 指定された場所は、ここから半日とかからない。

 早朝出発すれば、今日のうちに戻ってくることになるだろう。

 

 本当に茶々が戻ってくる気があれば……の話だが……。

 

 俺たちは茶々を見送るために大手門まで来ていた。

 千鬼城の大手門は西洋式で、奥行きが10mもある。

 だからちょっとした通路のようになっているのだ。

 高い天井に、両脇は石の壁。

 ここにも数々の仕掛けがしてあるのだが、そう簡単に敵がここまで侵入してこれるはずもなく、じいいわく、一度もそれらが使われたことはないそうだ。

 

 これから先も使われないことを願うばかりなのだが……。

 もし織田信長が本気で大軍を率いて攻め込んできたなら、その時はどうなるか分からないな。

 

 そんなことを一人で考えていると、俺の足に茶々が抱きついてきた。

 

――ボフッ!


「おじちゃぁん……」


 もの悲しげに俺を見上げる茶々。

 俺は彼女の頭に手を乗せて微笑んだ。

 

「そんな悲しい顔をするな。せっかくお母上に会うのだ。もっと嬉しそうな顔をしないと、お母上が悲しんでしまうぞ」


「うん……」


 茶々は元気なくそう返事すると、うつむいたまま、俺から一歩離れた。

 俺はそばにいる門吉に視線を向けると、鋭い声で告げた。

 

「あとは頼んだよ! 門吉! それに皆の衆!」


――おおっ!


 声変わりする前の少年たち特有の高くて力強い声が城門の中にこだます。

 茶々は結菜に手を取られて、駕籠の中へと消えていった。

 

 そうして降りしきる雨の中、茶々たち一行は城を出立した。

 

 彼女らを見送る中、隣に立っていた織田長益がこっそりと耳打ちしてくる。

 

「ここまでは全て羽柴殿の手の内ですな。ここから先、彼の思い通りに事が進むかは、全て茶々殿にかかっております。しかし、それがしは信じておりますぞ。茶々殿のことを。それが『愛』というものでございましょう」


「ああ……」


 俺は生返事で答えた。

 胸の中のモヤモヤは、さながらこの日の雨雲のようだ。

 

 だが俺はその心に巣食った不安の正体を知らないでいた。

 否、想像すらしていなかった、と言い表した方が正解だろう。

 

 なぜなら俺の目には『羽柴秀吉』という太陽のような存在の男しか映っていなかったのだから。

 すなわち、太陽があれば、月もまたあるという普遍の真理が、秀吉の存在の大きさゆえに抜け落ちていたのである。

 

 そう……。

 

 俺が恐れるべき相手は『羽柴秀吉』ではなかった……。

 

 俺が本当に警戒せねばならぬ存在は……。

 月というべき、漆黒の闇の中でこそ輝く、影の存在……。

 

 

 竹中半兵衛――

 

 

 という攻城の天才であることを――

 


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