第一次千鬼城の戦い ④
◇◇
第一次千鬼城の戦い――
織田軍による最初の侵攻は、後にそう伝わるようになったらしい。
しかし俺に言わせれば、『千鬼城』ではない。
『千鬼城手前』だろ……。
………
……
――ボオオオオオン!!
戦の始まりを告げる、ほら貝の大きな音が鳴り響く。
俺、摩央ねえ、それに織田長益の三人は凱旋丸の本陣を引き払って、城門の上へと急いだ。
もちろん詳しい戦況を見守るためだ。
そして歩廊に出て眼下を見渡す頃には、安曇川にかかる二つの橋のうち、一番目の橋に3,000の敵兵が殺到している頃だった。
「何も考えずに、まっすぐに攻めかかってくるつもりか……。かなりの度胸者か……。それとも単なる阿呆か」
俺がつぶやくと、織田長益がたしなめた。
「これこれ、まがりなりにも織田家の家老にして一軍を率いる大将、佐久間 信盛殿に対して、それは失礼であろう」
佐久間信盛。
織田信長に重用された重臣の一人だが、その後半生は悲惨なものとなるはずだ。
徳川軍と武田軍が激突した三方ヶ原の戦いで、ほぼ無抵抗のまま逃走した後、対本願寺戦では遅々として攻略が進まずに総大将を解任され、ついには高野山へ追放されることになる。
しかしその人生は大きく変わってしまうかもしれないな。
なぜならこのまま何も考えずに千鬼城の大手門へと突撃をしてきたなら……。
城門の手前で儚く命を散らすことになるだろうから――
そしてついに時がきた――
それは織田軍の先陣が第一の橋を渡りきった時だった。
そのタイミングを見計らって、兵長たちの号令が響き渡ったのだ。
「一斉にはなてええ!!」
ほぼ同時にガツンという音が歩廊のあちこちから響く。
――ブウウウウン!
空気を切り裂く木の音が次々としたかと思うと、空が灰色に染まった。
これぞ千鬼城の『第一』の防御。
投石だ――
なんと100もの回回砲と呼ばれる巨大な投石機を歩廊に設置してあるのだ。
投石機は元来『攻城兵器』、つまり城を破壊するために用いられたものであったが、俺はそれも防御のために利用した。
通常は重さ何キロもある巨大な石を城壁や城門に向けてぶっ放す。
しかし防御する側の狙いは『人』だ。
投げる石は拳ほどでじゅうぶん。そのかわり、一度に投げる量はそうとうなものとした。
石を投げる場所に『ざる』をくくりつけて、大量の石つぶてをいれるように工夫したのである。
それを一斉に放つのだから、空が灰色になるくらいに石で埋め尽くされるのもおかしくないということなのだ。
高さ10メートルもある城壁からは、およそ500メートル先の第一の橋までならじゅうぶんに届く。
もっと言えば、訓練次第では狙いをつけることさえ可能なのだ。
橋の出口は狭い。
そこに狙いを定めて、一斉に石を放てば結果は火を見るより明らか。
「ぎゃああああ!!」
「ぐわああああ!」
「ひいいいい!!」
という断末魔の叫び声が下方から聞こえてきた。
しかし、千鬼城の兵たちの手は止まらない。
100あった投石機のうち、50から石を投げた後は、残りの50から打放つ。
――ドドドドドッ!!
城壁の上からも耳に飛び込んでくる石の嵐が人を打ち付ける鈍い音。
綺麗な放物線を描いた無数の石は、『死の雨』となって織田軍の兵たちの頭を砕き、腹を貫いていることだろう。
とてもじゃないが、そんなグロテクスなシーンを見ようとは思えない。
彼らが苦しむ声が耳に入ってくるだけでも、全身が震えてしまっているのだから……。
「第二の橋に織田軍突入! 狙撃隊! 前へ!!」
――ガシャッ!
兵長の命令で、およそ100の兵たちが城壁の最前列に並ぶ。
そこには狭間と呼ばれる小さな穴があいており、そこから鉄砲や弓を放つことができるのだ。
そして千鬼城に搭載しているのは300の兵と同数の300の鉄砲。
100の兵たちはみな鉄砲を手に狙いを定めた。
「うてえええい!!」
――バババババッ!!
一斉に鉄砲が火を吹く。
――バババババッ!!
2撃目。これは手にした1丁の脇に2丁おいておき、間断なく2撃目を可能にしているのだ。
――バババババッ!!
3撃目。
これで一段落ではない。
背後で待機していた兵が鉄砲の弾込めを行っており、すぐさま次の砲撃を助ける。
千鬼城の『第二』の防御。
無限に続く鉄砲攻撃だ。
ちなみに鉄砲の弾や火薬は、ほぼ無数ある『設定』になっている。
といっても使いすぎれば、どこからか補充しなくてはならないだろうが、この程度の攻撃では弾切れの心配はいっさいない。
こうして鉄砲の攻撃は実に6撃にもおよんだ。
無論その間にも投石機での攻撃も何回か行われている。
石と鉄砲による遠隔攻撃――
攻め口が一箇所で、かつ直線的な相手なら、たとえ数万が相手でも絶大な威力を発揮するだろう。
そうふんでいたのだが、果たしてその通りになったわけだ。
「た、退却だ! たいきゃああああく!!」
遠くから声がしてきた。
兵長の一人が俺の元までやってきてひざまずく。
「織田軍、撤退開始! 追撃をいたしますか!?」
「いや、去る者追わずだ。それより勝どきを聞かせてやれ。その方が屈辱であろう」
「はっ!」
短く返事をした兵長が兵たちの中へと戻っていく。
そうして程なくして彼らの雄叫びが、千鬼城の空を震わせたのだった――
――えいっ! えいっ! おおおおおおっ!
――うおおおおおおっ!!
何度も続く勝どき。
俺はそれを耳にしながら、静かに凱旋丸にある本陣の方へと戻っていったのだった――
◇◇
こうして第一次千鬼城の戦いは、千鬼城と城尾護の完勝で幕を閉じた。
しかし、織田信長がこんなちっぽけな敗北で諦めるはずもない。
きっと近い内に『第二次千鬼城の戦い』が待ち受けているだろう。
城尾護はそう予想していた。
その予想はまさに的中することになる。
それは第一次千鬼城の戦いが終わって、わずか10日後のことだった――
二人の男が城から少し離れたところに、旅装束でやってきた。
無論、周囲に目立たないような変装をしているだけなのは、彼らの人離れした鋭い眼光を見れば明らかだ。
二人は雄大な城を見上げる。
うち一人の背の低いやせ細った男が大きな口を開いた。
「ほーう! これが『絶望の城』ってやつかね!?」
「いえ、違います。『絶望した人を受け入れる城』です」
淡々とした口調で色白で細身の青年が返す。
すると小男は大きな目を見開いて大笑いした。
「かかかっ! 半兵衛! お主は細かすぎじゃ! 略して『絶望の城』でかまわんじゃろ! かかかっ!」
「……して、いかに落としましょう? まさか正面突破、とかお考えではありませんよね? そんなことをしたら、佐久間殿と同じ轍を踏むだけでございましょう」
「かかかっ! そんな馬鹿な真似したら、信長様にぶっ殺されちまう! あれは信長様に信頼の篤い佐久間殿だから許されたことなんじゃぞ!」
「ふふ、それではまるで佐久間殿が阿呆のように聞こえます」
「かかかっ! 違う! 違う! それは間違ってるぞ半兵衛!」
「はて? では何が正解なのでしょう」
「佐久間殿は真っ当な城攻めをしたまでのこと。すなわち『阿呆』ではなく『普通』じゃ!」
「では秀吉殿は何なのでしょう?」
「わしか? わしもまた『普通』じゃよ! しかしのう、半兵衛! わしとお主を合わせればどうなると思う?」
「はて……? どうなるのでしょう?」
「かかかっ! もう分かっておろうに! 『天才』じゃよ! お主とわしが合わされば『絶望の城』とて楽に落としてくれよう! かかかっ!」
「ふふふ。それは私に対する重圧でございましょうか。いいでしょう。秀吉殿の願い、叶えましょう」
軽妙なやり取りを聞けば、彼ら二人の絆の強さがうかがいしれよう。
彼らの名は『羽柴 秀吉』と『竹中 半兵衛』。
言うまでもなく、羽柴秀吉は後の豊臣秀吉。そして竹中半兵衛は秀吉の良き友であり、軍師としても名高い人だ。
そう……。
次の千鬼城と城尾護に襲いかかるのは……。
後の天下人と攻城めの天才……。
羽柴秀吉、竹中半兵衛の二人なのであった――




