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デスペラードその一 青春を失くしたエロ侍①

 

 

 『デスぺラード』――

 

 その単語だけ聞けば、とある大国のミュージシャンが歌った古い名曲を思い浮かべるだろう。

 

 「ならず者」「はんぱ者」……。

 日本語に訳せば、ろくでもない人物をさす。


 だが語源は、異なる意味の単語だったらしい。

 その単語はこう訳されたそうだ。

 

 『絶望した人』

 

 と――

 

◇◇


 高校最後の夏休みも終わり、教室は受験モード一色に染まっている。


 練習づけだった運動部のクラスメイトたちも、今は机に向かって一心不乱にノートと格闘中だ。

 彼らにとって青春の全てをかけた高校最後の大会が終わったのだから、ごく自然な光景だろう。

 

 しかし、俺、城尾しろお まもるは違った。

 俺にとっての『高校最後の夏』は、10月に入った今でもまだ終わっていないのだ。

 

 この日の授業が終わり、多くのクラスメイトが引き続き補習に精を出す中。

 授業中に出された課題をやり終えた俺は席を立った。

 

「お先ー!!」


「おう! 城尾! あんまり『趣味』ばかりに熱中するんじゃないぞ! お前も受験生なんだから」


 担任で、歴史マニアの青西あおにし先生のダミ声が俺の背中にかけられる。

 だが、ニンマリと笑顔を向けてくれている彼も俺の良き理解者だ。


 俺の『青春』を応援してくれているのが、ひしひしと伝わってきた。

 

 自然と教室を出る足が軽くなる。

 廊下に出たところで、先生に一礼すると、次の瞬間には俺は「風」となっていた。


 廊下を抜け、校庭を横目に見ながら校門をくぐる。

 小高い場所にある高校から、一気に坂を駆け下りていく。

 見慣れた住宅街の景色を堪能することもなく、駆け足のまま10分ほど行けば自宅に到着だ。

 

「ただいまー!!」


 靴を脱ぎ捨てながら、大声をあげた。

 

「おかえりー。勉強しろよー」


 ちっ! 摩央ねえか……。

 今日も大学をさぼりやがったな。

 

 3つ年上の従姉弟、城尾しろお 摩央まお

 

 東京の大学に通うという理由で、田舎から出てきて、我が家に居候をしている彼女。

 まるで実の姉のようにお節介ばかり焼いてくる彼女のことが、俺は苦手なのだ。


 しかも怒らせると超怖い。

 だからあだ名は『魔王』。

 もちろん本人の前でそのあだ名を口にしたことはない。

 そんなことを言おうものなら、俺の命がないのは目に見えてるから……。

 

「おーい、返事は?」


「はいはい」


「はい、は一度でいいって何度言えば……」


「はい、分かってるって!」


 これ以上刺激を与えないためには、適当にあしらいながら一気に通り過ぎてしまうのが一番だ。

 なるべく音を立てずに階段を駆け上っていく。

 そして勢いそのままに、自分の部屋へと突入した。


 すると目に飛び込んできたのは、部屋の片隅にちょこんと座っている、俺と同じ高校の制服に身を包んだ、華奢きゃしゃな体つきの少女だった――

 

 

「……待機。まもるを待ってた」



 淡々とした口調に、冷たい視線。

 しかし俺にとっては17年間も慣れ親しんだもので、まったく悪い気はしない。

 むしろ彼女をここで待たせてしまったことを謝った。



「悪かったな。要領のいいお前と違って、なかなか課題が終わらなかったんだよ」


「……不要。言い訳はいいから、早く座って」



 彼女は俺の幼馴染、篠宮しのみや 結菜ゆいな

 俺と結菜は、同じ誕生日のお隣さん同士。

 生まれた病院から始まり、幼稚園、小学校、中学校、そして高校まで全て同じクラスという、「奇跡のくされ縁」の持ち主なのだ。

 

 その話を摩央ねえにしたら、

 

――なっははっ! それじゃあ、『お墓』も一緒になるかもねー!


 と、からかわれたことがある。


 その時は顔を真っ赤にして全力で否定したものだ。


 だが最近は「摩央ねえの冗談が本当になればいいな」と思い始めている。


 確かに結菜は整った顔立ちをしているし、料理も上手。人付き合いは苦手だが、俺にはいつも優しい。

 『熟語オタク』という特異な趣味と独特なしゃべり方は、少々くせがあるが、それも慣れてしまえばたいしたことはない。

 

 でもそういった彼女をかたどっている『外面がいめん』が心変わりの要因ではない。


 それはすごくシンプルで、彼女が隣にいない未来があまり想像できないのだ。

 

 もちろんそんなこと、小っ恥ずかしくて誰にも話してない。


 でも、俺は決めているんだ。


 俺の夢が叶ったその時は……。

 

 

「……開始。早く始めよう」



 しびれを切らした結菜の声が耳に入ってきたところで、ようやく我に返る。


「あ、ああ。すまんな」


 生返事をした後、急いで彼女の隣に腰をかけた。

 そうして目の前に広がる『俺の夢』と向き合ったのだった。

 

 

「……寸前。今日こそ『千鬼城せんきじょう』の完成」


「ああ、もちろんそうするつもりだ! あと少しだからな!!」



 制服のブレザーを脱ぎ、ワイシャツの腕をまくる。

 そしてわずか1mmの『小石』の模型をピンセットでつかむと、広大な『千鬼城』の中庭へと手を伸ばした。

 

 そう……。

 これが『俺の夢』だ。

 部屋の3分の2を埋め尽くす、巨大な『城』のジオラマ。

 

 その名も『千鬼城せんきじょう』。

 俺が名付け、一から十まで全て俺が考えた、戦国最強の城なのだ――

 

◇◇


――マモルくんは、ほんと手先が器用ねぇ。


 物心ついた時から、親戚の誰もがそう褒めてくれた。

 だから模型作りが大好きになるのは、ごく自然な流れであったように思える。

 それは同時に『城好き』になるのも同様であった。

 

 小学1年生の夏休み。

 家族旅行で訪れた姫路城を一目見た瞬間に、その美しさと雄大さのとりことなってしまった。

 

――いつかこんな城を作ってみたい!


 そんな壮大な夢を持った俺。

 こうしていきついたのは、「城の模型作り」だった。

 

 はじめは誰でも簡単に出来る、立体型パズルのようなものを組み立てたのを記憶している。

 しかしそれは決して俺を満足させるものではなかった。

 

 徐々に難易度の高い「ジオラマ」と呼ばれる、本物そっくりの模型を作るようになっていった。

 それは単に組み立てればいいというわけではなく、色をぬったり、時にはパーツの一部を削ったりもしなくてはならない。

 

 なけなしのお小遣いとお年玉を貯めては、実在する城のジオラマのセットを買って、模型作りに没頭する日々を送った。


 幼馴染の結菜は、漢字ドリルを片手にいつも側に座ってそんな俺を応援してくれていた。

 

 そして運命とも言える出会いを果たしたのは、高校1年になったばかりのことだ。

 その日は、結菜が「新しい辞書が欲しい」と言うので、二人で都心の大きな書店へでかけた。

 そこで初めて手に取った、模型専門雑誌の『ホビー・モデル』。

 その雑誌を通じて、俺の『青春』の全てをかける価値のあるものを見つけたのである。

 

 それは『全国模型大会』という、模型作りの日本一を決めるコンテストだった。


 『ホビー・モデル』の出版社が主催のこの大会は、年に1度開催され、応募締め切りは10月末日。

 様々な部門に分かれているが、俺はそのうちの一つである『ジオラマ部門』に青春の全てをかけることにしたのだ。

 

 高校1年の際に制作した『姫路城』は最終選考で落選。

 しかし、翌年の『マルボルク城(ポーランドにあるドイツ騎士団の城)』は受賞こそならなかったものの「奨励作品」に選出された。

 

 俺のジオラマ作りは、一歩ずつ確実に成長してきたと実感している。

 

 そうしてついに訪れた、高校生活最後のコンテスト。

 もちろん目指すは『大賞』だ。

 その為に、俺は一つの賭けに出た。


――日本の戦国時代を舞台に、実在しない城のジオラマを制作してみよう!


 誰も見たことがない難攻不落で最強の城。

 それこそが『千鬼城』であった――

 

 まずは『場所』を決めた。

 つまり日本のどこに城を建てる設定にするかを決めたのだ。


 俺はそれを琵琶湖の湖畔に決めた。

 当時の琵琶湖の小畔は、水運、陸運ともに京都へつながる重要な場所であった。

 現に織田信長の安土城、明智光秀の坂本城、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の長浜城と、超大物の本拠地がずらりと建てられていたのである。


 中でも琵琶湖の西側は京都からほど近い。

 その上、城の本丸を建てるにふさわしい適度な標高の山もある。 

 

 まさに日本一の城を建てるのに絶好なロケーションと、俺は考えたのだ。


 場所が決まれば、城の設計に取り掛かれる。

 当時は『縄張り』と呼ばれ、上手な『縄張り』が作れる人物は、名将として名を残した。


 黒田くろだ 官兵衛かんべえや、藤堂とうどう 高虎たかとら加藤かとう 清正きよまさなどは特に有名である。


 俺はおよそ2カ月かけて『縄張り』を練りに練った。

 そうして3ヶ月目にして、ようやく城造りに取りかかったわけだ。


 石垣の積み方は日本の様式を取り入れつつも、門は火に強い洋式を採用するなど『和洋折衷』とした。

 しかも制作したのは、「本丸」だけではなく、二の丸、三の丸、水堀、やぐらそして城壁などさまざまだ。

 さらには『総構そうがまえ』と呼ばれる、城下町や田畑なども城の一部とする形を取り入れたのだ。

 

 それは、城壁で囲われた『国』と言っても言い過ぎではないと思う。

 

 だが俺のこだわりは、それだけではない。

 兵士や武将はもちろんのこと、商人や農民、さらには馬や牛、船や馬車に至るまで、ありとあらゆるものを小さなフィギュアとして無数に配置したのである。


 

 こうして外周10メートルを越える巨大なジオラマは、ついに今日、完成を迎えようとしていたのだった。

 

 

「……完遂。最後に何を置くの?」



 いつも色のない結菜の瞳が、この時ばかりはキラキラと輝いている。

 結菜でさえそうなのだから、俺の目は他人から見れば真夏の太陽のようにギラギラしているに違いない。

 それでも興奮に任せて絶叫だけはしないように、声を抑えて答えた。

 

 

「最後はこれさ」



 ゆっくりと右手を広げる。

 そこには2体の人の模型。

 それぞれ目立つ着物をきた少年と、少女だ。

 それを見た結菜の目がかすかに大きくなった。

 

「……不明。これは誰と誰?」


 俺はニヤリと笑うと、震える声で続けた。

 

「この城の城主と……。友達……かな。誰だか当ててごらん」


 最後の『友達』の部分がすんなりと喉を通らなかったのはなぜだろうか。

 だが、そんな俺の戸惑いなど気に留めることなく、結菜はじっと模型を見つめている。

 そうして、しばらくした後、ぱっと顔をあげたかと思うと、かすかに頬をピンク色に染めた。

 

 

「……判明。まもると結菜!」

 

「当たりだ!」



 俺はそう返事をすると、ピンセットを使って慎重にフィギアを掴んだ。

 場所は「御殿」と呼ばれる城主が暮らす建物のすぐ目の前。

 そこに俺と結菜の二人の模型をセットしたところで、大きく息を吐いた。

 

 

「これで完成だ……」



 さすがに最後の最後はピンセットを持つ右手も震えてしまった。

 静かな感動が胸の中で脈打つ。

 しかしここで油断してはしゃいだら、ピンセットでジオラマを傷つけかねない。

 俺はぐっと心の手綱をしぼって、静かに右手を引いた。

 そしてピンセットをそっと床に置く。

 その直後、結菜の両手が俺の右手を優しく包んだのだった。


「……祝福。護! おめでとう!」


 久々に聞く結菜の弾んだ声。

 だがそれよりも彼女に握られた右手が熱を帯びすぎて、体がくすぐったくて仕方ない。

 

 完成したばかりのジオラマから、結菜へと視線を移す。

 自然と俺たちは向き合い、見つめ合う格好となった。

 

 普段から眠たそうにしている目。

 ふっくらした柔らかそうな唇。

 こんなに近くで見たのは生まれて初めてかもしれない。

 胸がドキドキして、頭が真っ白になっていった。

 

 

「結菜……。俺……」


 

 言葉が自然と口をついて出てきた。

 結菜は嫌がる仕草を見せずに俺のことを見つめ続けている。

 

 そうだ。

 もう言ってしまおう。

 

 ずっと隣で応援してくれていた結菜に、告げなくてはいけない素直な想いを――

 

 ……と、その時だった。

 

 


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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

【書籍化作品】念願の戦国時代へタイムスリップしたら、なんと豊臣秀頼だった!この先どうなっちゃうの!?
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