05 - 五千六百七回目 / 夢の世界は偽物になれるのか
「なら、どうして僕に、考える仕組みをつけたの?」
「あら、あなたがなにを言っているのか、姉さんわからないわ」
あれからまた、何度目かの目覚めを経て。
穏やかな笑みを貼りつかせた姉の姿に、僕は問いかける。
「でも、刺激的でいい話題ね。人工知能やデータも、人間のように、悪夢の中でも答えを求めたりするのかしら?」
わかっているのか、いないのか。
ただ、私はわかったことがある。
姉が、完全に同じ日を、避ける理由。
つまりは、ただのデータの再生の中にいることに耐えられないと言うことなのだろう。
実際、私は実践した。
あの日の再現を。寸分違わず。記憶にある僕のデータを、私が演じて、まったく同じ日々を繰り返した。
そして、その結果は、単純なものだった。
何度目かで、彼女は、否定した。言葉にもならない、狂気と力の行いで。
眠りにつく暇もなく、何度も、何度も、彼女が落ち着くまで。
私は、『僕』に戻るまで、僕を殺され続けたのだ。
――「ごめんなさい、やめなさい、ふざけないで、かえってきてよ……!」という、悲痛な姉の声とともに。
そこでわかったのは、もう、彼女は耐えられないということだ。
――決まりきった結末は、彼女の心を、なんども抉り出すだけになるから。
「今日のゆう飯は、なににしようかしら? あなたの好きなレパーとリー、がんばってつくるから」
なのに、弟とともに過ごす、まやかしの日々は欲している。
だから、変わりゆく能力も必要だ。そういうことで、私の意志は、不安定で可能性を求めている。
(……データ。データと言っていたな)
何百回目かの目覚めの時に、ふとそんなことを考える。
かつて人間だった時の記憶……いや。基となった人間の記憶から類推して、今の自分の状態を客観視する。
私は、どこかのデータバンクに保管されているのだろう。人間の記憶から考えるに、姉がこのシステムを造り上げたとは考えにくい。プログラミングや人工知能、そもそも機械が苦手な側面があったからだ。
(それも、かつての人間が死んだ、当時のものだが)
だから、外のセカイにいる姉は、かつての人間が知らないような知識を手に入れたのかもしれない。すると、外のセカイでは、どれだけの時が経っているのか計ることもできない。
そうすると、個人で組み上げた、パーソナルなシステムという可能性もある。人道的な観点から、他者を介在するのは考えにくいとも想われるからだ。
(どのみち、外部のプログラムに干渉できるような状態ではないのだが)
ただ、たびたび姉は、言動がおかしくなる。
姿形は年若い、あの頃のままなのに、まるで何十年も苦労を過ごしたかのような言葉を発することがある。
死んでいないはずの、両親の死。
学生なのに、何度も転職を繰り返したこと。
囲碁で人工知能が人間に勝利したニュースに驚きながら、お手伝いアンドロイドが呼んでも来ないことに怒ったり。
遠い国の戦争に怯えながら、知らない戦争で死んでしまった友人の名前を出したり。
そしてそれらを、私は、注意深く『僕』として答え、頷いてきた。
……この行為に、意味はない。
『僕』が、姉にできること。
「――おはよう。いい夢は見れたかしら?」
「おはよう」
慣れた口調で、私は『僕』を演じる。
今日の再現度と違和感を計算しながら、姉の後ろ姿を見る。
決して崩れない、姿形と仕草。何百回もの確認と、計算で想像しうる、完璧な姉のイメージ像。
ただその像の表情は、硬く貼りついた仮面のよう。
口元には笑みがあるのに、焦点の合わない瞳で食事を盛りつける姿は、奇怪でもある。
「きょうは、あなたのすきな、フレンチトーストよ」
話す言葉も、たどたどしい。こちらが受け取り分析する声は、年若い女性のものなのに。
推測でしかないが、もう、話すこと以外に集中できないのかもしれない。
「おまたせ。今日は、なにをしましょうか」
「そうだね……」
弟でも、データでもない、入り交じった私の意識。
『僕』は今日も、哀しい人間のために日々を過ごす。
「今日は、出かけてくるよ。友達と、一緒に」
決して慰められることのない、過去の記憶をなぞりきれない。
彼女と、叶うことのない『僕』のために、かりそめの時を過ごす。
よく似ているようで、重ならない。
つかめない答えを求める、人間のためのニアイコール・タイムを。