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ニアイコール・タイム  作者: 子無狐
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04 - 十八回目 / なにを求め夢を見るのか

「――おはよう。いい夢は見れたかしら?」

 この朝は、どうしても、やってくる。

 何度目かの自殺と、自発的な行動の放棄。それを繰り返した結果、想いついた単純な答えだった。

 彼女が、憎まれていた弟と、少しだけ違うあの日を過ごしたいというのであれば。

 それは、とても単純なことで、変わるかもしれないと想いついたのだ。

 だから私は、今までに為していない、別の方法をとることにした。

「姉さん。大好きだ」

「……えっ?」

「一緒にいよう、楽しいよ? ずっと、僕を守ってよ。大切な、弟でいるから」

 そうだ。

 データとして造られた私は、なら、姉の望む僕になろう。

 こんなことが、いつまで続くのか。

 いっそ、ただ同じ動作を繰り返す人形のようであれば、悩む必要などなかったはずなのに。

 だから隷属して、媚びへつらって、この姉の影が私に満足すれば。


 ――本当に、あちらが、夢から覚めてくれるのかもしれない。


「姉さん、出かけよう。一緒に、楽しい場所へ。ずっと、ずっと、ずっと……!」

 姉を愛し、姉に従い、姉の言葉を待ち、姉の食事を味わい、姉の仕草に感嘆し、姉の金髪をうらやましく見とれて、姉の瞳に射抜かれることを待ちこがれ、姉の吐息を香しくかぎ――


「あなたは、偽物ね」

「えっ」


 呆気にとられた思考を走らせ、行動に現れるより前に。

 ざくり、と、頭部に硬い感触が冷たく伝わる。

 眼の先から頭上まで、沸騰するような熱さが吹き出している。

 痙攣する私の眼が、かろうじて捉えたもの。

「それは、誰の言葉?」

 問いかける姉の、冷たい顔と。その手に持った包丁が、僕の額に刺さっているという、事実。

「あの子は、そんな言葉、いうはずがない」

 そしてその実行者からは、なぜか、いつもの三日月の笑みが消え失せていた。

 ――むしろその顔こそ、新月の闇に隠れた、彼女の本当の顔なのかもしれない。

 視界に混じり始めた、血の世界。その向こうで、姉は。

「混じりすぎた? あぁ、でも、そうしないとコピーのcopyのこぴーのkopi-の……」

 今までに見たこともないほど、眼を血走らせ。髪をかき乱し。息を荒げながら、周囲の家具や食器を叩き壊していく。

 つむぐ言葉は、理解不能。壊れた再生機器のように、コピーらしき言葉を繰り返す。

 ……理解不能なのは、私の今回の限界か。

 そして、意識がまた断絶される、再生の少し前。

 自分の顔を両手で抑え、まるで念じて言い聞かせるように、姉が呟く。

「愛されなくてもいいの。だって弟は、私を愛してなんか、いなかったんだから……!」

 ――はたして、そうだろうか? 僕は、姉を愛していなかったのだろうか。

「だから、あの日のキミハ、ソンナコトヲ言わない」

 だが、もう私に、その真偽はわからない。――いや。目覚めたあの日から、すでに僕ではない私には、始めからそれを知る術はない。

「私が過ごしているのは、あの日の君との、何気ない日。君が逃げる前の、穏やかだった最後の日」

 なぜなら私は、『僕』のデータを元に、彼女と夢を繰り返す幻に過ぎないのだから。

 ――最初から、答えを与えられるようには、望まれていないのだから。

「あの日が壊れる、可能性なんていらないの。そんな怖いもの、みんな、消えてしまえばいい」

 ――弾き出した答えが、吹き飛びそうな散り散りの意志のなか、浮かび上がる。

 ――壊れるはずなどないことに、彼女は、気づいているのだろうか。

「好かれたって……偽物、なんだから」

 姉の幻影。

 『僕』の袋小路。

「だったら、知っている答えと記憶を、繰り返したいだけなの。ずっと、ずっと、ずぅぅぅぅぅぅっと……!」


 ――始めから、直ることなど、想定されていないのだから。


 それに、なんの意味が、あるのか?

 だが、それを問うこと自体、意味なんかないのだろう。

 つまりは、変わらないための、おままごとでしかない。


『姉の愛情により死んでしまった、弟との最後の一日』


 姉が欲しいのは、そんな過去の記憶の再現なのだ。

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