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眠れる女王と常冬の国  作者: 調彩雨
第二章 解を識る者
8/8

2-3

痛い描写があります

苦手な方は覚悟の上でお読み下さい

 

 

 

 ある夜のこと。


 真下から響いたがんっと言う大きな音で、レラシウは飛び起きました。


「……ってぇ」

「ちょ、シキヒ?」


 二段ベッドの上の段から、下にいるシキヒを覗き込みます。どうも飛び起きて頭をぶつけたらしいシキヒは、しばらく頭を抱えて唸っていました。


「……大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」


 あまりに痛そうで訊ねたレラシウに、顔を上げたシキヒが少し涙目で答えます。


「どうやら本当に時間がなさそうだ。このままだと早晩に滅びるぞ、あの国」


 寝起きで頭が回っていなかったレラシウは、数秒言葉の意味を取り損なっていましたが、


「…………え?そっち?」


 どうやら自分の問いはべつの方向で答えられたらしいと気付いて、呆気に取られました。

 泣くほど痛がっていたのに、シキヒがいちばんに気にするのは見放したかに見える四季の国のことなのです。


 まだちょっと涙目のまま、シキヒが不審そうにレラシウを見上げます。


「そっちって、そっち以外にどっちがある」

「だって、ぶつけていただろう、頭。俺はそっちを心配したんだが」

「頭」


 つぶやいたシキヒがぱたぱたとまばたきして、そう言えば痛いな、と答えました。


 ああ、結局は役目から逃れられないんだな。レラシウは少し神を呪って、ベッドから飛び降りました。


「見せろ。手当てするから」

「ん」

「ちょ、どんだけ強くぶつけたんだ。コブになってるぞ」


 レラシウが薬箱を取り出して手当てを行うあいだ、シキヒはひどく難しい顔で考え込んでいました。


「よし。もう動いて良いぞ。……シキヒ?おーい、聞いているか?」

「……」


 反応しないシキヒに、もしかしたら帰るかもしれないなと、レラシウは予想しました。相談にくらい乗ろうと、眠らずにシキヒが戻って来るのを待ちます。


 暇なので、シキヒの爪に爪紅を塗ることにしました。手を取られても、シキヒは気付きません。

 もうそろそろ両手の爪が染め上がるころになって、ようやくシキヒが現実に意識を戻しました。


「……お前、何をやっているんだ?」

「え?暇潰し?」

「暇潰しでひとの爪を黒くするな」

「よく見ろよ。黒じゃない。夜の闇の色だ」


 言われてまじまじと自分の片手を見たシキヒが、ついと目を細めます。そのあいだにレラシウは、もう片手の爪を染め終えました。


「乾くまで弄るなよ?で?帰る気にはなったのか?」

「お前……まあ良い。嫌いな色じゃない。それと、帰る気はない。帰っても、僕に出来ることはない」

「……そうか。それにしても」


 予想は外れで当たりだと思いながら、レラシウは、にっと笑いました。


「まだ、帰る場所だとは、思っているんだな?」

「……それは、まあ、な」


 シキヒは歯切れ悪く言ったあとで、深く溜め息を吐きました。ふて腐れたように頬杖を突いて、むすっと吐き捨てます。


「帰る場所だろうが滅びれば良いと思っている。そのことに、偽りはない」


 ただ。


 付け足して、シキヒは目を伏せました。痛みをこらえるかのように、眉が寄せられます。


「あの国には、守りたいひとがいるから」

「…………まじか」


 レラシウが呆然とこぼします。


 神に役目を与えられ、ひとから逸脱させられた者たち。

 彼らは得てして、感情が鈍くなります。上に立つものや、世界を管理するものが、自分の感情に振り回されては困るからです。もちろんゼロになるわけではありませんし、民に寄り添う必要のある国王や、民のことを理解する必要のある魔女などは、比較的感情も強く出るようですが、シキヒは法の番人です。本来ならば、誰よりも感情に乏しく、誰かひとりに感情を向けるなどあり得ないはずの存在です。


 そんな人間に、守りたいなどと言わせる存在。そんな人間が、守りたいと口にするほどの、強い想い。


 奇跡だとすら感じて、レラシウはシキヒを見つめました。


「羨ましいな」


 つぶやいた言葉は、こころからの本音でした。


「誰かを守りたい、なんて、そんなの、そんな気持ち、俺はとうの昔に忘れたよ」

「ああ。そうだな」


 シキヒが頷いて、ほんのわずかに口許をゆるめます。


「僕も、忘れてただろうな。もしも、イフケがいなければ」


 細められたシキヒの瞳の奥に、燃えるような熱が宿りました。


「あの子は。あの子だけが、僕をひとにしてくれる。あの子を思うときだけは、僕は魔法使いなんかじゃない、ただの男でいられる」


 イフケ、と、舌が融けるほどの甘さで吐き出してから、シキヒは表情を改めました。


「だからこそ、あの国が憎い」


 宣言した瞳には、先程までとは異なる、怒りの熱がゆらいでいました。


「……つまり、お前の守りたいのは」


 レラシウの問いに口許をゆがめて、シキヒは逆に問い掛けました。


「なあ、レラシウ。役目を失ったら、僕たちはどうなるんだろうな?」


 偉大な賢者さまと言われているのに、レラシウはその問いへの答えを、持ちませんでした。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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