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序章の少しあと
一章で夏と秋の女王が魔女を訪れる少し前のお話です
季節の塔を訪れた魔女を振り向いて、冬の女王はゆるく微笑みました。
「いらっしゃい」
その微笑みは温かく、優しいものでした。いつもです。いつも、冬の女王は優しく温かく、誰であろうと包み込むように受け入れてくれるのです。
若きもの、老いたもの、富めるもの、貧しいもの、ひと、けもの、植物、どんなものにも等しく訪れる、死、そのもののように。
死は、終わりであるとともに、許しでもあるのです。
けれどいつもと変わらぬ笑みを浮かべるその顔は、目に見えてやつれていました。
時間を回す作業は、決して重労働ではありません。朝と、夜を、交互に呼ぶ。それだけの作業です。けれど、四人の女王にしか出来ない大切な仕事であり、気の抜けない大変な仕事です。
もし、一日でも仕事を忘れたり、怠けたりしようものならば、国中の時が狂い、めちゃくちゃな世界になってしまうのですから。
そんな仕事を冬の女王は、二年以上、一日も休まず続けているのです。
たとえ身体は疲れないとしても、一日も気を休められない日々は、冬の女王の心を疲れさせました。そんなつらい仕事だからこそ、女王さまだけ四人もいて、年の四分の一しか仕事をしなくて良いようにしている、いえ、していた、のです。
「いつもの、食事、持って来ましたよ」
「ありがとう」
季節の塔に入れるのは、女王さまがひとりと、魔女だけです。
いつもならば、滞在中の食事は女王さま自身が塔にやって来るときに持ち込むのですが、春の女王がやって来なかったために、冬の女王が持って来ていた食事は、すべて尽きてしまっていました。そのため、こうして魔女が持って来て、冬の女王に渡しているのです。
食料庫に食べものを持ち込んだ魔女は、その中を見て顔をしかめました。
速足に戻って来て、冬の女王に言います。
「あなた、ぜんぜん食べていないじゃないですか」
「……お腹が、空かなくて」
目をそらす冬の女王に、もどかしそうな顔で魔女が言います。
「わたしに言えたことではありませんが、どうかご自愛ください。あなたにまで倒れられれば、この国は……」
滅びてしまう。
その言葉を続けられなかった魔女に、冬の女王はただ優しく微笑みました。
「あなたも、無理をしては駄目よ?」
冬の女王が、優しく魔女の頭をなでました。魔女がくしゃりと、顔をゆがめます。冬の女王の胸に飛び込めば、優しい手が、魔女の身体を包みました。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、魔女が言葉を紡ぎます。
「ごめんなさい。わたしは、なにも、出来なくて……っ」
「あなたのせいではないわ。だから、一緒に頑張りましょう?あなただって、倒れては駄目なのよ?」
胸にすがって泣く魔女を、冬の女王は穏やかに、慰め続けました。
ひとしきり泣いた魔女が、照れたように身体を離します。
「ごめんなさい。いちばん大変なのは、あなたなのに」
「良いのよ。あなたは、王さまを支えてあげて。あなたが疲れたときに休む場所くらいになら、妾がいくらでもなるから」
冬の女王は温かい笑みで、魔女を送り出します。
少し明るい表情になった魔女を見送り、冬の女王は夜を呼びます。
静かな夜の闇のなか、銀色に光る雪を見つめて、冬の女王は言いました。
「あなたひとりのせいではないの。全員が気付かなければ意味がない」
冬の女王のつぶやきは、雪に飲まれて消えて行きます。
「このまま、あなたたちが気付かないのならば、妾の命は絶えるわ。そしてそれは、そう遠い未来の話ではない」
冬の女王さまが、夜闇のような勝色の瞳を、そっと閉じます。
「もう、時間がないわ。どうか、気付いて」
誰にも届かない、小さな小さな叫び。それはまるで、祈りのようで。
目を開けた冬の女王は、優しい笑みではありませんでした。
焦がれるような、夢見るような、それでいて、とても寂しげな。
「それでももしも、もしも間に合わなくて、妾が、いいえ、わたしが命を喪うとしたら」
夜の闇に手を伸ばし、冬の女王は言いました。
「最期くらい、わたしとして生きても良いかしら?ねえ、―――」
最後の言葉は喉を震わせず、形を持たないまま飲み込まれました。
ふたたび目を閉じ、優しげな笑みを浮かべた冬の女王が、外の闇と同じ色の瞳で世界を見据えます。
「最期の最期のその時まで、妾は冬の女王として、与えられた役目をまっとうしましょう。だからどうか」
取り返しのつかなくなる前に、森の木が枯れる意味を、思い出して。
冬の女王は塔の窓からゆっくりと世界を見回すと、踵を返して眠るしたくに掛かりました。日が暮れたら眠る。それが冬の女王の生活習慣です。なにせ、彼女が寝坊すれば、この国に朝がやって来ないのですから。
雪の深い夜、また、国のどこかで、いくつもの命が消えて生きました。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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