4話「変態自己厨は悲しい現実に涙する」
目の前に広がるのは中世ヨーロッパのような街並み。
建物は石造りで、まだ朝ということもあってか人通りは少ない。
そんな中でもよく目立つのが、革や金属で作られた鎧を身にまとい、武器を装備している戦士たちだ。
『討伐者』。
モンスターを倒して報酬を貰う職業のことをこの世界にではそう呼ぶらしい。
ようは冒険者みたいなものだ。
そして今俺が歩いているこの街は、第二の武装都市『チェルノボグ』。
武装都市というのは簡単に言えば討伐者が拠点とする都市で、チェルノボグを入れて5つある。
「ここか……でけえなぁ……」
そうこう言っているうちに目的地に到着した。
俺はまるで城のような大きさの黒い建物を見上げ、感嘆の声を漏らす。
討伐者第二学園シュヴァルツ。
討伐者を育成する学校で、ようは魔法学校のような場所だとリラが言っていた。
討伐者育成学園は各武装都市に一つずつ存在する。
討伐者志望の人間は15歳、ようは日本だと高校に入学する歳になると、いずれかの学園に入学するのだという。
機関に入らずにいきなり討伐者としてやっていくこともできるらしいが、死亡率が格段と上がるらしい。
もっとも学費の関係で入学できない人間も多くいるようだが。
この世界と日本とでは季節に若干のズレがあるらしい。
日本が夏のこの時期、この世界は春を迎えるのだ。
しかし時間の流れは同じとのことで、俺がここで生活している今も日本では同じように時間が流れている。
都合よく、俺が日本で死んだ直後の時間に転移することはできないらしい。
もっとも、俺が再び日本に戻るのはかなり難しいらしく、戻る気もないのでどうでもいい話だが。
そんなわけで、今日はこの学園の入学式。
リラからこの学園に入学するよう言われたのだった。
「さてと……中に入るかな」
俺は緊張半分、わくわく半分といった心持ちで学園に足を踏み入れた。
◇◇◇
「いやぁ……制服がカラフルとか新鮮だなぁ」
場所は変わって学園の校舎内。
現在は入学式の会場である講堂に向かっている途中だ。
俺以外にも沢山の新入生が講堂に向かっていて、校舎内は生徒で溢れている。
そんな中で俺が感心しているのは制服の色だ。
この学園の制服はネクタイやリボンがなく、胸の部分が開いていないジャケットタイプ。
十字架などの装飾が施されている中々格好いい制服だ。
そして驚くべきことに色を生徒が自由に選べる。
そのため、沢山の色の制服の生徒がいて見ていて楽しい。
そんな中、俺の制服の色はというと限りなく黒に近い灰色。
ダークグレーというやつだった。
いくら俺がこの世界に転移してきたのが入学式の一日前で、それから色を選んでいたのでは制服の完成が間に合わないとはいえ、何でこんな微妙な色なのかと一応リラに聞いてみた。
するとどうやら、この学園に入学するには試験を受ける必要があるらしく、それを免除して入学できる代わりにこの色の制服を着ろと学園側から指定されたらしい。
何やら嫌な予感がするが、それを今気にしたところで仕方がないだろう。
そんな感じで他生徒の制服を眺めているうちに、講堂に到着した。
壁に紙が貼られていて、そこにクラス分けが書かれている。
どうやら俺のクラスはEのようだ。
ちなみに、日本とこの世界とでは異なる言語が使用されているが、言語習得魔法というものをこの世界に転移する時にかけて貰ったことで、俺は完璧にこの世界の言語を理解している。
講堂の席は前側の席が生徒、後ろ側の席が保護者となっていて、前側の席の真ん中が新入生、左が二年生、右が三年生ということだった。
ちなみにこの学園も日本の高校と同様、三年間で卒業となる。
Eクラスの席は真ん中の中でも一番右端。
俺はそのエリアの空いている席に腰かけた。
「……?」
気のせいだろうか。
俺だけではなく、Eクラス全体に視線が集まっている気がする。
それも、何やら悪意の伴った視線が。
……考えすぎか。
「それではこれより、討伐者第二学園シュヴァルツの入学式をとり行います」
そんなことを考えていると、檀上から開式宣言が聞こえる。
どうやら入学式が始まったようだ。
壇上には司会の男性が立っている。
マイクを使っているわけでもないのに講堂全体に声が行き届いているのは、何か魔法でも使っているのだろうか。
「学園長式辞。学園長、よろしくお願いします」
壇上にいた司会の男が舞台裏に去り、代わりに一人の男性が現れる。
締まりのないだるんだるんな体形に禿げ頭の中年のおじさんだ。
「……えぇ……」
俺は周りに聞こえない程度に落胆の声を漏らす。
いや、だってさ。
魔法学園の学園長は美少女ってのが相場だろ。
それがこんな臭そうなおっさんだなんて……。
ここがまるでフィクションのような異世界だとしても、現実であることには変わりないことを改めて認識した瞬間だった。
「初めまして。私が学園長のシット=エクスクリダだ。新入生の諸君、入学おめでとう」
学園長は始めにそう挨拶すると、長々とした話を始めた。
校長の話が長いのはどこの世界でも共通らしい。
うへぇ……なんて思っている一方で、学園長にただならぬ気配を感じてもいる。
いや、当然戦士の学園の学園長なんてやるくらいだから、相当の戦闘能力の持ち主ではあるんだろうけど。
そういう意味ではなく、曲者といった感じが学園長からはするのだ。
出来る限り関わらないでおきたい相手だが、きっとそういうわけにもいかないんだろうな、と直感する。
何となくだが、俺と奴は遠くない未来に敵対している気がするのだ。
そんな漠然とした予感を抱えながら、俺はその後の長い時間をやり過ごした。
学園長の話が終わった後も、様々な人物の祝辞が延々と続いた。
そして、開式から約2時間が経過した頃。
「生徒会長祝辞。生徒会長、よろしくお願いします」
生徒会長という響きに俺は美人な先輩を彷彿させてわくわくと待っていたが、檀上に現れたのはまたもや男だった。
青い制服に身を包んだ金髪の美少年。
優男といった感じの男が我が校の生徒会長だった。
「新入生の皆さん、こんにちは。僕がこの学校の生徒会長、ジーク=クレイクスです」
生徒会長が微笑みながら挨拶する。
今にも黄色い声援があいこちから飛んできそうだ。
さすがに入学式でそんなことは起らないけど。
「自慢みたいになってしまいますが……この学園の生徒会は全生徒の中の上位5人で構成されます。更により強い人間が高い役職に就けます。つまり、僕が学園最強です」
みたいじゃなくて自慢じゃねえか、と頭の中で悪態をつきながらも、俺は生徒会長のことはロクに見ていなかった。
俺が見ていたのはその後ろ。
並んでいる他の4人の生徒会役員の中の一番右、位置的に恐らく副会長かと思われる女生徒だった。
黒い髪を長く伸ばしていて漆黒の制服に身を包んでいる彼女は、何というか大和撫子といった感じの美しさを備えていた。
その先輩に見惚れていたというのもあったが、もう一つ。
なんとなくだが、彼女の方が生徒会長より強いのではないかと思えたのだ。
力を見分けるアビリティなんて持っていないし、戦いの経験も皆無なのだから、でたらめな勘に過ぎないけれども。
彼女には何かがあると、そんな気がしていたのだ。
「――さて、最後に」
気づけば、生徒会長の話は後半に差し掛かっていた。
最後くらい聞いとくか。
「この学園は完全な実力主義です。そのため、レベルの大きさでクラスが分けられています。そして、今後の成績如何によって、クラスが上下します。皆さん、そのつもりで頑張って下さい」
そう言って話を締めくくり、生徒会長は檀上から去っていった。
ああ、なるほど。
俺が感じていた視線は気のせいなんかではなく。
A~Eの中で一番下のE、落ちこぼれに対する蔑みの視線だったのだ。
……この世界での初めての試練は、学園内での下剋上になりそうだな。
そんな風に思った。
遂に学園編に入っていきました!