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非国民への召集令状

作者: 京介

 僕はテレビをつけ、ニュースにチャンネルを合わせる。眼鏡をかけた特徴のあまりない顔をしたニュースキャスターが画面にあらわれ、淡々とニュースを読み上げている。僕は普段ニュースをあまり見ないのだが、最近は気になる話題があるので、よく見ている。

 今、この国は大きな転換期を迎えている。

 我が国の根幹となる法律が改正されようとしているのだ。

 この国は今まで、戦争をすることができなかった。法律でそう決められていたのだ。武力は持っている。兵隊もいる。だがそれはあくまで自国を守るためだけに存在しており、自分から戦いを仕掛けることなどできない。

 つまり、攻撃されない限りは何もできないのだ。

 こちらに犠牲がでないと攻撃することもできない。

 僕はそれがひどく不満だった。

 先制攻撃ができないのは、この国の軍が、あくまで国民の生命と財産を守るためだけに存在しているからだ。しかし先制攻撃を受ければ、当然、自国民の生命と財産に被害がでる。民間人はもちろんのこと、軍人だってこの国の人間だ。彼らに被害が出ていいわけがない。

 そういった現状を鑑み、この国の法律を改正しようとしている動きが最近、活発になっている。

 法律の改正により我が国の軍隊は先制攻撃が可能になる。つまりこちらから戦争を仕掛けることができる、普通の国の軍隊になるのだ。

 かつて、大きな戦争に敗北し国内に甚大な被害を出した我が国はひどい戦争アレルギーになってしまった。だから、法律の改正に反対している人間も多い。彼らの中には、国民が徴兵されるようになるぞ、となかば脅すような主張をする者もいる。

 とんでもないことだ。そんなことがあるはずがない。

 兵器や戦闘の知識がない一般人を徴兵したところで、何の役に立つと思っているのだ。一流の兵隊を育て上げる苦労やコストを考えれば、もはや徴兵が戦争における有効な手段でないことは明らかだ。

 だから徴兵などありえない。そんなことすら理解せず「徴兵があるぞ!」などと主張している奴らがいることに僕はうんざりしていた。

 だが、そんな奴らのことなどもうどうでも良い。法律の改正はもう目前だ。反対派がいくら騒いだところで、もう遅いのだ。

 たとえ戦争になったとしても、僕のような非戦闘員が戦争に行くことはない。戦争は戦争のプロに任せておけばいい。それが国民にとっても国にとっても、最もいい選択なのだ。

 僕は法律が改正される日を心待ちにしていた。


    *


 法律は無事改正され、我が国はきちんと戦争ができる国になった。

 そして数年後、我が国が他国に戦争を仕掛けた。戦地へ兵隊が次々に送られていった。

 しかし、思いもしないことが起きた。

 国が、若い国民に戦争への召集令状を出し始めたのだ。僕はひどく戸惑った。非戦闘員を兵隊として召集するなんて、そんな非合理的なことがあるとは、考えもしなかった。

 そして僕のものにも召集令状が来た。


    *


 僕は軍服に身を包み、直立していた。僕の前後にもたくさんの若者が直立不動の体勢でいる。厳めしい顔つきの中年の男が、若者たちの間をゆっくりと歩いている。男は一人ひとりを覗き込むように見ている。しかし動いてはいけない。動いたら鉄拳制裁が待っている。やがて男は僕の前まで来た。僕の顔を睨みつける。委縮した僕は少しだけ動いてしまう。

「貴様! 動いたな!」

 男は拳を僕の顔に叩きつけた。僕は後ろに受け身を取ることもできずに転がった。

「こんなことすらできないようでは、戦場で戦えんぞ!」

 納得がいかなかった。ただの人間が簡単に兵隊になれるわけがないじゃないか。なんで国はこんな無駄なことをしているのか。僕は腹が立ってきた。

 僕は立ち上がると男を逆に睨みつけた。この男は僕の上官にあたるわけだが、そんなことは気にならなかった。

「なぜです! なぜ僕が召集されたのですか。こんなのおかしいです」

 上官は顔を怒りに歪めた。

「そんなことは決まっている。今、我が国は戦争をしているのだ。国民が国に奉仕しないでどうするというのだ!」

「こんなの合理的ではありません。一般人を兵隊に育てるなんて。とても時間がかかります。そんなことをしているうちに、戦争が終わってしまいます」

「誰がお前らを兵隊に育てると言った」

 上官の言葉の意味が、僕には分からなかった。上官は僕と、僕の周りの若者を見渡した。

「いいか。俺はお前らを兵隊にするなどとは考えていない。そんな悠長なことをしている暇はないのだ。これは戦争だ。絶対に負けるわけにはいかん!」

「どういう意味ですか。僕らは兵隊になるためにここに呼ばれたんじゃないんですか」

「違う」

 上官は低い声で言った。

「お前らは戦場に送られる。銃を持ち、兵隊のなりをしてな。しかし、お前らは役立たずだ。お前らみたいなやつらが十分に闘えるわけがない」

「では、なんでそんなことを……」

「戦地で死ぬためだ」

「死ぬ……?」

「お前らは戦地の最前線で、一流の兵隊の弾除けとして働くのだ。戦争は消耗戦だ。貴重な兵士を無駄にするわけにはいかない。もっとも危険な最前線を、お前たちは切り込んでいくのだ。お前らが切り込み、敵を殺し、自分も死ぬ。そして敵の戦力を削いだ後に、一流の兵隊が突入していくのだ。安心しろ、お前らの死は決して無駄にはならない」

「そんな……そんなことが、許されて良いのか」

「許されるのだ。戦争なのだからな」

 上官は僕を睨みつける。

「お前を含め、ここに召集されているのは、国にとって役に立たない不要な奴ばかりだ。働かぬもの、学ばぬもの、遊んでばかりいるもの。生産性の無い奴らばかりだ。貴様らは非国民だ。だがそんな屑どもが初めて国のためになることができるのだ。国は貴様らのような非国民どもに働き場所と死に場所を用意してくださったのだ。感謝しろ」

 僕はその場に崩れ落ちた。まさか自分が戦争に行くことになるなんて、しかも死ぬことが前提になっているような危険地帯に送られるなんて思ってもいなかった。国は、国民の生命と財産を守る存在ではなかったのか。

 上官は僕から目を話すと、他の人たちを見回した。

「お前たちはこの戦争で間違いなく死ぬだろう。だが、お前たちの死により国は戦争を有利に動かすことができる。お前らは生まれて初めて、その命に代えて国の役に立つことができるのだ! 安心して死んで来い!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 局地戦以外にしかならないし、基本防衛は海自設定が無茶しすぎ ちっとも共感できないよ
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