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夕陽ヶ丘爽太の(非)日常 The early birds catches the worm.#6

「…ただいまー」

 俺はそんな常套句を言い、我が家の玄関の扉を開け中に入る。

「お帰りなさいませ、お兄様」

 すると朝日が膝を折り、俺を出迎えてくれた。

 …うん、いいなこういうの、何だか家族って感じがしてさ…。まぁ、家族なんだけど。

「ああ、ただいま朝日。…夕日は?」

 俺は靴を脱ぎ、それを手で揃えながら問う。

「…お姉様はまだ、部活動の方で走られております。ですから、今は(わたくし)一人だけです」

 俺が問うと朝日が優しい声色で俺に答えてくれた。

「…あぁ、もうじき鍛錬昇戦(オッツ・キイム)だもんな」

 俺は納得したように頷く。

 鍛錬昇戦(オッツ・キイム)とは一年に一回開かれる東都学園都市中の高校による定期戦である。

 この定期戦の勝利校はトロフィーを獲得し、一年間、全高校の王者として称えられる。毎年22校が出場資格を与えられ、その他の高校は傍観することしか出来ないことが特徴だ。

 11の異なる戦場を22の強豪達が覇を競い争う光景は、いつ見ても格別と云えるもので、実際に観光客も見に来るほどなのだ。今ではこの東京都の一大行事と言えるだろう。

 まぁ今回その鍛錬昇戦が約一ヶ月半後、つまり七月の上旬に控えているのだ。(忘れていたが、今は六月三日だ)

 去年の優勝校と準優勝校は無条件で、次の定期戦の出場権を獲得出来るが、それ以外はそうとはいかない。他は、今から1週間後に開かれる大会で勝ち残らなければ出場権を得ることは出来ないのだ。

 こういった勝負事が三度の飯より大好きな(いや、同じくらいか)我が妹、夕陽ヶ丘夕日は光郭学園に残り鍛錬しているという訳か…。

「今年は光郭学園も本格的に参加するみたいだしな。夕日も張りきってるって訳か」

 昨年、光郭学園はバタバタしていたため、参加自体取り止めていた。しかし、今年は参加に前向きであり、選手の調整、練習場所の借用などを学園側が買ってでるなど積極的に協力している。

 (鍛錬昇戦(オッツ・キイム)、初出場で勝手が分からないとしても、一応結果は残せってことか…)

 …と俺はそこまで考えて、ふと疑問に思った。

「…あれ? 朝日は今回、鍛錬昇戦(オッツ・キイム)に出ないのか?」

 その疑問を俺は、この大人しめの妹にぶつけてみた。

 …実を言うと、我が妹達は光郭学園のエリートなのだ。昼も言ったが、光郭学園は九割が無能だ。しかし、ともすれば残る一割は無能ではないと言うわけで、その一握りのエリートの内の二人が、我が妹達、夕日と朝日なのだ。

 しかも凄いことに、ここで言うエリートとは光郭学園に留まる話ではなく、この東京都においてもエリートなのである。

 (ランク)にすればA+++で、更にS以上は今この都市にいない点から考えると、彼女達は正にこの都市最強の魔術師なのである。

「はい。私はあのような勝負事に興味はありませんから。ふふ、お兄様と同じようなものです」

 朝日は女神のような微笑みを魅せて、そう語る。

「……うーん、俺の場合興味がないってより、まず校内選考に残れる自信がないっていうかな…」

 俺は頬をポリポリと掻きながら言う。

 ここまで大きな大会となると当然、それぞれの高校内でも選抜メンバーを決める選考会が催されるだろう。高校の面子というものが関わってくるのだから、その日その日に出るメンバーが変わって良いはずがない。

 それは光郭学園と云えど例外ではないだろう。如何にイロモノばかりを集めていると謗られていても、そのくらいの矜持と云うものはもっているはずなのだから。したがって、俺のような無気力な無能が勝ち残って良い訳がない。

「そんなはずはありません! 私のお兄様は皆コテンパンにして必ずや夕日お姉様と共に出場できるはずですっ!」

 俺がそんなことを言うと朝日は、俺を押し倒さんばかりの勢いで近付いてくる。

 朝日は俺のことになるとときたまこのように周りが見えなくなってしまうという悪癖を持っていた。この悪癖のせいで、俺が何度大変な目に遭ったか数えきれないかもしれない…。

「ははは、能力無しで倒したったって誰にも認めてもらえないだろ」

 俺は苦笑いを浮かべ、朝日から距離を取る。

 そう…そうなのだ。能力が使えなければ意味がないのだ。これはあくまでも、魔術師としての技能を競う大会であり、俺のような無能が参加し、倒しても全く何の意味もないのだ。

「…お言葉ですが、お兄様。お兄様の平伏すべき刃(ヒドラ)を使えば――

「朝日ッ!!!」

 俺は思わず声を荒げた。

その瞬間、ビクッと朝日の体が縮こまる。

「"あれ"は二度と使わないって言っただろ。"あれ"は一歩間違えれば人を簡単に殺す力だ…本当は、俺が持ってちゃいけない力何だぞ。…それに、俺は"あれ"が原因でこんな風になったってこと、忘れたのか?」

 俺は柄にもなく怒っていた…。昼休み、臣士に対して怒った"冗談の怒り"ではなく、そう、人としての"本気の怒り"で。

 そう、俺にとって見ればこの話題はそれほどまでに重大なものだったのだ。

そう、愛すべき妹を怒鳴るほど。いや、愛すべき妹だからこそ怒鳴ったのかもしれない。

 …俺はこの力をそんな軽々しく、家族に口にして欲しくなかった。

「も、申し訳御座いません、お兄様…」

 朝日は俯き、何度も俺に謝る。

「…ぐすっ、本当にすみません…。お兄様…」

 俺はそんな朝日の姿を見、やっと我に返った。

「あっ!! ご、ごめんっ! そ、そんなつもりじゃなかったんだ」

 俺は震える朝日の頭を撫で、落ち着かせようとする。

「ひっくっ…うぅ…、おにいさまぁ〜、ぐすっ、ぐすっ」

 だが、一向に朝日が泣き止む様子はなく…

「…すみませんお兄様。私、消えます。今すぐこの世から消え失せますっ!」

 なんと、何処から取り出したか分からないが、包丁を自分に向けようとしているじゃあ、ありませんかっ!?

「だあーっ!! ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんなさい〜っ! 俺が悪かった、俺が悪かったーっ! だから、どうかその危険な物を刺そうとするのは止めようかっ!! この状況じゃ俺がどうやったって疑われるし、血深泥の流血沙汰なんざ二次元でお腹一杯たらふく食ってきたから今頃三次元でとかいらないからっ!? それに朝刊を、こんなショッキングな光景で埋め尽くすのは忍びないと思うんだよ、俺っ!!!」

 何とか力業で包丁を止めている俺、超必死っス!

「お兄様ぁ、朝日はお兄様といられて幸せでした…だから、忘れないで欲しいです。こんな妹がいたってこと…」

「…うん、忘れられないからっ! 普通、ショッキング過ぎて忘れられないってのっ!?」

「お兄様、最後に『朝日、愛してるぞ…』って言って下さい…。それだけ私は死ねます…」

「んなもん今じゃなくたっていいだろうがぁーっ! 生きてりゃ何度でも言ってやる。だからっ! だから、早まるなああああああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

 俺の力じゃ、と、止められない、このままじゃスプラッターな光景が――ッ! ぎゃあーっ! だ、誰か、誰かっ! お客様の中にお医者様は御座いませんかっ!?

「わわっ!? にぃっ、朝日何してんの?」

 おおっ!! 俺の願いが通じたのか夕日が帰ってきたみたいだ。

 …夕日は状況を把握できず、目をぱちくりさせているようだ。うん、俺だってそーなる。誰だってそーなる。

「夕日ぃ! 朝日を止めてくれ! 後で兄ちゃん何でもしてやるからっ! …そ、それにプリンもあるぞっ!」

 俺はプリンの入ったコンビニ袋を顎で、くいっと指し示す。

「…何か良く分かんないけど、朝日を止めれば良いの?」

「…ああ、お前はその物騒なブツを取り上げてくれっ!」



 …そして、10分後――

 やっと朝日は元に戻ったのだった。



 The early birds catches the worm. 早起きの鳥は虫を捕まえる。つまり、早起きは三文の得と云うが、どうも夕陽ヶ丘爽太の日常はそうでもないらしい…。



▼▽▼▽▼▽▼▽




次回から

月下に舞うは黄金の鎌 He who hesitates is lost.

に入ります。

お楽しみにノシ

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