夕陽ヶ丘爽太の(非)日常 The early birds catches the worm.#5
「はぁ……、」
光郭学園の西棟、その屋上にて俺は溜め息を吐いた。
「どうしたんっスか? 爽太っち、溜め息なんて吐いて」
一人、防護柵に体重を預け黄昏ていると臣士が声を掛けてくる。
「…別に、大したことじゃない」
俺は蒼穹を流れ行く雲の形を見、そう呟く。
そう、大したことじゃない…、分かりきっていたことだ。…けどまぁ、やはりこうだとなぁ…。
「ふむ、…もしかして、授業のことっスか?」
臣士は腕を組み、俺に問う。因みに、腕を組んで考えるのはコイツの癖みたいなものだ。
「…まぁ、そんなとこかな。…はぁ、座学は捨てていたから、あんまりショックという訳じゃないけどさ。けどやっぱ、実技がああだとな…」
今は昼休みであり、午前中の授業は全て終了していた。
結局あの後、俺は白花を保健室に連れていった。(そこでも一悶着あったが)そしてから実技、つまり未来視を受けたが、そこでいい結果が出なかったのだ。
「ふむ? でもでも爽太っち? 白花っちを愛する我らAクラス男子全員の猛攻を、いとも容易く避けきって見せたじゃないっスか?」
「…あんなの犬だって出来るさ」
「…あれが出来る犬がいたとしたら、恐らく体ん中にレーダーが入ってるとしか思えねえっスよ」
俺は狂喜した男子連中のピコハン乱舞を片手で軽くいなし、ときたま拳で殴ろうとした奴を蹴り飛ばし、後ろからがっちりとホールドを掛けてきたやたらと息の荒い奴を投げ飛ばしたりしていた。
「…けど未来視の授業としては最悪だったな。全然見えなかった…」
「爽太っち、用紙に何時の方向、誰が叩いたじゃなくて。何時に、誰をヤったかを書いてたっスからね」
今度は臣士が呆れたように、溜め息を吐く。
「…まぁ、気配を察知したんだよ」
「…爽太っちは、一体何処の国の拳法家なんスか…」
そこで俺は、よっという掛け声と共に体を起こす。
「けど、この東京都の一高校生としての格は低いだろ?」
「…まぁ、そうっスけどね」
臣士がやれやれといった風なジェスチャーを取る。
この東京都一帯の高校、つまりは、この『東都学園都市』には格があり、上からS・A・B・C・D・Eのように六段階で決められている。これは厳密には更に区分けされ、Sの最上位だとS+++、Eの最下位だとE−−−といった風に。
それで、俺、夕陽ヶ丘爽太氏が通うこの光郭学園の格は、と言いますと…。
E−−だった。
…つまり、どういうことかと言えば、尻から二番目の底辺高校、という訳だ。
そして、これは学生達にも通ずる話であり、この格付けは学生一人一人にも及んでいる。月一回ある異能力測定、これで良い成績を残せなかった場合、ソイツはもれなく"無能"の烙印を押される。
俺はこんな無能の集まる高校だから分からないが、一般の国立、都立の高校だと風当たりが強く、無能は肩身が狭い思いをし続けて行かなければならない。
そう、高位の魔術師の邪魔にならないように
高位の魔術師の機嫌を損ねないように
高位の魔術師に目をつけられないように
高位の魔術師に見付からないように…………………
因みにこの俺、夕陽ヶ丘爽太の格はE−−−だ。つまりはクズ中のクズ、無能の中の無能という訳だ。実技じゃ何をやっても上手く行かず、座学じゃ何をやっても酷い点数――これがこの都市の最底辺、ゴミ溜めに入れられるような存在だ。
俺の場合暗記は本来S+++なのだが、自分達の位置を強制的に決めさせる、というこの都市の教育制度に言いたいことがあるため敢えて手を付けない、とでも言っておこうか…。
実際には、学生としての成績と魔術師としての成績は同じものではないため、魔術師の試験で暗記力が高くてもそれが役立つことはあまり少ないのだ。
「それにしてもおかしな学校っスよねえ? ココって」
臣士が誰に語り掛ける訳でもなく、話始める。
「…まぁそうだろうなぁ」
俺もそれに同意を示す。それは俺も少なからず思っていたことだったからだ。
「無能な魔術師ばっか集めているおかしな学校、それがこの『光郭学園』が『光郭学園』たる所以っスからね」
そう、先ほど述べたようにこの光郭学園は無能の集まりだ。なんと学生の大半、実にこの高校に通う九割の学生が"魔術師として"無能なのだ。
普通、この東都学園都市の高校は高位の魔術師を欲しがる。何故かと言われれば、それは高位の魔術師を保持している、それがこの都市の地位だからだ。
人間っていう生き物はどんなとき、どんな場所でも見栄ってもんを張りたがるものだ…。まぁ、理由は当然、それだけじゃないんだけど。
…他の理由は金だ。本当の名門だと、どっちかって言えば此方の方を欲しがる。高位の魔術師を輩出し、戦場でそれだけ活躍させれば、国から高校へ膨大な額の補助金が出される。高校はそれを活動資金とし、また新たな研究を行い、別の魔術師を送り出していく。
この都市は人を物のように扱うこんなサイクルの下、成り立っている都市だ。研究者達から見れば、この都市は最高の設備が整った天国のように見えるだろう。俺達は差し詰め、エデンの園の禁断の果実といったところか。
まぁ、この都市の中で宗教みたいなものを持ち出す奴は、鼻で笑われる嫌いがあるから俺もこの表現はあまり好きじゃない。
…それでだ。こんな研究者資金が、喉から手が出る程欲しくて欲しくて堪らない連中が充満しているこの学園都市の中で、掃いて捨てる程いる無能を優先して集める行為が如何に愚かしいか理解して頂けただろうか?
「無能を集めて一体何の利益があるんだろうな」
俺は自嘲気味に笑みを浮かべる。
「ふむ、直ぐには分からないっスけど。何か考えがあってのこと何スかねー」
臣士もニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「まっ、どのみち"俺っち達"は爽太っちと違って"魔術師"としては無能だから未だ良いんスけどねー」
……………………………………ぷち。何か調子に乗ってるぞー。
「…人にケンカを売るなんて、随分と偉くなったんですね。臣士君は」
俺はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。そして俺はその笑を絶やさないまま、臣士の方へ一歩足を踏み出す。それだけで臣士は後方へ三、四歩下がり始めた。
「ふ、ふふ|(汗)べ、別に俺っちはビビった訳じゃないっスよっ!? ただ校内で暴力を振るうのはどうかと思ったんで、やむを得ず、やむを得ず距離を取ったんスよっ!」
俺はそんな言葉は無視する。臣士は冷や汗を掻いていた。
「やっぱり、一度お前は拳で殴られる痛みというものを知った方が良いんじゃないかー?」
はぁーっ、と俺は拳に息を吹き掛ける。
「…幼女なら大歓迎っスけど。野郎は遠慮するっス、いや…でも男の娘は別腹っス!! 爽太っちは素質あるっスよ! だから今度一度で良いっスから、メイド服着てご奉仕してくれないっスか?」
…真顔でそんなこと言う奴って、ある意味で凄い。「誰が着るかっ! 今からお前のその服を冥土服にしてやるっ!」
そして俺は拳を強く握り締めた。
そして、光郭学園の屋上に異様な悲鳴が響き渡ったのだった――
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次回、夕日と朝日が登場するッ!(かもしれません)