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Little World 小さな残酷で美しい世界  作者: 中津川 由樹
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人の重み


レリアとキキは連れ立って広場を通り、瓦礫を片付ける村人に挨拶しつつ村を抜けて水門近くの建物へ向かった。


壁には弩のあとが幾つもあり、石壁はボロボロだ。戸のすぐ横にかけられた看板には大きく警備隊宿舎と書かれていたが、煤だらけで読めない。

村では珍しい鉄製の重い戸を叩くと、すぐ返事があった。

ぎしぎしときしむ音をあげて戸が開くと、ひょっこりと赤毛が顔を出した。ビゼは仲良く手を繋いでいる二人にへラリと笑いかけた。

「おんや、珍しいお客さんだ。こんちはレリア、キキ。巫女さん二人でどうしたい」

「ディルに用があるの、いる?」

中を覗き込むと、紙やら本やらで部屋中ごちゃごちゃになっているのが見え、レリアは顔を顰めた。

いやはや、片付けはどうも性分じゃなくてようとビゼが苦笑いをして早々に後ろ手で戸を閉め、鍵をかけた。

「隊長は水門を直し具合を見に行っちまったよ。派手にやられたからなァ。村のほうはどうだい?」

「怪我人ばかりよ。亡くなったのは…レトのばあ様だけ。驚いた拍子にどこかへ頭をぶつけたって…」

「そうかい。ばあさん年だったしねェ、まあ子供じゃなくて良かった。水門まで案内するよ、二人だけじゃ危ねェからな」

ボサボサの赤毛をヘルメットに押し込み、ビゼが歩き出す。

レリアはキキに目配せすると、後について歩き出した。



高い水門には大勢の兵士たちが集まり、ディルムルドの掛け声によって木を組み、即席の水門を作っていた。あちこちに崩れた水門の瓦礫が山になっている。

「おォい、隊長ォ!お客さんですぜェ!巫女さんが話があるってよう」

ビゼの声に、グルーとディルムルドが振り返った。頷くとディルムルドが水門の縁から飛び降り、かけて来る。頭の包帯が痛々しくて、レリアは思わず目を逸らした。

逸らした先の兵士たちもみな、包帯や傷だらけで、レリアはぐっと奥歯を噛みしめ、ディルムルドの疲弊した様子もない顔に目を向けた。

「何のようだ。水門ならじきに終わる。忙しいんだ、すぐに済ませてくれ。」

ぶっきらぼうに言われ、レリアはむっと口を曲げた。すぐにキキが間に入り、抗議の声をあげかけたレリアを遮った。

「巫女として話があるの。重要なことよ。少し時間をくれない?」

「ここじゃダメなのか?」

「ダメよ。ここじゃダメ」

周りで作業をする兵士を見渡し、ディルムルドはため息をついた。


できる限り作業を進め、早急に海辺と崖の警戒に当たりたかったが、無理そうだ。


レリアとキキがこう言う時は大抵厄介ごとだった。三人の様子をつまらなそうに見ていたビゼに合図し、手招きした。

「ビゼ、グルーと一緒に水門を頼む。私は宿舎に戻る。水門が終わったら一時休憩、昼食。もうすぐトトが川を降りてくるだろうから合流次第、報告してくれ」

「うィす」

くるりと背を返し水門へかけてゆくビゼを見やり、離れた物見櫓から見つめるグルーに頷くとディルムルドはレリアとキキを促して宿舎へ戻った。





宿舎の中は酷く散らかっていた。


そこかしこに放り出された書類や本、衣服などを拾い上げ、片付けの命令を全うできてないビゼにディルムルドは心の中で舌打ちする。

見ると、いつの間にかキキが洗濯物の山をカゴにまとめていた。レリアもテキパキと本を棚に戻している。呆れ顏でレリアはディルムルドを見やった。

「いつもこうなの?」

「いや、ここは共有部屋で会議室替わりだ。先日からいろいろ立て込んでいたから、手が回らなかった。悪いな」

「まあ、いいけど。でも、もうちょっとどうにかするべきね。殺風景だし、絨毯もないし。夏だからいいけど、夜は寒いでしょう」

「皆いつもここにいるわけじゃない。自室もあるし、装飾品は不要だ。それより話はなんだ。手短に頼む」

「まったく、そんな言い方しなくたっていいじゃない。あたしたちはあなたの幼馴染なのよ!」

レリアが本棚に書類を押し込み、ディルムルドを睨みつけた。

キキも呆れたように首を降って洗濯物の籠を部屋の隅へと追いやる。

物に溢れていた部屋の真ん中に円卓が顔をだし、埋れていた椅子が現れた。

睨まれたことを気にかける風にもなく、ディルムルドは椅子にかけられていた誰かのシャツを叩き、籠に入れた。


洗濯当番は誰だったろう、ビゼじゃないと良いが。


ディルムルドは少し眉を寄せた。


あいつはどうも整理整頓を知らなさ過ぎる。


嫌味に無反応を示したディルムルドにピリピリとした様子でレリアは詰め寄った。

「ちょっと、聞いてるの?」

「聞いている。この場合幼馴染は関係ないだろう。君たちは巫女として話にきたといった。だから私も警備隊隊長として話を聞こう。要件を言ってくれ」

「もう、ほんといちいち気に障るわね!いいわ、要件は兆詠みのことよ。魔神様のこと!」

想定内の要件にディルムルドは眉一つ動かさなかった。埃をかぶった本を手に取り、払って棚に押し込む。

「魔神様がいかがした」

「だから…本人がおっしゃってたでしょ、魔神様じゃないって。それで、兆を詠み間違えたんじゃないかと思って…相談にきたのよ。キキも私も巫女としてはやっと一人前だわ。おばば様のように確実に詠んだ自信がないの…。

聖典と呪いによれば、たぶん…あの人は魔神様だと思う。でも、兆の詠み間違いだったとしたら、大変なことになるわ」

「だから、どうしろと?」

「協力して欲しいの。あの人がほんとに魔神様かどうか。キキと一緒にもう一度別の呪いをしてみるわ。人なら、呪いにかかるから、すぐわかる。害はないけど、少し眠るかも。簡単なものなの」

「そしてあの方が魔神様だったらどうする?疑ってすみませんでしたとでもいうのか?お怒りに触れたらどうなるか、俺より巫女のお前たちの方がよくわかってるはずだ。そんなことは断る」

はっきりとしたディルムルドの言葉にレリアはぎゅっと手を握り合わせた。


そんなの言われなくたってわかってる。お怒りに触れ、村も森も焼き尽くされるかもしれない。


しかし、それ以外に魔神かどうか判断することができないのだ。あの光の兆を詠むのは唯一度しかできない。

黙ってしまったレリアの肩にキキが手を置いてディルムルドを見据えた。

「だからって、魔神様かどうかわからない人を匿うわけにはいかないわ。村は襲われたのよ?

もし魔神様じゃなかったら、次は村ごと焼け野原だわ!

ねえお願い、一度だけでいいの!それで全部納得いくから!」

「ダメだ。承認できない。危険が大きすぎるし、する理由が不明だ。あのお方は魔神様で間違いない。お前たちがそう詠んだんだろう。それに…魔神様であろうとなかろうと、俺はあのお方を信じる」

ディルムルドの低い声に、レリアたちははっと顔を見合わせ、身を乗り出した。

「見たのね?お力を?」

「ああ、目の前でな。……すごい力だった」

「ほ、ほんとに?」「嘘じゃないわね!」

「ああ。さあ、わかったら安心して村へ帰ってくれ。やることが山積みなんだ」

「へーえ、山積みですか!それじゃ、副隊長の俺も頑張らないとですねえ」


突然降って湧いた声に、三人は驚いて窓を見た。

開け放された窓の向こうから顔を出したのはトトだった。淡い緑色の髪をさっとかき上げ、にやにやと笑いながら軋む戸を開けて部屋へ入り込む。

「これはこれは、皆さんお揃いで。

ああ、レリア!レリア、どれほど君に会いたかったか!戦場で傷ついた俺を出迎えにきてくれるなんて、こんな嬉しいことはない!」

トトは大げさに手を広げ、慣れ慣れしくレリアの手をとってその甲へ口付けをしようと身を屈めたが、一瞬早くレリアが手を引っ込めた。キキが不機嫌そうにレリアを自分の後ろへと押しやり、庇うように前へ出た。

「あーらご挨拶ね!トト!ずいぶんお早いお帰りだこと」

「ふん、キキか。相変わらず元気そうでなによりだよ!

それよりディルムルド隊長、これは一体全体どうしたことです?たった半月、西の戦線に応援へ行ったら村は半壊、水門は全壊!おまけに村人、兵士の負傷者合わせて二十人!しかも兵士に殉死者が三人も!ターヌ辺境警備隊始まって以来の大惨事ですね?」

トトはずい、とディルムルドににじり寄った。トトのあからさまな挑発に乗る様子もなく無表情にディルムルドは頷いた。

「朝一で本部へ赤鳥を飛ばした。じきに指令が来るだろう。水門は修復作業中だ。村には損壊箇所と損害報告を集めるように村長へ伝えてある」

「それよりこれは責任問題ですよ!ディルムルド隊長!」

いやらしく口を歪め大仰に手を振りかざしながらトトはディルムルドの前を通り過ぎ、円卓に手をついて寄りかかる。如何にも残念でならないというように首を降り、これ見よがしに溜息をついた。

「本部からの指令書がどのようなものであったとしても、私としましてはディルムルド隊長に指揮をとっていただくことが不安でたまりません。このような事態、今までなかった!しかも報告では魔神とやらが現れたとか?伝説の生き物なんかに責任をなすりつけるなんて信じられない!あんたは隊長失格だ!」

「なんですって!ぜんぶ本当のことよ!現に魔神様が現界なさって、村の端の大室へいらっしゃってるわ!

あんたなんか見てもないくせに!

ディルもみんなも一晩中戦ってくれたのよ!それを何よ!後からきて責任だなんだって上から!」

激昂したレリアがキキを押しのけ声を荒げた。キキも賛同して頷く。

「間違いないわ、私たちをお守りくださったもの!トト、戦場がどんなに偉いか知らないけど、村だって大変だったのよ。あんたなんかにそんな風に言われる筋合いないわ!」

「そうよ!あんたに何がわかるのよ!村のことなんか何にも知らないくせに!あんたは」


「やめろ!!」


ディルムルドの怒鳴り声にレリアは言葉を飲み込んだ。

巫女二人の予想以上の反論にふん、とトトが鼻を鳴らし、そっぽを向く。

「責任は、俺にある。この事態の収集に降格が必要だと判断されれば、俺はそれに従う。だが、残念ながらまだ俺は隊長だ。トト、別命あるまで待機。戻った兵に休息と食事を。君たちももう用は済んだはずだ。村へ戻れ」


有無を言わさぬ口調に、三人はそれぞれに押し黙って部屋を出て行った。

重い鉄扉を手にかけ、不安そうにディルムルドを振り返るレリアに目をくれることもなく、ディルムルドは片付けに忙しいとばかりに書類をかき集める。


三人の気配が遠ざかるのを感じ、小さなため息と共にディルムルドは椅子の一つに腰掛け、目を閉じた。


「隊長失格、か。確かにな」

言葉通り、降格は構わなかった。


もはやそんなものに何の意味がある?

どこもかしこも戦いばかりで、戦場には上も下もない。死ねば皆それで終わりだ。


指示を出すのは本部でディルムルドの意思など些細なものでしかない。戦線間際の軍司令官をしていた時の方が、重い責任を担っていた。


いや、王族近衛兵の時の方がよほど…。


煌びやかな賛美と虚偽、膿むような富と名声に囲われた城内に佇む王族の一人を思い出し、ディルムルドはゆっくりと背もたれに寄りかかり目を開いた。


ー人の命は、決して平等じゃない。

生まれや育ち、親や権力、様々なものがついて回り、その重さを変えてしまう。


本人の意思と、関係なく。


仰ぎ見る天井にいつだったかビゼがふざけてつけた靴跡があった。机に立ってもディルムルドにはギリギリ届かないだろう。


大きな体、美しく恐ろしい歌声の魔神。


レリアとキキは魔神ではないと言ったが、魔神であろうとなかろうと、力があろうとなかろうと、もう関係ない。


魔神と皆が言えば、彼女はもう魔神なんだ。

俺と同じ…隊長と呼ばれるから隊長なんだ。


ふっとディルムルドは口元だけで笑った。

クッションに埋もれて暢気に寝息を立てる顔は幼い頃のレリアやキキと差して変わらなかった。食事も普通にとっていたし、確かに魔神ではないのかもしれない。ただ体の大きい人なのかもしれない。


それでも、もう遅い。


彼女はもう魔神としてこの国に、戦争に風を立ててしまった。


噂はすぐ流れる。


王都への報告書にも詳細を書き、風向きの強い海でのこと、もしかしたら近くの村であの恐ろしい呪いの歌を聞いたものも多くいるはずだ。

指令がくる前に何かしら手を打たないといけないな、とディルムルドは部屋を後にした。


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