プライベート独り言器 〜確率1兆分の1なら異世界転移しないと思った?〜
SE、PGは、1日中、会話しない事が多い。彼らは仕事中の独り言が異常に多い、というのはあるあるだ。
そこで、誰かが考えた。
口に発話する辺りの神経から、配線を出して、脳にぶっ刺せば、独り言は、外部に出力されない!(声に出ない)
マスクのような、酸素吸入器を彷彿とさせる見た目のそれを、口にあてがい、管の反対側に電極を設け、脳天に直結する仕組みである。
ちょうど、鼻の上、正中線を通り、顔の真ん中を垂直に伸びて、脳天に接続している。
視界の邪魔にならないかって?
当初はそんな懸念もあったが、実際に使用してみれば、目の前のド真ん中に、垂直に1本線が通ることによって、集中力が増す! という、意外なライフハックが生まれ、問題にすらならなかった。
それは、独り言をしたいけど、周囲に聞かれたくない、という人たちからは好評で、飛ぶようにとは行かないが、じわじわと売れた。
そんな特殊な性癖を持つSE、PGの間で、ある時から、妙な噂が囁かれるようになる。
口から頭に刺さっている管が、ちょうど輪っかになっていて、そこに異世界ゲートが生成される! 確率は、100万分の1だ! という事らしい。
だから、
「確率を下げろ! 分子を極小まで減らすと同時に、分母を増やせ!」
と。なぜかそういう流れになった。
使用者の人数を増やすと共に、ゲート生成の物理的ハードルを上げる、徹底抗戦だ! という試みだ!
有志たちの積極的な活動の甲斐があり、プライベート独り言器の使用者が増える。
そして、輪っか部分の工夫が、あちこちでなされる。
輪っかをねじったり、頭の周囲にらせん構造にしたり、分岐させ網目構造にしたり……。
接続という形態を維持しながら、幾何学的、機構的な挑戦が続く。
ある時は無線を経由するものが現れた。それは歓迎され、一部の人々の間で、パッと広まった。が、無線は、時に混線する。某企業の課長が、とても個人的で、恥ずかしい独り言を話しながら、PCに向かっていた時に、それは起きた。
フロア内の無線ユーザーたちの脳に、課長の独り言がキャッチされてしまい、また運の悪いことに、電気信号からの言語化モデルAIを開発中だった奴がいて、そいつのPCから、文字化された課長の独り言が、うっかり全国の面々に瞬時に伝わってしまった……。
それを知った課長が、
「ハッ……!?」
ともんどり打って、手足をジタバタとさせながら血の涙を流した事は、想像に難くない。
(なお翌朝には修行僧のような顔をして出社したそうで、何かを悟ったらしいが、何を悟ったのかは、誰も怖くて聞けなかった)
そんな事があり、「無線は危険だ」、「独り言ラーの生態には全く合っていない」、という反省が共有され、それ以後、無線による方式は廃れていった。
ちなみに口元から耳に直結するのもNGだ。生物の顔という造形は、音を密閉するのに向いていない。心置きなく独り言を言いまくれる環境に慣れてしまったユーザーは、音漏れを気にしてひそひそと呟く生活には、今さら戻れない。
ユーザー増加のペースが早く、発生確率の極小化が間に合わないのでは、との心配が持ち上がった事もある。その際には、「独り言発生の時間的分布」をデータ化してユーザー間の通信を擬似的に一体化する(母集団の増加を限定する)、というアルゴリズムを組む者まで現れた。
そのようにして、独り言ラーたちの苦闘は続いたのだった。
・・・・・
皆、基本的には対人スキルは苦手だが、チャットでは、異世界ゲート対策で大賑わいだ。
Web上に、プライベート独り言器ユーザーサイトも構築された。運営は有志による。
そんな中、ついに、「確率が、1兆分の1にまで下がりました!」との情報が、サイトを通じて全国の独り言ラーたちに共有される。
「やった……!」
「ここまで来れば、もう誰も異世界になんて繋がらないさ……!」
そう、日本中の誰もが安堵したその時。
Web画面に映し出されていた、対異世界ゲート運営事務局のスタッフの顔が、突如、光に包まれる!
光源はプライベート独り言器だ。またたく間に広がった光は、スタッフの身体を覆い尽くした!
その直後、そこに彼の姿は無かった。
そう!
独り言があまりに捗りすぎ、思考と発話のサイクルが無限にループし過ぎると、そこに、超高速の電気信号の奔流が生じる!
そして、全国の独り言ラーたちの計算や対ゲートの工夫とは裏腹に、電気信号、精神的活動の増幅そのものによって、「輪っか」に生じる異世界ゲートの顕現性は、著しく上昇したのだった!
SNSから、Web会議から、あらゆるネットワークで、アカウントのログオン情報が次々に消えていく。
日本中で、1人、また1人、と光に包まれていった!
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