スキル【回転寿司】レベルが上がると高価なネタが出せるようになるみたいだけど、初めから使えるお湯とガリだけでやっていけそうです
「……どこだ、ここ」
目を覚ますと、森だった。
見渡す限り木、木、木。
鳥の鳴き声は聞こえるが、車の音はしない。
スマートフォンもなければ、見覚えのある建物もない。
「いや、まさか……」
伊佐木は自分の身体を見下ろした。
服が違う。
手が若い。
近くにあった水たまりを覗き込むと、そこには十代後半ほどの青年が映っていた。
記憶が正しければ、自分は三十四歳のサラリーマンだったはずだ。
「……マジか」
日本で死んだことは、なんとなく覚えている。
だが、ここは天国や地獄のような死後の世界には思えなかった。
「……どうなってんだ、これ」
神様の説明もなければ、案内してくれる人もいない。
とりあえず、いつまでも森にいるわけにはいかなかった。
そう思って歩き始めたところで、前方から人の声がした。
「おーい!そこの人!」
振り向くと、青年が手を振っていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「いや、ちょっと迷ってて」
「迷子か?街ならこっちだぞ!」
助かった。
少なくとも、人間が暮らしている場所はあるらしい。
「ありがとう。俺、イサキっていうんだ」
「俺はウェルク!よろしくな!」
ウェルクは、今のイサキと同年代に見えた。
話を聞くと、十八歳だという。
「ウェルクは、街に何しに行くんだ?」
「冒険者登録だよ! せっかくスキルを授かったからさ!」
「スキル?」
「そう!この前、授かったばっかりなんだ!」
ウェルクは嬉しそうに胸を張った。
「冒険者になるなら、自分のスキルを使いこなせないとな!」
「……なるほど」
スキル。
冒険者。
どうやら、ここは異世界なのかもしれない。
「俺もスキルってあるのかな?」
「あるんじゃないか?ステータスを開いてみろよ」
「ステータス?」
「そう念じればいいんだよ」
言われたとおり、イサキは頭の中で呟いた。
(ステータスオープン)
ぽんっ。
目の前に、半透明の板が現れた。
《イサキ》
《固有スキル:【回転寿司】Lv.1》
「…………」
どうやら、本当に異世界に転生してしまったらしい。
「…………」
しかし、目の前の表示には、それ以上に気になることがあった。
「どうした?」
「……回転寿司?」
「なんだ、それ?」
「いや、俺が聞きたい」
イサキは頭を抱えた。
回転寿司。
もちろん知っている。
よく行った。
好きだった。
だが、まさか異世界で自分の固有スキルになるとは思わなかった。
「イサキ、知ってるのか?」
ウェルクが尋ねる。
「知ってる」
「じゃあ、すごいスキルなのか?」
「……どうだろうなあ」
イサキにもわからなかった。
*
街に到着したイサキが最初に驚いたのは、高い城壁でも、鎧を着た衛兵でもなかった。
「……米だ」
市場の一角に、見覚えのある穀物が売られていた。
「米?」
「ああ!米がある!」
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃそうだろ!」
「いや、普通に売ってるけど……」
ウェルクにはわからないだろう。
パンも悪くない。
だが、これから一生米が食べられないかもしれないと思うと、少しばかり寂しかったのだ。
「よかったあ。米がある世界で」
「米を見ただけで?」
「米を見ただけで」
「変なやつだなあ」
ウェルクは笑いながら、冒険者ギルドへの道を案内してくれた。
*
「【鑑定】ですか!?」
ギルドの受付で、職員が声を上げた。
「はい!」
ウェルクは嬉しそうに頷いた。
「冒険者になりたくて!」
「なるほど!ですが、鑑定をお持ちなら、ぜひ当ギルドで働いていただきたいですね!」
「え?」
「魔物の危険度や素材の品質を調べられる方は、非常に貴重なんですよ!」
「……そうなんですか?」
「ええ! 専属の鑑定士を探していたところなんです!」
ウェルクの顔が曇った。
「いや、あの……俺、冒険者になりたくて」
「もちろん、冒険者登録も可能ですよ。ただ、鑑定は直接戦うためのスキルではありませんから、鑑定士としての道も考えていただければと」
「…………」
ウェルクの肩が落ちた。
どうやら、本人が思い描いていた展開とは違ったらしい。
「……ちょっと、考えさせてください」
「ええ。いつでもお待ちしています!」
そのやり取りを聞いていたイサキも、ついでに自分のスキルを申告してみることにした。
「ちなみに、俺も冒険者登録ってできますか?」
「もちろんです!スキルを確認させていただいても?」
「【回転寿司】です」
「……カイテン、ズシ?」
職員は聞き慣れない名前に首を傾げた。
イサキがステータスを見せると、少し困ったように苦笑する。
「……どのような能力なのでしょう?」
「いや、俺もまだよくわからなくて」
「そうですか……。申し訳ありませんが、戦闘や探索に役立つ能力が確認できないと、当ギルドでの冒険者登録は難しいですね」
「……ですよねえ」
イサキも苦笑した。
一方は、冒険者以外の仕事に誘われ。
もう一方は、冒険者にすらなれなかった。
ギルドを出たウェルクは、しばらく黙っていた。
「……鑑定かあ」
「すごいスキルなんだろ?」
「そうみたいだけどさ」
「うん」
「俺、魔物を倒して活躍したかったんだよなあ」
「なるほど」
ウェルクはため息をついた。
そして、イサキを見た。
「……なあ」
「ん?」
「ちょっと、お前のスキルを鑑定させてくれないか?」
「俺の?」
「ああ。見たことも聞いたこともないスキルだろ?練習にもなると思うんだ」
「いいぞ」
「本当か!?」
「ああ。俺も自分のスキルを知りたいしな」
こうして、イサキはしばらくウェルクの鑑定の練習台になることになった。
街に知り合いのいないイサキは、ウェルクと同じ安宿に部屋を取り、しばらくそこを拠点に過ごすことにした。
*
「よし、いくぞ!【鑑定】!」
ウェルクが目を凝らす。
「……おっ、見えた!」
「何が?」
「お湯と……ガリ?」
「…………」
「イサキ?」
「ちょっと待ってくれ」
イサキは額に手を当てた。
「お湯とガリ?」
「ああ」
「寿司は?」
「スシ?」
「いや、何でもない」
ウェルクはさらに鑑定を続けた。
「使用可能なものは二つ。お湯とガリ。どっちも魔力消費なし……?」
「ん?」
「魔力を使わずに出せるらしいぞ」
「……ああ!」
イサキは手を打った。
「そういうことか」
「何が?」
「回転寿司屋で無料のやつだ!」
「だから、カイテンズシって何なんだよ!」
「まあ、見てろって」
イサキは意識を集中させた。
「お湯!」
ぽんっ。
目の前の空中に、銀色の蛇口が現れた。
「…………」
「…………」
「蛇口だ」
「ジャグチ?」
「お湯が出るやつ」
「どこにも繋がってないぞ?」
「スキルの能力だからか……?」
イサキは見慣れた黒いボタンを押した。
湯呑みはないため、手にかからないよう慎重に。
ちょろちょろちょろ。
熱いお湯が流れ出す。
「うわっ!?」
「出たなあ」
「いや、出たなあ、じゃないだろ!何もないところから水が出てるぞ!」
「お湯な」
「そこ重要か!?」
イサキは流れ出るお湯を眺めた。
どれくらい熱いのだろう。
少しだけ指先を近づけてみる。
「あっつ!」
慌てて引っ込める。
「何やってんだよ!」
「いや、熱いなと思って」
「そりゃそうだろ!」
「八十度くらいあるかな……」
「ハチジュウド?」
「ああ、こっちの話」
イサキは器を用意し、お湯を注いだ。
少し冷ましてから口をつける。
「……あー」
「どうだ?」
「お湯だ」
「だろうな!」
「うん。お湯だなあ」
特別な味はない。
しかし、温かかった。
「次、ガリ!」
今度は、回転寿司店で見慣れた容器が現れた。
「……なんだ、これ」
「ガリだ」
「食い物か?」
「ああ」
蓋を開けると、薄く切られた甘酢漬けの生姜が入っていた。
イサキは一枚つまみ、口へ運ぶ。
「……うん」
「どうだ?」
「ガリだ」
「お前、そればっかりだな!」
懐かしい味だった。
試しに中身を全部取り出してみる。
すると、空になった容器が一瞬で満タンになった。
「おおっ!」
「増えた!?」
「やっぱり無料のやつは無限なのか!」
イサキは感心した。
ウェルクは困惑していた。
「なあ、イサキ」
「ん?」
「お前のスキル、何に使うんだ?」
「…………」
「…………」
「……さあ?」
*
その後の鑑定で、【回転寿司】にはさらに続きがあることがわかった。
「レベルが上がると、出せるものを増やせるみたいだぞ」
「マジで!?」
「えーっと……イナリズシ?」
「いなり寿司!」
「知ってるのか?」
「知ってる知ってる!うまいぞ!」
「へえ。……ただ、こっちは魔力を使うみたいだな」
「……魔力?」
「ああ。お湯とガリは消費なしなのに、イナリズシには魔力消費って書いてある」
イサキは考え込んだ。
「……ああ、なるほど」
「何かわかったのか?」
「お湯とガリは無料だからな」
「無料?」
「そう。回転寿司屋では、好きなだけもらえるんだよ」
「……じゃあ、イナリズシは?」
「金払って食うやつ」
「なるほど。こっちでは魔力を払うってことか!」
「たぶんな!」
イサキは感心した。
妙なところで律儀なスキルである。
「ほかには何が出るんだ?」
「えーっと……タマゴ、サーモン、マグロ……」
「おおっ!」
「イクラ、ウニ、オオトロ……なんだ、この名前」
「大トロ!?」
イサキは思わずウェルクの肩をつかんだ。
「大トロも出せるのか!?」
「知らないけど、そう書いてある!」
「すげえ!」
「そんなにすごいのか!?」
「すごいぞ!高いんだぞ!」
「高いのか!?」
「ああ! これは夢が広がるなあ!」
イサキは笑った。
「なあ、ウェルク」
「なんだ?」
「レベルが上がったら、いなり寿司そのものが出てくるんだよな?」
「ああ。そう書いてあるぞ」
「じゃあ……レベルを上げて、いろんな寿司を出せるようになれば……」
「うん?」
「寿司屋、開けるじゃん!」
「スシヤ?」
「そう! 寿司を出す店!」
「よくわからないけど、店を開けるのか!」
「ああ!」
ようやく、異世界での目標ができた。
「……ただ、イサキ」
「ん?」
「お前の魔力量、平均的なんだよな」
「平均?」
「ああ。特別多くも少なくもない」
「……それが?」
「お湯とガリは魔力を使わないけど、寿司を出すには魔力が必要みたいだからさ」
「…………」
イサキは少し考えた。
「……あれ?じゃあ、寿司を無限に出せるわけじゃないのか」
「そうみたいだな」
「……マジかあ」
どうやら、無料のお湯とガリは無制限。
しかし、有料の寿司は魔力が続く分しか出せないらしい。
「……まあ、最初から大きな店を開くつもりもないしな」
「そうなのか?」
「ああ。まずはレベルを上げて、寿司を食べられるようになるところからだ!」
「おー!」
「……で、ウェルク」
「ん?」
「レベルって、どうやって上げるんだ?」
「スキルを使って魔物に勝つのが手っ取り早いな」
「…………」
「…………」
イサキは、空中の蛇口を見た。
ちょろちょろちょろ。
「……なあ」
「なんだ?」
「お湯をかけると死ぬ魔物とかいる?」
ウェルクは、しばらく蛇口を見つめた。
「……いたとしても、そのチョロチョロじゃ無理じゃないか?」
「……だよなあ」
寿司屋への道は、思っていたより険しそうだった。
*
「寿司屋を開くぞ!」
「おー!」
「レベルを上げるぞ!」
「おー!」
「お湯で魔物を倒すぞ!」
「……おー?」
ウェルクの声が小さくなった。
二人は街の近くにある森へ向かった。
ウェルクの【鑑定】で、弱そうな魔物を探す。
「いたぞ、イサキ!」
「よし!」
「小型の魔物だ!動きは遅い!」
「いけるか!?」
「たぶん!」
「お湯!」
ぽんっ。
空中に蛇口が現れる。
ちょろちょろちょろ。
「…………」
「…………」
魔物がこちらを向いた。
「……なあ、ウェルク」
「なんだ?」
「これ、相手が来てくれないと当たらないな」
「うん」
「ちょっと誘導してくれない?」
「嫌だよ!」
魔物が動き出した。
「来た!」
「お湯!お湯!」
「イサキ!逃げろ!」
「うわあああ!」
二人は全力で走った。
*
二度目の挑戦では、先にお湯をためておくことにした。
結果、重い桶を抱えたまま魔物に追いかけられた。
三度目は、ガリで魔物を誘き寄せられないかと試してみた。
魔物はガリに興味を示さなかった。
「……無理だな」
「……ああ、無理だ」
街へ戻った二人は、ぐったりと座り込んだ。
「寿司屋は諦めるかあ」
「そうだなあ」
「せめて、いなり寿司くらい食べたかったなあ」
「そんなにうまいのか?」
「うまいぞ。甘辛く煮た油揚げってやつの中に、酢飯……甘酸っぱく味付けした米が入っててな」
「……よくわからないけど、聞いてるだけで腹が減ってきた」
「だろ?」
「でも、魔物はもう嫌だ」
「俺も」
イサキは蛇口を出した。
器にお湯を注ぎ、少し冷ます。
「……飲む?」
「もらう」
二人で温かいお湯を飲んだ。
「……あー、うまい」
「お湯だけどな」
「なんか、落ち着く」
「ただのお湯だけどな」
ウェルクは笑った。
「まあ、悪いスキルじゃないと思うぞ」
「そうか?」
「ああ。俺なんか、鑑定しても腹は膨れないからな」
「ガリ食う?」
「もらう」
イサキはガリの容器を出した。
ウェルクが一枚食べる。
「……すっぱ!」
「だろ?」
「でも、甘いな」
「うまいだろ」
「うん。もう一枚」
寿司屋は無理そうだった。
だが、少なくとも二人分のお湯とガリには困らなかった。
*
ウェルクが嬉しそうな顔で訪ねてきたのは、それからしばらくしてのことだった。
「イサキ!聞いてくれ!」
「どうした?」
「ギルドで働くことにしたんだ!」
「ああ、前に誘われてたところか?」
「それでさ、聞いてくれよ!」
ウェルクは興奮した様子で続けた。
「実は、腕の立つ冒険者パーティからも声をかけられたんだ!」
「へえ!」
「魔物の能力や弱点を調べられる鑑定士が欲しかったんだって!」
「おお、すごいじゃないか」
「ああ! ギルドで働きながら、時々そのパーティの冒険にも同行させてもらえることになったんだ!」
「それなら、冒険者にもなれるってことか」
「そういうこと!」
ウェルクは嬉しそうに笑った。
「それに、【鑑定】もレベルが上がったんだ!」
「おっ、そうなのか?」
「ああ!レベル2になった!」
「魔物を倒したのか?」
「いや、お前のスキルを鑑定してただけだぞ」
「……ああ、散々鑑定してたな」
「だろ?使い続けてたら、いつの間にか上がってたんだ!」
「へえ。魔物を倒さなくても上がるんだな」
「そうみたいだな!」
ウェルクは胸を張った。
「だから、お前のおかげだよ!」
「そうかそうか」
イサキも嬉しくなった。
「よかったな、ウェルク」
「ああ!」
「ギルドの仕事も、冒険者も、両方できるんだもんな」
「そうなんだよ!」
ウェルクは満面の笑みを浮かべた。
「お前の回転寿司のおかげだな!」
「寿司は一貫も出してないけどな」
「……そうだったな!」
二人は笑った。
*
それから、イサキは街で暮らし始めた。
市場で荷運びをしたり、店の掃除を手伝ったり。
稼いだ金で食材を買い、お湯とガリを使って食事を作る。
特に嬉しかったのは、米が食べられることだった。
「……やっぱり米だよなあ」
炊いたご飯に刻んだガリを混ぜる。
これが、なかなかうまい。
残ったご飯にお湯を注いで、簡単な茶漬けにもした。
身体を拭くときにも、お湯があると便利だった。
水を汲みに行く手間が省ける。
薪を使わずに温かいものを飲める。
魔力も減らない。
「……あれ?これ、普通に便利じゃないか?」
もちろん、お湯だけで生きていけるわけではない。
ガリばかり食べているわけにもいかない。
それでも、生活に必要なものを一つ、心配しなくて済む。
それだけで、暮らしはずいぶん楽だと思えた。
「……寿司屋は無理だったけど、悪くないなあ」
イサキは、少しずつ異世界での生活に慣れていった。
*
その日の街は、やけに寒かった。
風が強く、道を歩く人々も足早だった。
イサキは買い物を終え、帰る途中で一人の女性を見つけた。
建物の壁際にうずくまっている。
「……ん?」
近づくと、女性が顔を上げた。
「大丈夫か?」
「……すみません」
「いや、謝らなくていいけど」
女性はひどく寒そうだった。
顔色も悪い。
「どこか具合悪いのか?」
「少し……朝から、何も食べていなくて」
「そりゃまずいな」
イサキは近くの店に声をかけ、女性を風の当たらない場所へ移した。
店主から毛布を借り、女性の肩にかける。
「ちょっと待ってな」
空中に蛇口を出す。
女性が目を丸くした。
「……え?」
「お湯が出るんだ」
「お湯?」
「ああ。ちょっと熱いから、冷ましてからな」
器にお湯を注ぐ。
飲める温度になったところで差し出した。
「ゆっくり飲んで」
「……ありがとうございます」
女性は器を受け取り、少しずつ口をつけた。
「……あったかい」
「そりゃ、お湯だからな」
「……本当に、あったかいです」
女性は両手で器を包み込んだ。
イサキは、少し困ったように笑った。
「腹も減ってるんだろ?パン、食べられる?」
「……はい」
イサキは買ったばかりのパンを分けた。
それから、ふと思いついてガリの容器を出す。
「これも食べる?ちょっと変わった味だけど」
「……これは?」
「ガリ」
「ガリ?」
「食べ物だよ。甘酸っぱいんだ」
女性は一枚口に運んだ。
「……!」
「どう?」
「甘い……」
「ああ」
「でも、酸っぱくて……」
「そうそう」
「……おいしいです」
「そりゃよかった」
女性はパンを食べながら、ガリをもう一枚つまんだ。
「……あの」
「ん?」
「これ、身体がぽかぽかする気がします」
「え?」
「食べていると、なんだか温かくなってきて……」
イサキはガリを見た。
「ああ、生姜だからか」
「ショウガ?」
「まあ、こっちの話」
女性は、もう一度ガリを口へ運んだ。
「……これ、お肉に合いそうですね」
「ん?」
「この甘酸っぱい味なら、脂の多いお肉と一緒に食べても、おいしいと思うんです」
「……ああ、確かに」
「細かく刻んでスープに入れてもよさそうですし……」
そこまで言って、女性は申し訳なさそうに笑った。
「すみません。私、料理が好きなもので」
「いや、いいじゃないか」
「食べるのも、作るのも好きなんです。いつか自分の料理を出すお店を持てたらって思っているんですけど……」
「店?」
「はい。でも、お店を借りるお金なんてありませんし」
女性は手元の器を見つめた。
「温かいものを食べて、喜んでもらえる仕事ができたら、素敵だなって」
「……なるほどなあ」
イサキは、ガリの容器を見た。
自分にとっては、回転寿司屋で無料でもらえる付け合わせ。
だが、目の前の女性は、そこから料理を作ることを考えている。
「……なあ」
「はい?」
「これ、いくらでも出せるんだけどさ」
「……え?」
「お湯もガリも。魔力も使わないし」
「……そんなに?」
「ああ」
女性は、しばらく考え込んだ。
そして、ぱっと顔を上げた。
「それなら、お店を開いたらいかがですか?」
「店?」
「はい!」
「いや、でも……ただのお湯だぞ?」
「お湯を沸かすには、水も薪も必要です」
「……まあ、そうだな」
「それに、このガリもあります!」
「ガリが?」
「はい!これを使って、お料理も作れます!」
イサキは考えた。
寿司屋を開くために、魔物と戦おうとした。
だが、今の自分には寿司を出せない。
一方、この女性は、料理を出す店を開きたいのに、店を持てずにいる。
「……そういや、俺も店を開きたかったんだよなあ」
「そうなんですか?」
「ああ。ちょっと変わった料理屋なんだけどさ」
「素敵ですね!」
「……まあ、寿司は出せないんだけど」
「スシ?」
「こっちの話」
女性は笑った。
「私、テューナといいます」
「俺はイサキ」
「イサキさん。お店を開いたら、ぜひ教えてくださいね」
「ああ。そのときは、またお湯とガリを出すよ」
「ふふ。楽しみにしています」
イサキも笑った。
自分のスキルで、誰かがこんなに喜ぶとは思わなかった。
*
それから、テューナは時々イサキを訪ねてくるようになった。
体調もすっかりよくなったらしい。
「イサキさん!この前のガリ、少しいただいてもいいですか?」
「いいよ。何に使うんだ?」
「お肉と一緒に食べてみたくて」
「おっ、いいねえ」
「おいしくできたら、持ってきますね!」
「楽しみにしてるよ」
そんなやり取りをするうちに、店の話も少しずつ具体的になっていった。
とはいえ、問題が一つあった。
「……金がない」
店を借りるには金がいる。
器も椅子も机も必要だ。
イサキの貯金だけでは、なかなか難しかった。
すると、テューナが言った。
「知り合いに、使っていない小さなお店を持っている方がいますよ」
「本当か?」
「はい。聞いてみましょうか?」
「助かるよ」
そこから話は早かった。
空き店舗を持つ人が、最初の家賃について相談に乗ってくれた。
古い椅子や机を譲ってくれる人もいた。
器は市場で少しずつ買いそろえた。
足りない分は、イサキが仕事を手伝う約束をした。
テューナも、店の掃除や準備を手伝ってくれた。
「イサキさん、こちらの棚はどうしますか?」
「そこにガリの容器を置こうかな」
「じゃあ、お客さんが取りやすいように、少し手前にしましょう!」
「なるほど」
「お湯は、こちらですか?」
「ああ。空中に出せるから、場所は自由なんだ」
「便利ですねえ」
「……まあ、便利だなあ」
二人で準備を進めていると、ウェルクもやってきた。
「お前、店開くの!?」
「ああ」
「すごいじゃないか!」
「まあな」
「店の名前は?」
「まだ決めてない」
「そうなのか?」
イサキは、しばらく考えた。
いつかは寿司を出せるようになるかもしれない。
そのとき、また看板を作り直すのも面倒だ。
「……寿司屋かな」
「スシヤ?」
ウェルクが首を傾げる。
テューナも同じように首を傾げた。
「スシヤ、ですか?」
「ああ。俺の世界にあった料理屋なんだ」
「素敵ですね!」
「そうか?」
「はい!聞いたことのない名前です!」
ウェルクも頷いた。
「いいんじゃないか?お前のスキルの名前とも似てるし!」
「だろ?」
こうして、店の看板には大きく『寿司屋』と書かれた。
なお、寿司は一貫も出せない。
*
「いらっしゃい!」
開店初日。
最初のお客は、テューナだった。
「お湯を一杯ください」
「はいよ」
イサキは空中に蛇口を出し、器にお湯を注ぐ。
「ガリもいる?」
「いただきます!」
カウンターに、ガリの容器を置いた。
テューナは楽しそうに一枚つまんだ。
「やっぱり、おいしいですね」
「よかったよかった」
「……あの、イサキさん」
「ん?」
「これ、お湯に入れてみてもいいですか?」
「ガリを?」
「はい」
「……まあ、いいけど」
テューナはガリを細かく刻み、器に入れた。
そこへお湯を注ぐ。
甘酸っぱい香りが広がった。
「……どうだ?」
イサキが尋ねる。
テューナは一口飲んだ。
「……おいしい!」
「マジで?」
「はい!ちょっと酸っぱくて、甘くて!」
イサキも試してみた。
「……ああ」
「どうです?」
「……意外といけるな」
「でしょう?」
「ガリ茶か」
「ガリチャ?」
「そう。ガリ茶」
テューナは嬉しそうに笑った。
「いい名前ですね!」
「そうか?」
名前はともかく、意外に味は悪くなかった。
こうして、ガリ茶は寿司屋の最初の名物になった。
*
「今日は何があるんだい?」
「ガリ茶があります」
「ほかには?」
「お湯があります」
「……ほかには?」
「ガリがあります」
「……なるほど」
最初のころ、お客はよく困惑した。
それでも、少しずつ人が集まるようになった。
茶葉を持ってくる人。
野菜を持ってくる人。
干し肉を分けてくれる人。
イサキはお湯とガリを出し、客からは払えるものを受け取った。
お金でも、食べ物でも構わない。
何も持っていない人には、手の空いたときに店番を頼むこともあった。
蛇口は一度出しておけば、イサキがいなくても使える。
ガリも、容器が空になれば勝手に補充される。
「……じゃあ、ちょっと市場に行ってくるから」
「はい!店番しておきますね!」
「助かるよ」
もっとも、蛇口を店に置いている間は、イサキ自身がお湯を使えない。
「……もう一個あればなあ」
そんなことを思う日も増えていた。
一方、テューナは客が持ち寄った食材を使って、少しずつ新しい料理を考えるようになった。
「イサキさん!これ、食べてみてください!」
「おっ、今度は何だ?」
「干し肉と野菜のスープです!」
「うまそうだな」
「ガリも入れてみました!」
「またガリか」
「だって、おいしいんですもの」
干し肉を戻し、火を通しておいた野菜と合わせる。
食べる直前にお湯と刻んだガリを加えると、いつものスープとは少し違った味になった。
「……おっ、うまいな」
「でしょう!」
「これ、店で出そうか」
「いいんですか!?」
「もちろん。テューナが考えた料理だろ?」
テューナは、ぱっと表情を明るくした。
「……ありがとうございます!」
その日から、寿司屋にはガリ入りスープも並ぶようになった。
イサキが出すお湯とガリ。
テューナが考える料理。
二人で少しずつ増やしていくメニューは、いつの間にか客にも親しまれるようになっていた。
ただし、どれも寿司ではない。
*
「……お前の店、相変わらず変な店だなあ」
仕事帰りに立ち寄ったウェルクが、ガリ茶を飲みながら言った。
「そうか?」
「ああ。金の代わりに野菜を持ってくる客もいるし、店番してる客もいるし」
「俺も助かるからな」
「まあ、そうなんだけどさ」
ウェルクは、もう一口飲んだ。
「……あー、うまい」
「だろ?」
「仕事終わりに来ると、落ち着くんだよなあ」
「寿司屋だからな」
「関係あるか?」
「あるんじゃない?」
「適当だなあ!」
二人は笑った。
すると、ウェルクが思い出したように言った。
「そうだ、イサキ」
「ん?」
「今度、知り合いを連れてきてもいいか?」
「もちろん」
「ギルドで働いてると、いろんな人と知り合うんだけどさ」
「ああ」
「すごいスキルを持った転生者がいて」
「へえ」
「【全属性魔法】だって!」
「……うわ、すげえな」
「だろ!?」
イサキは感心した。
全属性魔法。
いかにも異世界転生らしい能力だ。
「で、その人にお前のスキルの話をしたんだよ」
「回転寿司?」
「ああ」
「……それで?」
「なんか、すごく会いたがってたぞ」
「……え?」
ウェルクは笑った。
「カイテンズシって聞いた瞬間、ものすごい勢いで食いついてきてさ!」
イサキは、嫌な予感がした。
*
数日後。
「イサキ!連れてきたぞ!」
ウェルクが店にやってきた。
「おう、いらっしゃい」
「この人!前に話した転生者!」
「……寿司屋……!」
「ん?」
「本当に寿司屋があるんですね!」
「……ああ、まあ」
「あなたが、回転寿司のスキルを持ってる方ですか!?」
「……はい」
「日本人ですよね!?」
「…………」
イサキは目を見開いた。
「……日本?」
「はい!」
「……ああ!」
久しぶりに聞いた言葉だった。
「あんたも日本人か」
「やっぱり!」
ウェルクが驚いた。
「えっ、知り合いなのか!?」
「いや、初対面ですよ!」
「じゃあ、なんでそんなに喜んでるんだよ!」
「同郷なんだよ」
「ドウキョウ?」
「同じ国の出身ってことだ」
「へえ!」
ウェルクは感心していた。
その横で、転生者が期待に満ちた声を上げた。
「それで! 中トロはありますか!?」
「ない」
「サーモンは!?」
「ない」
「……かっぱ巻きは?」
「まだ無理」
「…………」
「…………」
「……じゃあ、何があるんですか?」
「お湯とガリ」
「…………」
「ガリ茶もあるぞ」
「……ガリ茶?」
「あと、ガリ入りスープ」
「…………」
イサキは、カウンターの蛇口を操作した。
ちょろちょろちょろ。
「……あの」
「ん?」
「お寿司は……?」
「出ないなあ」
「……これ、寿司屋じゃなくてお湯屋じゃないですか?」
イサキは看板を見上げた。
『寿司屋』
もう一度、店内を見る。
お湯。
ガリ。
ガリ茶。
ガリ入りスープ。
「……まあ、確かにこれじゃお湯屋だな」
「今気づいたんですか!?」
イサキは笑った。
「いやあ、いつか寿司も出せるかなと思ってさ」
「出せないんですか!?」
「レベルが上がれば」
「今は!?」
「まだ初期値のまま」
「……レベル1?」
「……れべるいち」
「……寿司屋なのに?」
「寿司屋なのに」
しばらく沈黙が続いた。
「……期待してたのに」
「すまん」
「いえ、謝らなくても……」
イサキは苦笑した。
「まあ、せっかくだし座っていってくれよ」
「……はい」
「ガリ茶、飲む?」
「ガリ茶?」
「ガリをお湯に入れたやつ」
「……ああ、なるほど」
イサキは器を差し出した。
「熱いから、気をつけてな」
「ありがとうございます」
しばらく、三人で話した。
日本のこと。
異世界に来て驚いたこと。
米があること。
寿司が食べたいこと。
ウェルクにはわからない話ばかりだったが、楽しそうに聞いていた。
やがて、転生者がぽつりと言った。
「……なんか、落ち着きますね」
「そうか?」
「はい。お寿司はないのに」
「悪かったな」
「いえ、そういう意味じゃなくて!」
笑い声が上がった。
「……この蛇口とか、ガリとか」
「ああ」
「懐かしいです」
「……そうだなあ」
イサキもガリを一枚つまんだ。
何の変哲もない、いつもの味だった。
だが、前世ではいつでも食べられたものだ。
「……また来てもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「今度は、何か持ってきますね」
「おっ、助かる!」
「じゃあ、また!」
「またな!」
転生者は、そう約束して帰っていった。
ウェルクが首を傾げる。
「……結局、寿司って何なんだ?」
「うまい食べ物だよ」
「じゃあ、なんで出さないんだ?」
「出せないんだよ!」
*
イサキが転生して初めての冬が来た。
例年よりも寒さが厳しく、街では薪の値段が上がっているらしかった。
「……寒いな」
イサキは肩をすくめた。
「今日は特に冷えますね」
テューナも、店の中で手をこすっている。
「こう寒いと、温かいものが欲しくなるよなあ」
「そうですね。昨日も、薪が買えないからって、お湯を持ち帰った方がたくさんいましたよ」
「そうなのか?」
「はい。ご家族の分も欲しいって」
「……そりゃ、もうちょっと出してやればよかったな」
「十分喜んでいましたよ」
そんな日が続くと、寿司屋には次々と人が集まるようになった。
「お湯をもらえるかい?」
「はいよ」
「ガリ茶も頼む!」
「ちょっと待ってな」
「スープはある?」
「はい、ありますよ!」
テューナが声を上げた。
「今日は干し肉と野菜のスープです!」
「おっ、じゃあ、それを一つ!」
「はい!」
寿司屋の客が増えるにつれ、テューナも店にいる時間が長くなった。
最初は、料理を作って持ってくるだけだった。
今では客の注文を聞き、自分で考えた料理を出している。
「テューナちゃん、今日のスープもうまいねえ!」
「ありがとうございます!」
「明日もあるかい?」
「はい!明日は豆を入れてみようと思っているんです!」
「そりゃ楽しみだ!」
テューナは嬉しそうに笑った。
そんな様子を見て、イサキも顔を緩めた。
「……よかったなあ」
「え?」
「いや、料理を出す店をやりたいって言ってただろ?」
「……はい」
「できてるじゃないか」
テューナは少し驚いたようにイサキを見た。
それから、店内を見回す。
温かいスープを食べる人。
ガリ茶を飲む人。
持ち帰り用のお湯を待っている人。
自分の作った料理を、おいしいと言ってくれる人たち。
「……本当ですね」
テューナは、小さく笑った。
「私、いつの間にか、お店で料理を出していました」
「はは、そうだな」
「イサキさんのおかげです」
「いや、俺はお湯とガリを出してるだけだよ」
「それがないと、私のお料理も作れませんよ?」
「……まあ、それもそうか」
イサキは笑った。
寿司は出せない。
だが、寿司屋を開いてよかったと思った。
*
厳しい寒さが続くにつれ、寿司屋はますます忙しくなった。
農家が野菜を持ってくる。
狩人が肉を分けてくれる。
金のない人は、店番を引き受けた。
イサキはお湯とガリを出し、テューナは料理を作る。
ウェルクも仕事帰りに顔を出し、忙しければ客の案内を手伝った。
「……お前の店、すごいことになってるな!」
「そうか?」
「寿司屋って、こういう店なのか!?」
「……いや、普通は違うな!」
「違うのかよ!」
イサキは笑った。
そのとき、テューナの声が飛んできた。
「イサキさん! ガリ茶、三つお願いします!」
「はいよ」
「こちらの方は、持ち帰りのお湯を!」
「ちょっと待ってな」
「スープのお湯も足りません!」
「……はいよ」
イサキは蛇口を操作した。
お湯を注ぐ。
器を替える。
また注ぐ。
ちょろちょろちょろ。
「……遅い」
「また言ってるな」
ウェルクが笑った。
「いや、本当にもう一個欲しいんだよ。蛇口」
「前から言ってるもんなあ」
「飲み物とスープ、同時に作れたら楽なんだけど」
「イサキさん! お湯、まだですか?」
「あっ、はいよ!」
テューナに呼ばれ、イサキは慌てて蛇口へ向き直った。
ちょろちょろちょろ。
「……もう一個あればなあ」
「私も欲しいです!」
「だよなあ」
そのときだった。
ぽんっ。
目の前に、半透明のパネルが現れた。
《固有スキル【回転寿司】》
《スキルレベルが上昇しました》
「…………」
イサキは固まった。
「……え?」
《レベル1 → レベル2》
「…………」
「……ええっ!?」
テューナが振り向いた。
「どうしたんですか!?」
「レベル上がった!」
「えっ!?」
「回転寿司のレベルが上がった!」
「本当ですか!?」
「おおおっ!」
イサキは興奮した。
魔物を倒せなくて諦めたレベルアップ。
それが、今になってやってきたのだ。
どうやら、お湯とガリを使い続けていたことが経験になっていたらしい。
「やった!やったぞ!」
「おめでとうございます!」
テューナも嬉しそうだった。
イサキは、目の前のパネルを見た。
《スキルの強化先を選択してください》
《1.提供品追加:いなり寿司》
《2.調味料追加:醤油》
《3.給湯設備増設:蛇口を一つ追加》
「…………」
イサキは迷わなかった。
「3!」
《給湯設備を増設しますか?》
「する!」
《給湯設備の増設を選択しました》
ぽんっ。
カウンターの上に、二つ目の蛇口が現れた。
「……おおおおおっ!」
イサキは歓声を上げた。
「テューナ!」
「はい!」
「蛇口だ」
「はい!」
「もう一個」
「やりましたね!」
二人は大喜びだった。
「これでスープと飲み物、同時に作れるぞ!」
「持ち帰りのお客さんも、お待たせしなくて済みますね!」
イサキはさっそく二つの蛇口を操作した。
ちょろちょろちょろ。
ちょろちょろちょろ。
「……おおっ」
「すごいです!」
「倍だ」
「倍ですね!」
「めちゃくちゃ便利だ!」
イサキは満面の笑みを浮かべた。
テューナも、嬉しそうに二つの蛇口を見比べている。
「これで、もっとたくさんのお料理が作れますね!」
「ああ」
「明日は新しいスープを考えてみます!」
「それは楽しみだな」
二人にとって、これ以上ないほど嬉しいレベルアップだった。
*
「イサキ!久しぶり!」
そこへ、ウェルクがやってきた。
「おう」
続いて、聞き覚えのある声がした。
「こんにちは!また来ました!」
「いらっしゃい」
以前、回転寿司の話を聞いてやってきた日本人の転生者だった。
「お店、すごく繁盛してますね!」
「おかげさまでな」
ウェルクがカウンターを見た。
「……ん?」
「どうした?」
「……蛇口、増えてないか?」
「おっ、気づいた?」
イサキは胸を張った。
「レベルが上がったんだ」
「ええっ!?」
ウェルクが目を見開いた。
「本当か!?」
「ああ」
「魔物、倒したのか!?」
「いや、普通にお湯とガリを出してただけ」
「……ああ! 俺の【鑑定】と同じか!」
その横で、日本人の転生者が声を弾ませた。
「じゃあ! ついにお寿司が!?」
日本人の転生者が身を乗り出した。
「サーモンですか!? マグロですか!?」
「いや、蛇口」
「…………」
「……え?」
「蛇口を増やした」
「なんで!?」
転生者の声が寿司屋に響いた。
「レベルが上がったんですよね!?お寿司を出せるようになったんじゃないんですか!?」
「選べたぞ。いなり寿司」
「じゃあ、なんで蛇口にしたんですか!」
「便利だろ?」
「便利ですけど!」
「お湯が倍出るんだぞ?」
イサキは二つの蛇口を指さした。
「しかも、魔力を使わない」
「……ああ、そういえば」
「俺の魔力量、普通なんだろ?」
イサキがウェルクを見る。
「ああ。平均的だな」
「寿司は魔力がなくなったら出せないけど、お湯はずっと出せるからな」
「それは……そうですけど」
「お客さんも待たせずに済むし」
テューナも嬉しそうに頷いた。
「スープと飲み物を、同時に作れるようになったんですよ!」
「だろ?」
「……お二人とも、本当に嬉しそうですね」
「嬉しいぞ!」
「嬉しいです!」
イサキとテューナの声が重なった。
転生者は二つの蛇口を見つめた。
ちょろちょろちょろ。
ちょろちょろちょろ。
「……お寿司、食べたかったなあ」
「俺も食べたいけどな」
「じゃあ!」
「まあまあ。ガリ茶でも飲んでいってくれよ」
「……ガリ茶」
「今日はテューナの新しいスープもあるぞ」
「……いただきます」
結局、転生者はまた席に座った。
ウェルクも隣に座る。
テューナが器を並べ、イサキがお湯を注ぐ。
ちょろちょろちょろ。
ちょろちょろちょろ。
「……ああ」
イサキは満足げに頷いた。
「やっぱり、二つあると便利だなあ」
「……次こそ、お寿司をお願いしますね」
「考えとくよ」
「絶対、考えてないですよね!?」
「ははは!」
「……もう、お湯屋に改名したらどうですか?」
転生者は呆れたように言った。
イサキは看板を見上げた。
『寿司屋』
「……まあ、それもそうなんだけどさ」
「じゃあ!」
「せっかく作ってもらった看板だしなあ」
「そこですか!?」
「それに、いつか寿司も出せるようになるかもしれないだろ?」
「……いつになるんですか?」
「さあ?」
「…………」
「…………」
「……次のレベルアップでは、何を選ぶつもりです?」
イサキは少し考えた。
「……蛇口、三つあったら便利だよなあ」
「もう寿司屋やめてくださいよ!」
店内に笑い声が響いた。
今日も寿司屋は大賑わい。
寿司は一貫も出てこない。
けれど、イサキは十分に満足していた。
何しろ、お湯とガリだけで、今日もちゃんとやっていけているのだから。




