指さし :約1500文字 :子供
今日は、コウタくんと一緒に隣町の映画館に行くんだ。
駅の改札で待ち合わせればいいのに、わざわざコウタくんの家まで迎えに行かなきゃいけないんだ。
面倒くさいけど、仕方がないんだ。
だって、コウタくんはみんなよりちょっと『遅れている子』だから。
だから、コウタくんにはぼく以外に友達がいない。ぼくだって、コウタくんのことはそんなに好きじゃないけど、コウタくんのお母さんとぼくのお母さんが友達なんだ。だから、ぼくたちも仲良くしなくちゃいけないんだ。
電車がホームに到着すると、コウタくんは急にぴょんぴょん跳ね始めた。
周りの人たちがちらちらとこっちを見てきた。ぼくは慌ててコウタくんの服の裾を引っ張りながら、「端っこに寄るんだよ。降りる人が先だからね」って小声で言った。でも、コウタくんはゆらゆらと体を動かしながら、へらへら笑うだけだった。
ドアが開き、電車から人がぞろぞろと降りてくる。その人の流れが途切れると、コウタくんはぴょんと車内へ飛び込んだ。ぼくも慌ててあとを追い、乗り込んだところで、ふうと息を吐いた。コウタくんと一緒にいると、なんだかいつも変に緊張しちゃうんだ。
車内に入ると、コウタくんはきょろきょろと辺りを見回し始めた。勝手に歩き回らないうちに席に座らせよう――ぼくはそう思い、空いている席を探した。
少し先に、ちょうど並んで空いている席が二つあった。
ぼくはほっとして、コウタくんに声をかけようとした――そのときだった。
「カバ!」
突然、コウタくんが大声を出した。しかも、座席に座っていたおばさんを真っすぐ指さしている。
ぼくはびっくりして、慌ててコウタくんの腕を掴んだ。腕を引き下ろそうとしたけど、コウタくんはぼくの腕を振り払い、今度は別の乗客を指さした。
「サル!」
「タヌキ!」
「トカゲ!」
次々と人を指さして、そのたびに大きな声で動物の名前を叫んだ。
指をさされた人たちは、みんな不機嫌そうな顔をした。睨んでくる人もいた。
怖いもの知らずのコウタくんとは違い、ぼくはとてもはらはらした。
でも――ほんの少しだけ、笑いそうになった。だって、確かにちょっと似ていたからだ。
「ウマ! キツネ! ……」
ぼくは「あれ?」と思った。コウタくんが端っこの席に座っている男の人を指さしたまま固まったのだ。
「コウタくん?」
ぼくは不思議に思い、コウタくんの顔を覗き込んだ。
「……ニンゲン」
「え?」
「ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン!」
突然、コウタくんは目覚まし時計みたいに叫び出した。
車内中の視線が一斉にぼくたちに集まった。
ぼくはびっくりして固まっちゃった。ぼくが止めなきゃいけないのに、どうすればいいかわからなかった。
でも、少ししてコウタくんは急にぴたりと口を閉じた。
そして突然駆け出して、空いていたいちばん端の席に滑り込むように座った。
さっきの男の人からいちばん遠い席だった。ぼくも慌てて後を追い、隣に座った。
コウタくんは息を止めているみたいに口を閉じて、じっと前を向いていた。さっきまでのが嘘みたいに、膝の上で両手をぎゅっと握りしめてぜんぜん動かない。
そのまま電車を降りるまで一言もしゃべらなかった。
降りるとき、ぼくはちらりとあの男の人を見た。
でも、やっぱり普通の人にしか見えなかった。
どの動物にも似ていなくて、どこにでもいそうで、まるで人形みたいな顔をした人だった。




