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09

こんな関係、終わりにしたい。

あなたの恋人になりたい。


そう思っているのに、口に出せない。

「好き」って言ったら、多分、遥さんは離れていく。

そういう人だって、分かってる。

「終わりにしたい」って言ったら、その瞬間にあっさり終わることも、分かってる。

二度と連絡なんかこなくなる。


本当は、遥さんに「好き」って言われたいのに。

身体の関係だけなんかじゃ嫌なのに。

それを口にしたら、この関係は終わる。


この恋を手放せないのは、結局、私の方で。



「好き」も「嫌い」も言えずに逃げ出した私は、

ただの臆病者だ。



***



「あたま…いたい…」



体温計を引っ張り出して測ってみれば、たたき出されたのは38.2℃という数字。

明らかな風邪だった。

昨日は雨の中、傘も差さずに帰ったのだから当然か…とぼんやりと思う。

落としたままだったスマホの電源を入れると、通知を知らせる着信音が立て続けに鳴り響く。

その中には遥さんの名前もあったけれど、今は開く気にはなれなかった。

七瀬に「ごめん、今日休む」と一言だけメッセージを送って、頭まで布団を被る。

無視しているのは、私なのに。

スマホが震えるたびに心臓が跳ねて、無意識に遥さんからの連絡を期待している自分が大嫌いだ。





「ん……」



インターホンの音で目が覚める。

時計を見れば既に16時を過ぎていて、とっくに今日の講義も終わっている時間だった。

何度目かのインターホンにようやく玄関を開けると、心配そうな顔をした七瀬が立っていた。



「全然連絡取れないからちょっと心配になって…」

「ううん……ごめんね…」



最後にきちんと会ったのは、私が七瀬に反射的に怒鳴ったあの日だ。

それでもこうして心配して会いにきてくれる彼女が、優しくて、ありがたくて、申し訳なくて。

安堵と罪悪感と、劣等感にも似たものが一度に込み上げて、それでも七瀬に抱きつくように腕を回す。



「来てくれてありがとう…」



遠ざけておいてひとりが心細いなんて、私はなんて自分勝手なんだろう。

それでも、七瀬は笑って「どういたしまして」と私の背中を抱きしめ返してくれた。



「まだ熱っぽいなら寝てて。ごはん食べた?」

「……食べてない……」

「美咲ちゃん、お粥とうどん、どっちが好き?」



私を玄関から部屋へと追い返すと、七瀬は当たり前のようにキッチンに立って食事の支度をしてくれる。

手際よくあったかいうどんを作ってくれて、部屋を少し片づけて、私の隣に座る。

「何か欲しいものあったら後で買ってくるね」とまで言う七瀬に、私は言葉が出なかった。

自然にそういうことが出来る七瀬と、「都合の良い彼女」になってしまう私の違いは何なんだろう。



「……ごめんね、迷惑かけて…」

「何が?」



七瀬は困ったように笑って、私の額に手を当てる。

ひんやりして気持ちいい。

まだちょっと熱ありそうだねぇ、と言いながら、七瀬は少し呆れたように笑う。



「風邪引いてるときくらい、人のこと頼って良いんだからね?美咲ちゃんは頑張り過ぎ」



なんかあった?と困ったように微笑んで、一言。

それだけで、こらえていたものが簡単に崩れてしまう。



「……無理って分かってるのに…好きなの、しんどい」 



気がついたら口からこぼれていた。



「私ひとりで…すごく好きなの…」



頑張ったって届かない。

伝えられないのがこんなに苦しいのに、

伝えたら終わってしまうことも分かってる。



「……好きで、苦しくて…もう、どうしたらいいか分かんない…っ…」



七瀬は何も言わなかった。

ただ、そっと私を抱きしめた。

その温かさに、また涙があふれて、声を殺して泣いた。


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