06
「七瀬って、六花さんに「好き」って言うの怖くないの?」
昼休みの学食で。
意図せずに、口から漏れた問いかけだった。
向かいに座る七瀬のきょとんとした表情にはっとする。
「ごめん変なこと聞いて…!」
「……美咲ちゃん、好きな人出来た?」
「っ……」
否定も肯定もしない私に、七瀬は柔らかく笑う。
「どんな人か聞いてもいい?」
「……年上で…仲はいいんだけど…。向こうには全然、そういう気はなくて…」
遥さんの名前を出す勇気はなかった。
七瀬はふむ、と少し考えるように
「私も、最初は怖かったよ。告白も私からだったし」
「え?そうなの?」
「うん、最初はアパートのお隣さんで。……引っ越すって言われて、今言わなきゃもう言えない!って切羽詰まってやっと言えた感じ」
苦笑いを浮かべる七瀬。
彼女からそういう話を聞くのは珍しくて、他人が見たことが全てではないのだと、頭では理解する。
――それでも。
今幸せそうなんだからいいじゃない。
頭の中で響くそんな声を、必死に聞こえないふりをした。
***
「ねぇ、遥さんってさ」
来れるなら今からおいで、と呼び出された遥さんのマンション。
来ないなんて端から思ってないくせに、と思いながら、連絡があれば足を運んでしまう私はやっぱり都合の良い女なんだろう。
チューハイを注いだグラスの縁を指でなぞりながら、何気ない風を装って切り出した。
「他にも、こういう……相手、いるの?」
隣に座る遥さんは少しだけ目を細めて、缶ビールに口をつける。
何を考えているのか、私には分からない。
「どうして?」
「……なんとなく……」
「んー」
少しだけ考える素振りをしてから、遥さんはグラスをテーブルに置いた。
「今は美咲ちゃんだけだよ」
私の肩を抱き寄せて、少し顔を傾けて、私の口を唇で塞ぐ。
――ビールの味。あんまり好きじゃない。
“美咲だけ”は“今だけ”。
“本命”じゃない。
“都合がいいだけ”。
揚げ足をとるような言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
それが事実、でも、だからこそ痛い。
「……そっか」
いつもどおりに、笑ったつもりだったのに。
遥が首を傾げる。
「どうしたの? なんか変な顔してる」
「……ビールの味嫌い」
「ああ、ごめんね」
じゃあこれで口直しね、と笑ってチョコレートを口に放り込んだ遥さんに、そのままキスされる。
「ん、ふ……は…っ」
舌と一緒に、蕩けたチョコレートが私の口の中にも流れ込んでくる。
「甘い?」
「甘い…」
甘いのに、苦くて苦しい。
泣きたいなんて思ってないのに、涙が出そうになる。
遥さんの指先が、頬に触れた。
「……泣きそうな顔してる」
「してない」
「ほんと?」
唇が、軽く瞼に触れる。
拒む理由も、拒む言葉も出てこない。
ただ、また流される。
「ねえ、…して」
「ん、可愛いね、美咲ちゃん」
“この瞬間だけでも、自分だけを見てくれるなら”
――そう思ってしまう自分が、いちばん情けなかった。
***
ベッドの上で、遥の腕の中に沈む。
外では雨が降っていた。
その音が、静かに滲んでいく。
(……どうして、泣きたくなるんだろう)
“好き”って言葉を、どちらも口にしないまま。
なのに、
この距離が心地よくて、苦しかった。




