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風邪は2日ほどで落ち着いた。

まだ少し体がだるかったけど、熱も下がって、ようやく普通に起き上がれるようになった。

七瀬が心配して何度も連絡をくれたけど、「もう平気だよ」と笑って返すと、彼女は「ほんと?」と念を押しながらも、それ以上は聞かなかった。



遥さんとは、あれっきりだった。

連絡もない。こちらからもしない。

スマホの中には、まだあの人の名前が残っているけど、開くことも、消すこともできないまま。



「まぁ、そうだよね……」



そんな独り言が口からこぼれるたびに、少しずつ胸の中の熱が冷めていく気がした。

このまま完全に、冷めて、固まってしまえばいい。

そうすれば、いつかはきっと捨てられる――。


***



金曜日の夜。

同じゼミの子に誘われて、軽い飲み会に顔を出した。合コンってほどでもないけど、男女半々でわいわい騒いでるような、そんな集まり。



「美咲ちゃん、もっと飲みなよ〜!」



差し出された缶チューハイを受け取りながら笑ってみせる。

だけど、騒ぐ声も、軽口も、どこか遠く感じた。


みんな、子供っぽい。

それが悪いわけじゃないのに、無意識に、遥さんと比べている。

声も、話題も、距離感も。

あの人と話している時間が好きだった。

自分を見透かされている気がして、でも嫌じゃなかった。



「どうしたの、美咲ちゃん? 元気ないじゃん」



隣の男子に肩を叩かれて、「ううん、平気」と笑う。

まだ、チューハイもほとんど空いていないのに。

笑いながら、帰りたくなっていた。



***



駅前に着くと、ちょうど終電が近くて人が多い。

人混みの中を抜けようとしたとき、「ねぇねぇ、今からもう一軒どう?」と声をかけられた。


見知らぬ男の子たち。

年は同じくらいか、少し上か。

悪気はなさそうだけど、近い。距離が。



「いや、私もう帰るから」



そう言って笑いながらかわす。

けれど、片方が腕をつかんだ。



「いいじゃん、送ってくよ」

「やめてください」って言えばいいのに、声が出なかった。

判断が出来ない、何も考えたくない。

このまま流されてもいいかも、なんて、ほんの一瞬——



「……美咲ちゃん?」



背後から名前を呼ばれて、体がびくりと跳ねた。

振り向くと、少し離れたところに遥さんが立っていた。ジャケットに、パソコンの入ったトートバック。連絡を取っていないのもたかが1週間程度なのに、やけに久しぶりな気がした。

表情は穏やかなのに、その瞳は笑っていない。



「遥さん…?」

「おいで」

「っ、」



その一言で、掴まれた腕を振りほどいて駆け寄る。



「ごめんね、私の知り合いなの」



にっこりと笑う遥さんは綺麗で、大人っぽくて、それでいて相手と明確に距離を取る。

男の子たちは顔を見合わせると、そのままつまらなさそうに人混みに消えていく。

それを見てようやく肩の力が抜いた。



「……ありがとうございます…」



それしか言えなかった。

情けなくて、恥ずかしくて、泣きそうだった。



「どうしてここに……?」

「たまたま。客先から駅に向かってたら見かけたの」

 


そう言いながら、少し眉を寄せる。



「ついて行くつもりだった?」



その声に、叱られているような、でもどこか優しい響きがあって、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。



「……ごめんなさい」



かすれた声で返すのが精一杯だった。

遥さんは困ったように微笑んで、「心配だから送ってく」とだけ言って歩き出す。

自然と手を繋ぐには遠くて、だけど手を伸ばせば届く距離。

酔いがまだ少し残っていて、頭がぼんやりする。

隣を歩く遥さんは、何も言わない。

責められたり、問い詰められたりすると思っていたのに——

本当に、何も。



「……ありがと。助けてくれて」

「酔ってた?」

「ちょっとだけ」

「そういうの、美咲ちゃんは向いてないでしょ」

「……うん」



短いやり取りの中に、いつもの空気が戻ってくる。

それが嬉しくて、でもどこか虚しかった。

遥さんにとって、私が泣いて帰った夜も、連絡を返さなかった数日も、取るに足らない“些細なこと”。



私のアパートに向かう遥さんの足取りに迷いはない。何度も来ているのだから当然だ。

玄関先で、いつもならキスをされるのに、今日は軽く頭を撫でられるだけ。



「じゃあ、またね」



それで終わる。

終わるはず、だった。


扉を閉めて一人になってから、胸の奥がきゅっと痛む。



「“またね”なんて言われたら、まだ期待しちゃうよ……」



消せずに残っている連絡先も、未だに思い出してしまう遥さんのキスも。

冷たいまま、忘れさせてくれれば良かったのに。


始まりは、あんなに曖昧だったのに。

どうして終わらせるのはこんなに難しいんだろう。



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