戦血のじゃじゃ馬姫
炎紅華はその名に負けず劣らずの炎のような苛烈さと、華のような美を振りまく、じゃじゃ馬娘だった。
そんな娘の駆け抜ける場所はいつだって戦場で、彼女はよく紅の血しぶきの華を何輪も咲かせていた。
無骨な男どもが激昂する戦域で楽しそうに薙刀を振り回し、命を刈り取る紅華は恐ろしくもあり、美しい。
だから、彼女を心酔する者は多くいた。しかし、恋など浮いた話があがることはなかった。
高嶺の花だからなのだろうか、棘ある花だからなのだろうか、彼女の戦いぶりを見れば見るほど彼女に近づこうとする者はいなかった。
彼女の父である武将も娘の武功が上がれば上がるほど喜んではいたが、同時に頭も抱えていた。縁談すら遠のくのだ。
たしかに、強い子どもがほしい。息子なら一騎当千の武将に、娘なら武名高い男の元へ。そう願っていた。
だが違う。違うのだ。
「父上、見てください! 今日はこんなにも敵兵を刈り取りましたの!」
至極嬉しそうに満面の笑みで紅華は敵兵の頭部だけで積み上がった山を見せる。
全て彼女が討ち取ったもの。
父である将軍がため息をついていたら、隣に控えていた家臣の一人が紅華を見ながら愉快そうに笑った。
「紅華様を見ていると祖国の迷信は本当だったのだなと思えてきますね」
「迷信?」
彼は昔、東の国に暮らしており、時折懐かしむように母国の文化や日常について話す。
「紅華さまが産まれた年は丙午なのはご存知ですよね」
「ああ、そうだが、それと何が関係ある?」
「私の国では丙午に産まれた女子は気性が激しく、ひどく苛烈で、故に婚期を逃しやすいと言われていたりするんですよ」
「……婚期を逃しやすい、だと?」
将軍の眉間に刻まれた皺が深くなる。戦の指揮を執るときのそれではない。家の未来を計るときの、嫌な皺だ。
紅華は首の山から視線を外し、家臣へ首を傾げた。
「あら、東の国でも、わたくしは殿方に避けられてしまうのかしら」
「ええ。火の気が強く、男の縁を焼く、と恐れられそうですね。まして、貴女様は」
家臣が言い終えるより早く、紅華は声を立てて笑った。
「なら、焼け残るような縁など、最初から縁ではありませんわ」
笑みは晴れやかで、残酷な景色に不釣り合いなほど澄んでいる。だが、その澄みがいっそう怖い。彼女の中の火は、曇りを知らない。
「紅華……っ」
将軍が言葉を探す間に、紅華は一歩近づき、父の鎧の前でぱちりと瞬きをした。
「父上、顔色が悪うございます。もしかして、わたくしが縁を焼くから困っているのですか?」
「そうだ。お前は我が軍の柱だ。だが柱は、いつか家を支える梁にもなる。戦場とは違いなんでも焼き尽くせばいいわけではない」
そこで言葉が折れる。将軍の視線が、首の山へ行きかけて、慌てて戻る。
紅華はその視線を追い、首の山を見て、ふっと息をついた。
「丙午がどうの、火がどうの。迷信で揺らぐ縁なら、喜んで燃やし尽くしましょう」
「紅華、世は迷信で動く。戦も、同盟も、民の噂も……」
将軍が言いかけたところで、遠くから蹄の音が響いた。土埃を巻き上げて伝令が駆け込んでくる。鎧の隙間から息が漏れ、声が切れるほど急いでいる。
「将軍! 使者が参りました! 北西の隣国サルヒより!」
「サルヒ……?」
内乱でひしめき合う紅華たちの国とは異なり、自由に風の赴くまま転々とする遊牧民国サルヒは謎に満ちた国だった。
安住の地は求めない。故にその地に残る文化も少なく、よそ者は知ることができない。
そんな連中が、この内乱の泥沼に足を踏み入れる理由がない。
一頭の黒の美しい艶のある馬が、男を乗せて走ってきた。
使者にしてはやけに上等な馬だ。
「ここに炎紅華がいると聞いたが?」
黒馬は蹄で血の混じった土を踏みしめ、ぴたりと止まった。鞍上の男は、戦場の空気を吸い込むように鼻で笑う。
背は高く、身体は引き締まり、装束は軽い。鎧に頼らぬ者の身のこなしだ。外套の端には、見慣れぬ刺繍が揺れている。風の模様。サルヒの印。
将軍が一歩前に出て、声を低くした。
「名乗れ。ここは我らの陣。客人であろうと無礼は許さん」
「許しなど要らぬ。俺は、許されるために来たのではない」
男は鞍から滑るように降りた。土埃の中で、彼の目だけが妙に澄んでいる。火ではなく、乾いた空の青さ。
そして、紅華を見る。首の山を見ても顔色ひとつ変えず、むしろ笑みを深めた。
「……噂より美しい。噂より恐ろしい。お前が噂の戦血姫―炎紅華か?」
紅華はゆっくりと男を眺める。見物人を見るようでもあり、獲物を見るようでもある。
「わたくしの名をご存知とは。しかし、戦血姫なんて、随分愉快な風の噂ですね」
「きっと風に吹かれて火も広がったのだろう」
男は自らの胸に手を当て、わずかに顎を上げた。
「俺の名はバータル。サルヒの長の子だ」
「……長の子だと?」
将軍の周囲が一瞬凍る。長の息子が、護衛も連れず単身で敵国の内乱地へ来るなど、正気の沙汰ではない。
だがその正気ではない笑みで、バータルは言い放った。
「紅華。俺はお前に会いに来た。決闘と、求婚のために!」
その言葉が落ちた瞬間、槍先がいくつも男へ向いた。将軍が怒鳴る。
「戯言を! ここは戦場だぞ!」
「戦場だからだ! 俺は俺を殺しうる奴と戦いたい! 強さを求める者と共にいたい!」
真っ直ぐな目でバータルは紅華を見つめる。
「紅華、お前はまさしく俺が探していた存在だ!」
「……ふふ」
紅華は声を漏らして笑った。笑いながら、首の山に視線をやる。戦果の花束。彼女の手で咲かせた花。
その花束に向かって薙刀を一振り。山は飛び散り、燃え盛るように血の花々が舞う。
「わたくし、もしかして、女としてではなく、武人として求められてらっしゃる?」
「うむ、確かにそうだな! たぶん、俺は仮にお前が男でも求めていたと思う! その苛烈な舞は身を焦がすほどに美しい!」
紅華は薙刀の刃をバータルに向けた。
「いいでしょう。決闘は受けますわ」
「紅華!」
将軍の叫びが遅れて響く。紅華は振り返らず、ただ言った。
「父上。わたくし燃えたりないんですの」
バータルが喉を鳴らして笑った。
「我らの風でその炎はさらに強くなるぞ」
「なら、受けるしかありませんわね」
風が吹いた。土埃が舞い、血の匂いが薄まる。刃が鳴る前の、ほんの一瞬。
バータルが剣を構え、低く囁いた。
「さあ、炎よ。俺を燃やせ」
「燃え残るなら、縁にして差し上げますわ」
そして、再び戦火が燃え上がった。




