2、悩むことなどないのよ
退院した私は、息子に付き添われて自分の暮らす家へ戻ってきた。
もちろん住まいはタワーマンション。無駄のないスタイリッシュな一室に、普段はひとりで暮らしている。
ささやかな快気祝いを終えると、息子は自分のマンションへ帰っていった。かつては2人で暮らしていたこの部屋も1人だと広すぎる。成功とは何なのか、ぼんやりと考える。
ある日、彼は「独立したい」と言って家を出た。
頼りないと思っていた息子が見せた、あの時の強い意志。
私は素直に嬉しく思った。
だが今になって思えば——あれは成長ではなく、あの女と自由に会える場所が欲しかっただけなのかもしれない。
ぐぬぬと奥歯を噛み締める。
それから数日間、私は自宅で静養しながら、ある準備を進めていた。
——終活である。
心臓に爆弾を抱えたままいつ何が起きてもおかしくはない。
万が一に備え、遺言書を整え、相続をはじめとする諸々の手続きを淡々と片づけていった。
この先の道、どうするか?
まだ決めきれずにいた。
——心のどこかに、あの小瓶の存在が引っかかっていたから。
突然、目の前に差し出された第三の道。
荒唐無稽だ。そんな馬鹿な話があるはずがない。
それでも、もし——本当だったとしたら。
もし若返ったら、私は何をするだろうか。
残された時間が、三か月しかなかったら。
それは究極の選択だった。
それでも、不思議と心を惹かれている自分がいた。
これから先、目標も持てぬまま年老いていく道。
あるいは、突然死のリスクを抱えながら、次第に社内で腫れ物のように扱われ居場所を失っていく虚無を抱えつつ、仕事を続ける道。
そして——若さを手に入れ、三か月だけ、好きなように生きる道。
もし私が今、死んだとしても。
息子には、あの女がいる。
一時は悲しむだろうが、いずれ慰められ立ち直るに違いない。
そう思えば、心は静かだった。
本当は、もう答えは出ていた。
「——よし。」
私は遺言書を机の上に置いて、小瓶のキャップを開けると勢いよく液体を喉に流し込んだ。




