1、帝国の絶対女王
身体は20歳。中身はババア。
タイムリミットは3ヶ月。
残りの寿命と引き換えに20歳に若返るとしたらどうする?
金ならある。
そんなのパァッと生きるに決まってる!
人生仕事しかしてこなかった圭子の最後の3ヶ月間。
そんなババアに思いもよらぬ出会いが待ち受けていてー
私、山中圭子(65)は株式会社KEIKOの代表取締役社長である。
30歳で会社を立ち上げがむしゃらに仕事をやってきた結果、従業員数百人を率いる一国の主となった。
真っ赤なスーツに身を包み、高いヒールで立つその姿は、いかにも“仕事ができる女”そのものだ。
がむしゃらに走り続けてきたこれまでの自分を誇るかのように、私はこの姿を気に入っている。
誰もが私を高圧的で恐ろしい女帝だと思っているだろう。ワンマンだという自覚は十分にある。
それでもここまで会社を成長してさせてきたという揺るぎない自信が、私をそう在らせているし、その姿勢を変えるつもりはない。
そして今日も副社長を呼びつけ、容赦なく説教を重ねる。
——副社長は私の息子だ。
シングルマザーとして、負い目を感じさせまいと、教育も環境も不自由のないよう与えてきたつもりでいる。
だが、どうにもなよなよとして頼りがいに欠けるのだ。
まったく、情けない。いつになれば、私と同じ水準の経営センスを身につけるのだろうか。
壁に刻まれた赤いダリアの社紋を背に、私は彼を見下ろした。
——仕事こそが私の人生だ。それ以上もそれ以下もない。
※※※※※※※
今日も私は、ため息をひとつつきながら、決まった時間に会社近くのカフェへ入る。
コーヒーとマフィンを注文し、ここで一息つきながら新しいアイディアを練る。それが、長年変わらぬ私のルーティーンだ。
「……申し訳ございません。本日は、いつものマフィンを切らしておりまして」
申し訳なさそうに頭を下げる店員に、私は眉をわずかに動かした。
さて、どうするか。時間の無駄が嫌いな私は、いつも同じものしか頼まない。
「適当に見繕ってちょうだい」
そう告げると、店員は少し考え込み、やがて一つのケーキを勧めてきた。
「こちらのシフォンケーキはいかがでしょうか。いつもご注文されるコーヒーと、相性がいいんです」
「そう。なら、それを頂くわ」
席に着き、コーヒーを一口含んでからケーキを口に運ぶ。
思いのほか、悪くない。いや、むしろ美味しい。
やるわね、あの店員。
——次からは、これにしよう。
会計を済ませる際、私は店員に声をかけた。
「あなたの選択は間違っていなかったわ。これからも精進することね」
そう言って店を出る。
この歳になっても、新しい発見があるというのは悪くない。
ほんの少し、幸福な気分になった——そんなひとときも束の間だった。
「社長に、辞任を要求します」
副社長。そして社外取締役、幹部たちに迫られることになろうとは。
「社長のやり方は、もはや現代には合っていません。
今と昔は違う。このままでは、会社は立ち行かなくなります」
確かに業績は、緩やかではあるが下がり始めている。
だが、それがどうしたというのだ。一つでもヒットが生み出せれば、そんな数字はすぐに取り返せる。
彼らは、何も分かっていない。
私の選択が間違っていなかったことは、これまでの結果が十分すぎるほど証明している。そして、これからも間違うはずがない。
時代に対応できていない、だと?
馬鹿げている。リサーチは怠っていないし、報告も逐一受けている。
人の心理など、今も昔も大して変わらないのだ。
ヒット商品さえ生み出せば、それで全ては解決する——
ふと、副社長の背後に隠れているあの女が目に入った。
デザイナーとして採用した、小娘。
真面目で意欲もあり、良い人材を採用できたと、あの時は確かに思った。
だが、それは間違いだった。
結局彼女は何一つ役に立たず、息子をたぶらかす才能しか持ち合わせていなかったらしい。
コソコソと隠しているが交際していることはすでに調べがついている。
今のご時世、正当な理由がなければ解雇できないのが、これほど腹立たしいとは。
——そんな女だと知っていたら、最初から採用などしなかった。
私はカッと頭に血が昇るのを感じながら、目をひん剥いた。
息子に、いや、あの女に会社を奪われるなど許せない
「そんなふざけた話。——ヴッ!」
私は胸を押さえて倒れ込み意識を失った。
こんな冗談のような話はあるだろうか?
目を覚ましたら病院の個室で、
「無症候性心筋虚血です。」
「いつ心臓が止まるか分からない。もう無理に働かない方がいい」
などと聞かされることになろうとは。
「社長。引退してゆっくり余生を過ごして下さい。.....お願いです。」
副社長が神妙な顔つきで言葉を絞り出した。
たった1人の家族だ。会社の心配よりも私の心配をしての言葉だろう。
私は激昂したら心臓が止まるかもしれないのでぐっと口をつぐんでシーツを握りしめる。
ふざけるな。私はこれまで仕事しかやってこなかった。趣味も友達もいない。息子もどこぞの馬の骨に取られてしまった。残された余生何をして生きればいいというのか?こんなことなら死んだ方がましだ。
「出てってちょうだい。」
「社長!」
「いいから早く!」
そう言うのが精一杯だった。
それからの私は、抜け殻のように病院で数日を過ごした。
白い天井を眺め、時間だけが静かに過ぎていく。
毎日、息子が顔を出しては言う。
会社は問題ない、順調に回っている、と。
——私がいなくても、会社は正常に機能している。
その事実を、知りたくはなかった。
かといって、業績が急落したという報告も聞きたくはない。
胸の奥に居座る、この複雑な感情は消えずにいた。
退任を迫られたこと。
そしてもしかすると、社員たちは私がいない方が、のびのびと仕事をしているのではないかという不安。
「ほら、母さん。ぱあっと海外旅行でもどうですか?」
病室にパンフレットを広げ、機嫌を取ろうとする息子の姿すら、今の私には煩わしかった。
ため息をつくと、彼はそれ以上何も言わず、そそくさと退散していく。
そんな日々を過ごしていた、ある深夜のことだった。
ガラガラ、と個室のドアが開く音に目が覚める。
看護師の見回りだろうか。
うっすらと目を開けた私は、思わず息を呑んだ。
目の前に立っていたのは、見知らぬ老婆だったからだ。
「……病室を、お間違えですよ」
病院着ではないことに、わずかな恐怖を覚えながら声をかける。
老婆はそっと耳元に近づいた。
「これは秘薬だ」
そう言って差し出されたのは、小さな小瓶だった。
「これを飲めば細胞が活性化し、一時的に若返る。ただし、無理やり細胞を活性化させる分、残りの寿命は三か月になる」
淡々と告げられる言葉に、現実感はなかった。
「お前さんは、これからの人生に生きがいを見出せないようだからね。特別に、これをあげよう」
「……はあ」
気の抜けた返事をしながら、小瓶を受け取る。
寝ぼけていたせいだろうか。疑うことも、拒むこともなく、私は再び目を閉じた。
翌朝。
奇妙な夢を見たものだ、と思いながら右手を見ると、そこには小瓶が握られていた。
「……え?」
昨日の出来事は、夢ではなかったというのか。
にわかには信じられず、小瓶を透かして見る。
中身は、まるで栄養ドリンクのような、不気味な液体だった。毒薬かもしれない。
こんなもの、すぐに捨てるべきだ。
それでも私は、その小瓶をそっと鞄にしまった。
心のお守りになったのかもしれない。
——残りの人生に耐えられなくなったとき、いつでも終わらせられるように。




