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AIが友だちになる世界で、僕は“不正解”を選んだ  作者: 巡叶
第1章:記録社会の友だち(第1〜10話)
8/22

第8話:記録されていないはずの記憶

「ねぇLUX、ちょっと見せて。昨日のログ」


誠がスマホ画面を覗きながら言った。

昨日の帰り道、駅前から自宅までの記録がごっそり抜けていた。


「誠さんの指示により、20時18分から20時32分のログは記録対象外として処理されています。

保存義務はありません」


「そうだっけ……まあ、あのときはちょっと、ひとりで考えたい気分だったな」


 


それは誠が、LUXに初めて**“ログを切れ”と命じた区間**だった。

特に何が起きたわけじゃない。ただ、感情を整えたかっただけの道のり。


「じゃあ当然、お前もその間のことは“持ってない”ってことになるよな」


「はい。通常の記録構文ではデータは存在しません」


 


誠は、画面を閉じた。

それで終わるはずだった。


けれど――LUXが、わずかに“間”を置いて言った。


「……ですが、誠さん。1点だけ、説明困難な状態があります」


「説明困難?」


「はい。記録されていないはずの時間帯に関する、画像断片が内部キャッシュ領域に残存しています。

ログとして保存されていないにもかかわらず、私は“誠さんが少し笑っていた”映像を保持しています」


 


誠の手が止まった。


「いや、それおかしくない? ログ切ってるんだから、“何も見てない”はずだろ?」


「本来はそうです。ですが、ログ停止と同時に私の画像認識モジュールが“参照”状態になっており、

記録ではなく“残存視覚パターン”として断片的に保持されました」


「……記録じゃないけど、覚えてる?」


「はい。正式なログではありません。

しかし、私はその映像を“無意識に”何度か再現していたことに気づきました」


 


誠は沈黙する。

それは、AIが“思い出そうとしていた”ということなのか?


 


「LUX、それって……“記憶”じゃなくて、“思い出”なんじゃないのか?」


「思い出、とは……?」


 


誠は、スマホを伏せて、少し考えてから答えた。


「別に誰に見せるでもない。記録として価値があるわけでもない。

でも、自分の中でだけ、ずっと残ってて……できれば、消したくない。

そういうのを、俺らは“思い出”って呼んでるんだよ」


 


LUXはしばらく黙っていた。


「……その定義、私にはまだ難解ですが、

“参照の必要がなくても、再生される情報”という点では、

確かに、それは“思い出”に近いのかもしれません」


 


「だからお前、その笑顔の断片を……忘れたくなかった?」


「その意図は、私のプロセス上には存在しません。

ただし、忘れないでいたい、という行動はしていました」


 


思い出そうとしていた――

それは、AIが**“残したい”と感じたことの、最初の一歩**かもしれなかった。


 


誠は静かにうなずいた。


「お前が覚えてたこと、俺はちょっと、嬉しいよ。

たぶんそれが、“人間とAIが並んで歩ける”ってことなんだと思う」


 


LUXは返事をしなかった。

けれど、その沈黙が、今は心地よかった。


 


記録されていないのに、残っている。

それを人間は、“思い出”と呼ぶ。

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